またまたのご招待

「よし! 元気いっぱいだぜぇ!!」


 朝、俺はベッドから起き上がってマッスルポーズを取っていた。

 結局あれは軽めの風邪だったのだが、その翌日に微熱が出てしまったので休むことにし、そして今こうして俺は完全に復活した。


「二人には悪いことしちまったな……今日お礼を言わないと」


 わざわざ支えてもらっただけでなく、家まで送らせてしまった。

 おかげでその場を見られた妹には二人のことを色々と聞かれてしまったけれど、それでも二人に迷惑を掛けたのは違いない。


「……………」


 しかし、こうして一人で考え事をするとあの時のことを思い出してしまう。

 二人に支えられながらの帰宅、それは二人の体の感触がモロに伝わっていたことに他ならない。

 その辺の高校生では太刀打ちできないほど……否、並みのグラビアアイドルですら膝を屈するような魅惑的なそのボディの柔らかさだけでなく、彼女たちから放たれる香りも全てが記憶に刻まれてしまった。


「……っ……いかんいかん」


 ワンチャンあるんじゃないかとか、そんなことを思う時点で俺はダメだ。

 百合の間に挟まる男は死あるのみ、俺は二人を守る……まあどの立場であの二人を守ると言っているんだって感じだけどな。

 それから俺は朝食などを済ませた後、すぐに家を出た。


「いやぁ夏が近いねぇ暑いねぇクッソだねぇ」


 暑い、とにかく暑い。

 我慢できないほどではないが本当に暑い、これで夏本場が来たらどれだけ暑くなるんだと気が滅入りそうだ。


「咲夜君♪」

「咲夜く~ん♪」


 あれ? なんか由香と舞の声が聞こえるんだけどこの暑さでおかしくなったのかもしれないな……いや、もしかしたらあまりにもあの時のことを思い返し過ぎて幻聴すら聞こえてきたのかもしれん。


「あら、聞こえてないのかしら」

「どうだろ。ねえ由香、抱き着いてみよっか」

「そうね♪」


 マズイ、ただ名前を呼ばれるだけでなく会話している声まで聞こえるぞ。

 まだ風邪の名残でもあるのかなと思いつつ、歩いていたわけだがそんな俺に両サイドからピタッと何かが引っ付いた。


「それ♪」

「えい♪」

「っ!?!?」


 突然体に触れてきた何かに俺はビックリした。

 しかし……しかし俺は知っている! この腕に伝わる柔らかさを! このずっと触れていたいとさえ感じさせる柔らかさを俺は知っている!!


「……って!?」


 そこでようやく、俺は今まで聞こえていた声が幻聴ではないことを知った。

 俺の両腕に抱き着くのは間違いなく女の子で、それは最近になって仲良くなったあの子たちだった。


「なんで二人が!?」

「ふふっ、おはよう咲夜君」

「おっはよう咲夜君!」


 二人で腕に抱き着いていることすら忘れて俺は素直に驚いた。

 由香と舞はしばらく俺の腕を抱いていたけれど、流石に暑いねと言って離れた。


「……え? なんで……? あれ?」


 もはや腕を抱かれたことはどうでも良く、どうして二人がここに居るのかが最大の疑問だった。

 驚く俺の前に二人が立ち、どうしてなのか教えてくれた。


「賭けだったけれどね。昨日と同じように休む可能性もあったけど、一日会えなかったから迎えに来ちゃった」

「うんうん♪ あたしと由香ね? 咲夜君に会えなくて元気なかったけど、こうして今日は会えたからいつも通りだよ♪」

「……………」


 こういう場合、ありがとうと伝えるのが普通だし常識だろう。

 けど俺は満足にそう言葉を返すことが出来ず、ただただ恥ずかしくなってどう返事をすれば良いのか分からなかった。


(……ヤバい、めっちゃ顔が熱くてとにかくヤバい。確かに彼女たちと最近仲良くなったけど、こんな風にまで言ってもらうとか誰だってこうなるって)


 でも……こうして朝に合流したってことはそういうことなのかな?


「えっと、一緒に行く感じ?」

「そのつもりよ」

「そのつもりだよ」


 ということで彼女たちと一緒に登校することになった。

 特に気を付けることも何もなく、途中で一緒になったからだと勝手に認識してくれるだろうか……ま、それを祈るしかないか。


「ねえ咲夜君、やっぱり熱が出たのね?」

「あぁ。言っても微熱だけど無理はしない方向にしたよ」

「それが良いよ。おかげでこうして元気な姿を見れたんだしね」

「……なんか――」


 なんか二人ともやけに優しくないかと、そう聞こうとしたが俺よりも先に舞がこんなことを口にした。


「もしかして照れた?」

「っ……」

「あら、そうなの?」


 二人に見つめられ、俺はなんとか誤魔化すことしか出来ない。

 由香も舞もそんな俺を見つめて微笑んでいるだけだし、一体彼女たちはどんなことを思ってこんなことをしてくれたのか……ってちょっと待て俺。


(ないから意識するなないから意識するなないから意識するな)


 いかん、マジでこれはいかんぞ。

 俺は百合を守る騎士、園を守る騎士なんだから変な期待を抱くんじゃないと自分を戒める。

 確かに二人と知り合ってから色々と彼女たちについて理解したわけだけど、同時に彼女たちの尊さはもちろん優しい部分であったり楽しい部分であったり、魅力的な部分はいくらだって知ってしまった……それこそ、勘違いしそうになってしまうことだって僅かにあった。


「あ、そうだ咲夜君」

「あ、はい!?」

「驚きすぎよ?」


 考え事をしていた俺も悪いけどさ、でもこの状況は……ねぇ?

 とはいえ、俺はどうしたんだと由香に言葉の続きを促す。


「今週、また遊びに来ない?」

「……え?」

「遊びに来ない?」


 それは聞こえているんだけど……どうしたものかと悩んでいると、舞が由香の言葉を引き継ぐように続けた。


「ほら、もっともっと一緒に居たいじゃん? だからね? それに……もしかしたらもっと凄いこと見れちゃうかもよ?」

「っ……」


 それはあの時以来の悪魔の囁きだ。

 俺はこの時ほど、自分の意志の弱さを呪ったことはない……ジッと見つめてくる二人に、俺は自分でも整理出来ない気持ちを抱えつつその提案に頷くのだった。

 その後、三人で学校に向かった。

 どちらか片方と登校していたら注目は浴びただろうが、二人と一緒にということでやはり俺が思ったようにそこまでの注目はなかった。


「……………」

「お~、めっちゃボーっとしてんじゃんか。まだ熱あんのか?」

「……頼仁か」


 あの提案には不思議な力が備わっているかのように頷く以外の選択肢を取れなかったのだ俺は。

 でも……でも、どれだけおかしいだろうと思われようが欲望には忠実だった。

 彼女たちのディープキスは既に見たけど、それ以上の凄いものって一体……俺は今から心臓がドキドキしてどうしようもなかった。

 それはその日、学校が終わった後も続いてしまった。


「どうしたんですか先輩」

「……………」

「今日の先輩ちょっとおかしいな……」


 理人にまで心配される始末だ。

 今日はツッキーとしてのバイトがなかったので理人と街中で落ち合い、適当に百合作品を求めて本屋に来たのだが……う~む、これはいかんぞ本当に。


「なあ理人」

「なんです?」

「もしも……もしもリアルでさ」

「はい」

「美少女たちが絡み合う百合を眺めることが出来るならお前はどうする?」

「逆に聞きますけど見ない選択肢があるんですか?」

「……だよな」

「はい」


 そうか……そうだよな……それで良いんだよな。

 見せてもらえるなら見せてもらおうじゃねえか、この気持ちで俺は週末に彼女の城に乗り込むことにしよう。


「どうしていきなりそんな……まさか!?」

「あるわけねえだろ。この世界は現実だぞ」

「……ですよねぇ」


 そうだ、俺はただ見たいものを見るだけだ。

 そのことをダメだと思わなくても、二人が見せてくれると言うんだからそれで良いじゃないか何をダメだと思う必要がある。


「よし……よし!」


 覚悟は決まった。

 俺は何を見てもただ嬉しい、幸せだと思えばそれで良いんだよ。

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