百合に挟まる男を許さない、たとえ自分自身であっても
「……いやぁ良い時間を過ごさせてもらったぜ」
ツッキーとしてのバイトを終え、家に帰る途中で俺はそう呟く。
うちの高校でも飛びぬけて美人と言われている水瀬と藍沢、その二人の間に挟まろうとしたクソ野郎を退治した後、俺は天国を味わっていた。
『ねえ由香、そっちのアイスちょうだい?』
『良いわよ舞、あ~んして』
『あ~ん♪』
元々カラオケに二人で行く予定だったらしいのだが、助けたことがきっかけなのか興味を持たれてしまい近くのベンチに座って彼女たちは俺を観察していた。
しかし、その折に行われた二人の甘いやり取りに俺は心の中で歓喜していた。
子供たちの相手をしながら、或いは大人にティッシュやチラシを配りながら、俺はとにかく着ぐるみ越しに彼女たちを凝視していたわけだ。
「あれで付き合ってないとか嘘だろ……いや、確かに女の子同士による仲の良いやり取りの延長線上に見えなくもないが……ふむ」
っと、そんなことを考えていたら途中まで進めている百合ゲーのことを思い出してしまい、俺はすぐに家に帰るように駆けた。
「ただいま~」
まだ両親は帰ってないようだが妹の靴ともう一つ見覚えのある靴が並んでいた。
別に声を掛ける必要もないかと部屋に向かおうとしたのだが、ちょうど妹が部屋から出てきた。
「あ、兄さんお帰り」
「おうただいま」
中学生の妹は……まあ比べるのは酷というのものだが、全体的に色々と小さいがとても可愛い女の子だ。
しかし体が小さいにも関わらず握力などはかなり強いので、一体その体のどこからそんな力が出るのかはいつも気になっている。
「理人が来てるのか?」
「来てるよぉ! って、あたしトイレ行くんだった!」
「いってら~」
バタバタと騒がしい足音を立ててトイレに消えた妹に苦笑する。
伊表
そして、俺がさっき口にした理人というのはそんな妹の彼氏の名前だ。
「よお理人、良く来たな」
「あ、咲夜先輩!」
部屋を覗くと一人の男子がぽつんと座っていた。
珊瑚ほどではないが男子にしては体格は小さめで、顔も中性的なので良く女の子に間違われることもあるという。
そんな彼の名前は
「バイトが終わったんですね?」
「あぁ。今日も疲れたぜぇ」
「そろそろ良いじゃないですか。何のバイトをしてるんですか?」
「恥ずかしくて教えられねえわ。もう一人の俺に会わせないといけないからな」
「??」
当然、妹がツッキーのことを知らないので理人も知らない。
女の子に間違われるほどの美少年といえば聞こえは良いが、理人は結構可愛いと言われることにコンプレックスを抱いており、俺や珊瑚以外に可愛いと言われると露骨に機嫌が悪くなる……まあそこも可愛いと言えば可愛いんだが。
だがしかし、俺と理人はとある共通の趣味を持っていた。
「まだ珊瑚は戻ってこないか。部屋に来い理人」
「っ! 行きます!」
珊瑚がトイレに行っている間を狙うように、俺は理人を部屋に連れて行った。
そして彼の前に最近手に入れたコレクションを出す。
「ほれ、これがこの間の戦利品だ」
「おぉ……これが……これが百合の叡智!」
百合の叡智ってなんだよ……とまあこの反応から分かるように、理人は俺の英才教育によって百合に目覚めた同士でもあった。
理人が真剣に見ているのは数日前、休日に少し遠出をして買ってきた百合をメインにした漫画の数々だ。
「こっちは女学園モノ、こっちは姉妹モノ、そしてなんとこっちは百合ハーレムってやつだ!」
「うおおおおおおおっ!!」
正直、百合になんの興味もない連中からすれば俺たちは馬鹿にしか見えんだろう。
しかし、こうやって自分の好きなモノに対して情熱を注ぎ込めるのもまた青春なので、俺はこの生き方を変えるつもりはないのである。
「えっと、どれでも良いんですか?」
「もちろんだ。お前の為に買ってきたんだぞ?」
「……先輩っ!」
それから理人は俺の戦利品を鞄に仕舞いこんだ。
こうして珊瑚に隠れているものの、別に珊瑚も俺や理人のこの趣味については知っているので、特にバレたからといってどうこうなるものではない。
ただ、理人がこの百合の趣味について熱くなっている姿を彼女に見られるのが恥ずかしいというだけだ。
「兄さん」
「なんだ?」
そしてその日の夜、俺のベッドに腰かける妹が声を掛けてきた。
「理人が心底大事そうに鞄を抱えて帰ったんだけど……またなの?」
「あぁ。ダメだったか?」
「だめじゃないけどさぁ。なんであたしにバレるの恥ずかしがるのかなって」
「さあな。ま、男には男の難しい悩みがあるってことよ」
「ふ~ん」
そんな風に妹と話をする中で、俺は携帯機で百合ゲーをやっているわけだが。
『お姉さま……っ』
『愛しているわよ』
ゲームはちょうどエンディングを迎え、これで一つの物語が幕を下ろした。
いつの間にか珊瑚も俺の隣にくっ付くように座っており、エンディングで流れるスクリーンショットを見つめている。
「可愛い子ばっかりだね」
「だろ? 特に俺はこの生徒会長が好みでな」
「わっ、兄さんの好きそうなバインバインのお姉さまだ」
良く分かっているじゃないか。
俺は確かに百合は好きだが、別に女性に対して恋愛感情を抱かないわけではなく、普通にあの子が良いなこの子が良いなとか思うことは多くある。
それこそ今日バイト中に出会った水瀬や藍沢のことも美人だと思っているので、あのような子たちが彼女なら最高だろうなと妄想することだってはあるわけだ。
「ま、あたしは良いと思うよ。兄さんがどんな趣味を持ってたって、あたしにとってはかっこいい兄さんだもん」
「マジかよ。俺ってイケメンか?」
「そういうのじゃなくてさ。単純にお兄ちゃんとしてね」
「……イケメンに生まれたかったなぁマジで」
「ダメだよ。兄さんはそのままで良いんだから」
珊瑚はクスッと笑って部屋を出て行った。
あの子は俺のことを妹として慕ってくれているが、単純に兄妹として仲が良いのと昔にあの子が理人と喧嘩をした際に、仲直りをする手助けをしてから更に慕ってくれるようになったのだ。
「……本当に、可愛い妹だぜ」
先ほどの妹の笑顔を脳裏に焼き付けつつ、俺は次のゲームをプレイするのだった。
▼▽
そして翌日、今日も今日とて俺はツッキーとしてバイトに励んでいた。
小さな子供たちや大人たちを相手した後、働き過ぎだとおっちゃんに言われてしまい無理やり休憩を取らされてしまった。
「……別に良いんだけどなぁ」
ツッキーの着ぐるみを脱いだり着たりするだけでも時間が掛かるので、俺はそのままの状態で休憩を謳歌していた。
真っ白なベンチに座りボーっと空を見上げている。
通りすがる子供たちは指を差し、大人たちはクスクスと笑い……ある意味新鮮な気分になっていた時だった。
「あ、もしかして休憩中なの?」
「みたいだね。こんにちはツッキー」
「……?」
背後から掛けられた声に俺は振り向いた。
そこに居たのは水瀬と藍沢で、二人はニコッと微笑んで俺を見つめていた。
「……何してるの?」
「あなたを見かけたから。それで、休憩中なの?」
「あ、あぁ……」
「隣座っても良いかな? 良いよね?」
「え?」
まあ別にこのベンチは俺だけのものじゃないし……ということで、気付けば俺の両隣りに二人が座っていた。
(……なんで?)
どうしてこうなったんだと俺はチラッとまずは左を見た。
綺麗な長い黒髪を風に揺らす水瀬は正に大和撫子を思わせるような美しさでありながらも、男を惹き付けて止まない極上のスタイルを誇っている。
そして右もチラッと見る。
水瀬の黒髪と違って藍沢は茶髪に染めているのだが、そんな彼女のセミロングの髪も手入れをしっかりしているのかサラサラと風に揺られていた。
「改めて昨日はありがとうツッキー。助かったわ」
「うん。そのお礼を言いたかったの。結局、あの後眺めるだけで……気付いたら居なくなってたし」
「まあ俺もバイトが終わったからな。着替えとかあるしすぐに引っ込んだんだ」
そう伝えると水瀬がポカンとした。
「バイト? 何を言ってるの? ツッキーはツッキーよね? 仕事が終わったらメルヘンの国に帰るんでしょ?」
おや、まさかこの子はあれなのか? 着ぐるみの中に人は居ないと信じ込んでいるタイプの人間か?
そんな馬鹿なと思っていたのだが、単純に水瀬は揶揄いたかったらしい。
「冗談よ。ふふっ、面白いのねツッキーは。そして何より優しくて……声が凄くかっこいいわ」
「声?」
マスクのせいで声がこもっているだけなんだが……しかしそうか、今の俺はもしかしたらイケボになっているのかもしれないな。
「お嬢さん、今日も綺麗だね」
「……あ♪」
なんてことを言ってみると水瀬は分かりやすく顔を赤くした。
一体何を言っているんだと俺は自分で自分を殴りたくなったが、今の俺は決して咲夜ではなくツッキーなのだから、これくらいは御愛嬌というやつだ。
「確かに良い声だね……でも私はそれよりも――」
そう言いながら藍沢が顔を近づけ、クンクンと匂いを嗅いできた。
藍沢が何をしたいのか分からなかったが、俺は取り敢えず……その場から立ち上がって二人にこう言った。
「間違っている。間違っているぞこの構図は」
「え?」
「どうしたの?」
「俺が真ん中はダメだ。ほれ、二人とも寄るんだ」
俺は百合の間に挟まる男を許さない、それはつまり俺も同じだ。
二人の肩が触れ合うほどに近くなった距離に満足し、俺は比較的空いていた藍沢の隣に腰を下ろした。
「……なんでそっちなの?」
直後、水瀬が不満そうな顔をした。
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