全てが順調に進み過ぎて怖いんだけど……百合は最高だぜ

「……これ以上のことを見せてあげるって何をされるんだ俺は」


 家に帰ってから俺はずっとさっきまでのやり取りのことを考えていた。

 水瀬と藍沢に正体を知られたことは驚きと困惑があったのだが、ツッキーの時と特に変わらない二人の様子に俺は安心し、やはり二人とも良い人だなと改めて思ったほどだ。


「……ぐおおおおおおおおおっ!!」


 周りに人があまり居ないことを確認したとはいえ、目の前で行われた二人のキスが本当に頭から離れない。

 眩しいほどの美少女のキスシーン……それは決して俺にされたわけではないのに、それでも脳裏に深く刻み込まれてしまったのだ。


「二次元と三次元、そこには越えられない壁があると思っていた。人の好みに絶妙に語り掛けるようなキャラクター性と絵のタッチがあるからこそ、そこは揺るぎないと思っていたんだ」


 興奮という意味では三次元は二次元に勝てないとずっと俺は思っていた。

 しかし、あの水瀬と藍沢のキスはその遥か上を行ってしまった……それこそ、ただただ呆然と見つめていたが確かに俺は感情が爆発しそうになるほど高揚していた。


「っ……」


 あの二人の絡みを見た後、結局すぐに解散という形になったが……俺は一体、どういう立場で彼女たちと接すれば良いのだろうか。

 彼女たちにとって初めての異性の友人というポジションを獲得したが、嬉しさよりもやっぱりどうしようかという気持ちの方が圧倒的に強い。


「……ぐへへ」


 だがどんなに困惑したとしても、百合好きの俺としてはあんな美しい光景を思い出すたびに気持ちの悪い笑みが零れてしまう。

 もしも……本当にもしも、あれ以上のことを俺は見れるのか?

 それこそキスよりその上ってことはそういうことだよな? 流石に裸のお付き合いを見ることは常識的に考えてあり得ないとは思うけど、深いキスに蕩け合う二人を見れたり……ヤバい、心臓がバクバクしすぎて破裂しそう。


「おいおい、なんつう顔してんだよ俺ってば」


 ふと鏡に映る自分の顔に俺は呆れてしまった。

 顔を真っ赤にした俺は正に誰かに恋をしてしまい、その気持ちを整理できない童貞のような表情で……まあ俺は童貞なわけだが。


「まあでも、恋をしたというのはあながち間違いじゃないかもな。俺はあの二人の濃厚なやり取りに気持ちを持って行かれたようなものだ」


 ズバリ、虜になっていると言っても過言ではない。

 彼女たちがどこまで許してくれるのか気にはなるものの……漫画やアニメではないリアルの絡みを見てみたい……はぁ、なんで俺ってこんなにキモいんだろ。


「まあでも、意外とその場限りの言葉ってのもあるからな。彼女たちにとって確かに俺みたいなのは新鮮だったのかもしれないけど、もしかしたら今家でなんであんなこと言ったんだろうって我に返ってるかもしれないし」


 それはそれでちょっと悲しいかもしれないが、案外そっちの方が深く物事を考えなくて済みそうだ。


「よし、取り敢えず寝るか」


 全ては明日ってことで、金曜だし何かあっても土日を挟めば大丈夫だ。


▽▼


 そして翌日のこと、俺はいつもよりも早く学校に着いていた。


「……なんでだろうな」


 水瀬と藍沢のことが気になり過ぎて……というのは嘘だが、全く意識していないわけではなかった。

 夢でも二人のキスシーンを見たくらいだし、目を覚ました時も脳裏に刻まれたその記憶に興奮して変な叫び声を上げたくらいだしな。


「あら、早くない?」

「お、委員長か」


 流石委員長、この時間帯でも来てるあたり本当に真面目な女の子だ。


「どうしたのよ」

「いや……まあ眠れなくてすぐ起きてさ。それからジッとしてても仕方なかったから早めに家を出たんだよ」

「……何かあったの?」

「何もないからそんな心配だって顔しないで」


 あの二人のことを伝えられるわけでもないし、ずっとそのことが気になってるなんて言っても委員長からすればなんだこいつって思われるだけだしな。


「ま、こうして伊表君が早めに来たのなら相手してもらおうかしら?」

「……えぇ?」

「ちょっと、私も女の子なんだからそういう顔しないでよ」

「そいつは失敬した」


 委員長とは本当に仲が良いからこそのやり取りだからなこれは。

 それからずっと俺は委員長とどうでも良い話を繰り広げていたが、彼女たちが来たことで俺の喋りは止まった。


「? あぁあの二人か。今日も仲が良いわねぇ」


 挨拶もそこそこに水瀬と藍沢が教室に入ってきた。

 彼女たちは俺を見つけた瞬間、パッと顔色を変えて近づいてきたのだが、そのことに傍に居た委員長がえっと驚いていた。


「おはよう伊表君」

「おっはよう伊表君♪」

「……おはよう」


 俺だけでなく、委員長にも挨拶をした二人はそのまますぐ席に向かった。

 それからいつものように二人だけの世界が構築されたわけだが、クラスで彼女たちが俺に……というより、男子に進んで声を掛けたのは初めてか?


「ちょっと、ちょっと?」

「うん?」

「なんであの二人が伊表君に声を掛けるのよ」

「いや……まあその、色々あったんだよな」

「……もしかして、さっきの様子はこれが関係してるわけ?」


 おぉ……よく見てるなこの子は。

 まあ委員長の勘は何も間違っていないため、俺は特に訂正しなかったがこれだけで彼女も分かっただろう。


「なるほどねぇ……あの二人とどうやって仲良くなったのか気になるけど、あまり聞くようなことも野暮だしね」

「あれで仲良くなったと言えるんか?」

「仲良いでしょ。だってあの二人が男子に笑いかけてるところを見たのはたぶん初めてよ私は。ほら見てよ」

「え?」


 委員長が指を向けたのは彼女たちの方だ。

 一人の男子が二人に近づいたが、門前払いされるかのように視線すら向けられていない。

 いや、視線を向けても明らかに俺に向けていた時の表情と違っていた。

 あれが普通なのよ、そう言って委員長は席を立って友人たちの元に戻って行ったものの、俺はついつい気になってジッと見つめてしまった。


「あ……」


 するとこちらに気付いた二人がニコッと微笑み、目立たない程度に手を振ってくれたので俺も振り返す。


「……どうやら普通に彼女たちに気に入られたと思って良さそうか?」


 それはやっぱり嬉しいような、ちょっとだけ戸惑ってしまうような……。

 とはいえ学校に居る内は彼女たちは接触してこうとはせず、基本的に頼仁と委員長が傍に居るという日常に変化はなかった。

 しかし、放課後になるとそれは変わり果てたものとなる。


「お疲れ様伊表君」

「今日も頑張ってたねぇ?」

「……おう」


 ツッキーとしてのバイトを終えた後、昨日のようにまた二人と合流した。

 こうして二人を見るとやはりというべきか昨日のことを思い出してしまい、顔が熱くなると同時に頬が緩んでしまいそうで、俺はとにかく彼女たちを見れなかった。


「どうしたの?」

「ふふ、もしかして昨日のことを思い出しちゃったのかな?」


 そして当然のようにそのことを指摘されてしまった。

 それでまた俺は図星かのようになってしまって……そこで藍沢がそっと俺の手を取ってベンチに座らせた。


「ごめんね? 別に揶揄ったりするつもりじゃなかったの。まさかそこまで思い詰めるっていうか、気にされるとは……あぁでも、流石に気にしちゃうか」

「それはそうよ。ごめんね伊表君、実は昨日帰ってから舞とそのことをずっと話してたのよ。もしかしたら変に伊表君に気を遣わせるんじゃないかって」

「それは……その……いいや、悪いのは俺だ!!」

「え?」

「ちょっと?」


 一対一ならともかく、彼女たちが二人揃っている時に俺は困った表情を浮かべてほしくなかったのだ。

 だからこそ二人への対応について悩んでいることと、同時に二人のやり取りをずっと思い出してしまいニヤニヤが抑えれず、俺の百合を愛する魂がバーニングし続けていることも伝えた。


「……あ、今のは別に喋る必要はなかったな……なかったな……はぁ」

「……ぷふっ」

「あははっ! やっぱり伊表君は不思議な人だなぁ!」


 二人に笑われてしまい、ようやく笑顔が戻ったなと安心したのも束の間だった。

 まさかの出来事がそこで起きる――なんと、藍沢が俺の胸元に飛び込むようにして抱き着いてきたのだ。


「なっ!?」

「ちょっと舞!?」

「……良い匂い……じゃなくて、温かいねぇ伊表君は」


 胸元に抱き着く美少女、同時に感じる豊満な柔らかさ……そのことに興奮することはなく、俺は逆に彼女を怒る形になった。


「何やってんだよ藍沢さん! そういうことは俺じゃなくて水瀬さんにするんだよおおおおおおっ!! 俺はただのモブ! 風景! だからこそ、俺なんかに抱き着く暇があったら水瀬さんと抱きしめ合うんだよおおおお!!」

「わわ……なるほどそうだった。伊表君は百合が好きだったんだ」

「……本当に不思議な人ねぇ。でも、今の怒鳴り声も良いわ……キュンってしちゃったもの」


 百合の間に挟まる男は許さない、以前も言ったがそれは俺も同じだ。

 だからこそこの俺の怒りは正当なものであり当たり前のモノで、二人も改めて俺の趣味を思い出したのか分かってくれたようだ。


「ところで伊表君、明日は土曜日だけど暇かしら?」

「え? あぁまあバイトないし」


 なんで明日のことを聞いてくるんだ?

 目を丸くした俺に、水瀬がこんな提案をするのだった。


「良かったら明日、一緒に私たちと遊びましょう? 友人になったんだもの、休日に出掛けるくらいは普通よね?」

「そうだよそうだよ。ねね、一緒に遊ぼ?」


 その問いかけに、俺は果たして――。

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