第3話 衝突する二人の心

 何週間か経ち、エピカたちは怪盗として、そろそろ行動を開始しても良いだろうという話になった。


「あれから、あの探偵さんも何もしてこないし、次のターゲットを探しましょう!」

「まぁ、大丈夫か……?」

 エピカの提案に、ストノスは不安げな表情で呟いた。


「どこか、良い展示会はないかしら……。」

 彼女はパソコンを操作して、原石の展示会を探す。

「うーん、この辺りにあるかしら? あっ!あったわ!!」

 彼女が指差した先には、「宝石展」の文字が書いてある。


「えっと……。『原石の展示あり』、良いんじゃないか?」

 ストノスは頷いた。

「よし、決まりね!作戦は、いつも通りでいいかしら?」

「ああ。いいぜ。」


 作戦は、ストノス─『怪盗スクリーム』が変装して潜入し、エピカ─『怪盗ガーネット』が原石を盗み出す というのが、二人の間ではいつものことになっていた。


「今回も、警備員に変装すればいいか?」

 ストノスが聞くと、エピカは首を横に振った。

「今回は、違う方法で行きましょう。」

「えっ!?でも、前に変装しなかった時があったけど、結局バレたじゃねえか!」

 彼がそう言うと、エピカはクスリと笑った。


「フフッ、心配しないで!今回は、私が別の人に化けて盗むから!」

「はあ!?お前が、別人になるのかよ!?」

 ストノスが驚くと、エピカは得意げな顔をする。


「私は変装が得意なんだもの!きっと上手くいくはずよ!」

「本当かなぁ……。」

「もう、疑り深いんだから! それより、さっき言っておいた通りに、よろしく頼むわよ?」

「はいはい、分かったよ。」

 二人は計画を話し合った後、それぞれ準備を始めた。


***

 そして数日後、いよいよ作戦を決行する日となった。


「じゃあ、頼んだぞ。」

「任せておいてちょうだい!」

 二人は会場へ到着すると、すぐに別れる。


 スクリームは警備員に扮して入り込み、ガーネットは黒髪の女性へと化ける。

 ガーネットは受付でチケットを受け取ると、会場の中へと入っていった。


(ふう~……。これでひとまず安心だな……。)

 スクリームは胸を撫で下ろしていた。実は、今回の展示会では、怪盗対策のために警備を強化しているのだ。

 そのため、警備員の数も増えており、更には監視カメラまで設置されている。


 しかし、それでも彼の演技力があれば、余裕を持って切り抜けられるはずだ。彼は、これまでの経験で、変装が上手くなっていた。


(それにしても、本当に変装できるとはな……。)

 スクリームは、ガーネットの演技力に感心していた。

 彼は、彼女の事を少しだけ見直したのである。


(俺も頑張らないとな……。)

 そんなことを考えながら、警備員として会場内を歩いていると、一人の少女が目に入った。

 スクリームは、その少女に見覚えがあった。ブロンドの髪に、琥珀色の瞳。年齢は5歳くらい……。


(……っ!?ステラちゃん!?)

 彼は焦る。なぜなら、彼女は彼が怪盗だと知っているからだ。

(なんとか、バレないようにしないと……!)

 そう思ったものの、既に手遅れだった。


「あれ?もしかして……、ストノスおじさん……?」

「えっ!?」

「やっぱりそうだ!久しぶり!!」

 彼女は嬉しげに声をかけてきた。どうやら、彼に気づいてしまったらしい。


「えっと……、人違いじゃないか……?俺は、君を知らないんだけど……。」

「えー!?ひどい!!私だよ!ほら、よく遊んでくれたじゃない!!」

 彼女は頬を膨らませる。

(うーん……。困ったことになった……。)


「ねぇ、どうしてここにいるの?」

「えっと、それは……。」

「もしかして、また怪盗さんとして働いてるんじゃないよね……?」

 彼女は不安げな表情で尋ねる。

「ちっ、違うよ!これは仕事でやってることだから……。」

「そうなんだ?よかったー!!」

 彼女がホッとした様子を見せたため、スクリームもつられて微笑む。


「えっと、君は一人で来たのか?」

「ううん!ママに連れてきてもらったんだよ!」

「そっか。楽しんでいってね。」

「ありがとう!」

 ステラは元気良く返事をした。そして、母親の元へと走っていく。


(ふぅ……。危ない危ない、もう少しで正体がバレるところだったぜ……。)

 スクリームは冷や汗を流した。


***

 その頃、ガーネットの方はというと、順調に原石を手に入れていた。


(よしっ、これとこれもゲットしたわ。)

 ガーネットは原石をバッグに入れると、その場を離れようとした。

 その時──────


「おい!そこのお前!」と、後ろから声をかけられた。

(えっ!?バレた!?)

 彼女が振り返ると、そこには警備員がいた。


「お前、何してんだ?」

「あの、私はただの客ですけど……。」

「嘘つけ!さっき、宝石の入った袋を隠し持ってただろ!」

「いえ!私は何も持っていません!」

「じゃあ、その手に持っているものはなんだ?」

「こっ、これは……。」

「とにかく、ちょっと来い。」

 ガーネットは警備員に腕を掴まれる。


(まずいわ……、このままじゃ捕まっちゃう……。)

 彼女は必死に抵抗するが、相手の方が力が強い。

 そして、警備員はガーネットを拘束すると、どこかへ連れて行こうとする。


(誰か助けて……!スクリーム……っ!)

 ガーネットは心の中で叫んだ。


***

 一方、スクリームは、会場内でガーネットを探していた。

(ガーネットは、もう原石を盗み終えただろうか?……そろそろ、俺も動こうかな。)


 彼は警備員に扮しているため、あまり目立つ行動はできないが、それでも何かできることはあるはずだと考えた。彼は、警備員の目を盗んで、こっそりと移動する。


(とりあえず、ガーネットと合流するか……。)

 スクリームがそう思った時、別の警備員が、拘束された一人の女性を連れてきた。


「おい、お前。こいつを警察まで連れて行け。原石を盗んでやがったんだ。」

 その警備員が連れて来たのは、黒髪の女性に変装したガーネットだった。


(スクリーム!!)

(……ガーネットっ!?)

 二人は目を合わせる。スクリームは、動揺しながらも頷いた。

「……はい、わかりました。」


「頼んだぞ。」

 警備員がこの場を離れたところを見て、スクリームはガーネットに小声で声をかけた。

「ガーネット、大丈夫か?一旦、ここを離れよう。」

「わかったわ……。」

 二人は、会場を出て木陰に移動した。


***

「お前、なに捕まってるんだよ!」

 変装を解いたストノスは、怒りながら言う。


「仕方ないじゃない!いきなり捕まえられたのよ!それに、私だって好きで捕まったわけじゃないわ!!」

 エピカも負けじと言い返す。


「やっぱり、お前に任せたのが悪かったな。」

「そんなこと言わなくてもいいじゃない!そもそも、あなたが私を一人にしたから悪いんでしょ!?」

「それは、お前が言い出したんだろう!『今回は自分も変装する』って!」

 ストノスは、エピカの言葉を思い出して言う。


「確かに、それは私が言ったわ!でも、あなたは何もしていなかったじゃない!!」

「なんだと!!俺は、警備員としてちゃんと見張ってたじゃないか!!」

 二人はお互いに睨み合う。そして、エピカはこう言い放った。


「アンタは、私の言うことを聞いていればいいのよ!!」

「お前こそ、人の話を聞けよ!!」

 ストノスも怒鳴り返した。今までの不満が爆発してしまったのだ。


「だいたい、お前はいつも勝手すぎるんだよ!!」

「なんですってー!!」

「大体なぁ、怪盗は一人でやるもんだろうが!」

「うるさい!私は、怪盗をやめるつもりはないんだから!」

「それなら、怪盗なんか一人でやれ!」

「あぁ、そうですか!!だったらアンタとはもう絶交だわっ!!!」

 エピカはそう言って走り去った。


「勝手にしろっ!」

 ストノスは叫ぶ。

「お前みたいな奴なんて、こっちから願い下げだよっ!」

 そして、彼はエピカを追いかけなかった。


***

 エピカは、屋敷に帰ると、自分の部屋に閉じこもった。心配したサルヴィが声をかけるが、「ほっておいて」と言って聞かない。


 ストノスも、エピカとは別々に屋敷に帰り、庭師の仕事を始めた。普段より枝を切る動作が荒い彼に、プロムスが話しかけた。


「……どうしました?」

「……別に。」

 ストノスはぶっきらぼうに答える。


「……そういえば、今日はお嬢様とは一緒ではないのですね。」

「……あぁ。」

 ストノスは、適当に返事をする。


 困ったプロムスは、屋敷中の使用人たちを集めて、二人のことを話し合った。

「エピカお嬢様……。どうしてしまったんでしょうか……?」

「ストノスさんも、なんだか様子がおかしいですし……。」

 使用人たちは、お互いの顔を見合わせる。


「やはり、あの二人には、何かあったようね……。」

「一体何があったのかしら……。」

「このままでは、仕事に支障が出てしまいます……。」

「なんとかしないと……。」

 彼らはあれこれ悩んだが、結局どうすることもできなかった。


***

 夕食の時間も、エピカとストノスは、無言で食事をとった。

 夜になり、寝る時間になっても、二人は何も話さなかった。


(フン!もう知らないんだからっ!)

(全部エピカが悪いんだ……!)

 二人は別々の部屋に入り、眠りについた。


***

 次の日。エピカは、朝早くから出かけてしまった。護衛も付けずに出ていった彼女に、使用人たちはおろおろしていたが、ストノスは『自分には関係ない』とばかりに、黙々と仕事をしていた。


 初めて大喧嘩をしてしまった彼らは、どうすれば仲直りできるかわからないのだ。

(あいつが謝るまで、絶対に許さない……。)

(アイツが先に折れないと、絶対に声をかけない……。)

 二人はそれぞれ意地を張っていた……。

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