前世で抑圧されてきた俺がドラ息子に転生したので、やりたい放題の生活をしていたらハーレムができました

春野 安芸

001.気付けばそこは


 ――――神山家たるもの、かくあるべし。


 ・施されてはならない。全て己の力で切り開き、我道を究めよ


 ・弱みを見せてはならない。浸け込まれる隙を与えず、己の力でねじ伏せよ


 ・人に心を動かされてははならない。一時の感情に虚を写さず、曇りなき眼で真実を見極めよ






 そんな言葉を、何度耳にしてきただろう。


 100回――――?

 1000回――――?


 いや、その程度の数じゃ到底収まりきらない。

 もはや数千回、下手すれば万回に届くくらいの数に及ぶ。



 生まれてから今日に至るまでずっと、そしてこれからも家の目立つところに置かれている仰々しい額縁。

 そこに鎮座する言葉は、この家を発展させてきた創始者からのお言葉だという。

 はるか昔に孤児として生まれ、誰の力も借りず1代で成り上がった凄い人だ。


 誰の力も借りず、誰も信用しない。

 そんな男が遥昔に頂までたどり着き、代々その座に君臨するために護り続けてきた大切な格言。



 しかして自分もこの15年、何の違和感もなくその言葉を告げられ、受け入れてきた。

 ただ当たり前の、当然の言葉。そうするのが自然なことで、自分以外の人間が普通じゃない。そんな思いがあった。


 本来なら荒唐無稽の発言。しかし格言を信じるに足るだけの力も、結果も、この家にはあった。

 我が家は、国の有力者たちの跡取りが通う学校の中でも……いや、世界的にもトップに位置する会社として君臨している。


 それは自らの誇りでもあった。自分の家は凄いんだぞと、そんな子供ながらの誇り。

 だからいずれ国を背負って立つ身として自らを自己研鑽に費やす事ができたし、周りの有象無象に流されずにすんだ。



 ――――しかし、ふと気になる時もある。

 クラスの人々が無邪気に笑みを浮かべる話。”楽しみ”だと口々に告げる放課後とやらを。

 一体無駄話をすることや、他人と何処かへ行くことの何が楽しいのだろうか。一人で行うのと何ら変わらないのに。

 ただの非効率、無駄の極みを進んで行うその行為に疑問が浮かぶも、すぐに不要の考えだと頭の中で一蹴する。

 そんな考えなどするくらいなら、1秒でも多く問題を解く時間に費やしたほうが効率がいい。

 自らの疑問を自ら蹴落としながら一人きりの中学生活は過ぎていった。




 そして迎えるは今日。

 本日行われる高校への入学試験。

 受ける高校はもちろんこの国トップの学校。この日のために日々研鑽に励んできた。今の学力ならば、確実に合格圏内だろう。

 しかし万が一、億が一でもあってはならない。不合格になる確率がたった那由多の確率でもあるのならば、それさえも潰さなければならなかった。

 確率を減らすためならば入学試験の道中、歩きながらでも学習することを辞さない。


 体調は万全だし忘れ物だって無い。自らの準備は完璧だ。

 しかし一個悔やまれるのは交通手段の再確認を抜かったことだろう。

 普段ならば車で送迎されるはずが、突然の故障とやらで動かなくなって徒歩での移動。

 時間も距離も全く問題はないのだが、いかんせん車内で学習するよりやりにくさが勝る。

 タクシー向かうことも考えたが、どうせならと脳のパフォーマンスを上げるため少しの運動を取り入れたから仕方のないことだ。


 会場まで残り数百メートル。やりにくと思ってもそれもほんの少しだけだ。

 時刻も十分余裕がある。ちらりと時計を確認してから本に目を落としつつ歩いて行く。




 ――――だからだろう。だから気づくのが遅れてしまったのは。


 歩く時に前方だけは注意していたが、後方、それに側面までは意識の外に追いやっていた。

 故に側面からの異常に遅れてしまったのだ。通行人の”キャー!”という声にゆっくりと意識を向けてみれば、そこにはありえない光景が。


 なんと目の前には車。法律上車が入ってはいけないエリアに堂々と車が入ってきていたのだ。

 恐怖が恐怖を呼ぶように、叫び声は伝播し、広がっていく。

 そしてその声に負けじと車は速度を上げ、こちらに迫ってきていた。


「っ――――!!」


 持っていた本を捨て、自らも動ける体勢になりその車の軌道を読む。

 車は真っ直ぐこちらに向かってきているが明らかにぶつかる軌道ではない。この軌道ならばハンドルを回してもこちらにぶつかる前に木に衝突するだろう。


 即座に軌道予測を立て警戒を一段階解いてから、衝突予測地点に目を向ける。



 ――――予測地点を、見た。

 ――――見てしまった。


 衝突するであろうすぐ10メートルほど前方。

 そこには人物が一名、車を見つめながら逃げることもせず棒立ちになっている一人の少女の姿。

 動かなければ確実に車とその身が衝突し、ただでは済まないだろう。その程度のことは計算せずとも分かっている。きっとあの人物もわかっているだろう。

 恐怖で足が動かないのかもしれない。彼女の視線は真っ直ぐ車に固定され、叫びがこだまするこの状況であっても未動きひとつ取ろうとしない。

 

 このままではぶつかって大変なことになってしまう。

 しかし助けるために飛び込んだらどうなるか…………その結果がわかっているから、自ら助けようとは思わない。

 もしもこの身に何かあったら今後の神山家への影響も計り知れない物があるから。


 だからあえて見捨てる。仕方のないことだ。運が悪かったと諦め――――


「っ…………! まにあえっ…………!!!」


 そんな冷酷な判断を下ろした脳だったが、身体は脳からの司令を無視して勝手に動き出していた。

 迫ってくる車。立ち尽くす人物。そして手を伸ばして駆け寄る自分。

 何しているのかなんて自分でもわからない。でもあの人物……おそらく同じ入試を受けに来たであろう女生徒は、妹と背格好が似通っていた。

 ただそれだけ。それだけのことなのに、この身は全てを捨てて駆け出している。何をしているのかと脳が問う前に。ひたすら間に合わせるように。


「ひっ…………きゃぁっ!!!」


 もう無理だと車に目を奪われていた女生徒が諦めるように目を瞑った瞬間、伸ばした手は彼女に触れ、力いっぱいその身を突き飛ばした。

 まさに火事場の馬鹿力。自分でもこんな力があるのかと思うくらい強い力で突き飛ばすと、彼女は車の軌道外へ。




 よかった――――。


 これで妹に胸を張って顔を合わせることができる。

 もしかしたら今日の勇気を称えて学校も試験を受けずして合格がくだされるかもしれない。

 そんな一度も気にしたことがなかった体面に安堵し、気づけば顔に笑顔が浮かぶ。

 ゆっくりと目を閉じれば耳に響く雷が落ちたような轟音。

 そんなつんざくような音とともに、意識は闇に刈り取られた――――



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



 ゆったりとした、心地よい流れのに身を任せている。

 全ての負の感情が洗い流されていくような、幸せな感覚。

 ずっと浸かっていたい。ずっと揺られていたいと思うようなその流れに揺られていると、次第に波が立ち、心地よさの中からふとしたストレスが生まれていく。


「――――!――――!」


 なんだ…………?せっかく幸せの真っ只中にいるというのに、邪魔をしないでおくれ。


「――――!――――!」


 比較的穏やかだった波が次第に大きなうねりとなり、思わず眉をひそめる。


 まだ止まないか。

 まだ目覚ましの聞き慣れた音も聞こえてないんだからもっと静かに……。


「―――ゃま!―――ちゃま!!」


 もうっ……なに……?

 そんなに切羽詰まった用事でもあるの?

 段々と掛けられる声が大きく鮮明になっていき、自分も今まで浸っていた水面から意識を浮上させていく。


『んっ………う…………』

「ぁっ……! 起きた……!? 旦那様!坊ちゃまが起きましたよ!!」


 旦那様……?坊ちゃま……?一体誰のことだ?

 いつもはちゃんと名前で呼んでくると言うのに……。


 ゆっくりと目を開けば、正面に見えるはメイドキャップを被った壮年の女性。

 なにやら目に涙を浮かべている。


「スタンよ!大丈夫か!? 記憶は……私のことは覚えているか!?」

『ぁ…………? だ……れ……?』


 先程の女性が離れ、代わりに現れたのは初めて見る、知らない人物。

 確実に日本人ではない顔つき。金の髪に翠の目を持つ男性は、期待を込めた目でこちらを見つめていた。


『誰…………ですか…………?』

「んん? 何を喋ってる?」

『…………えっ?』

「もしや、言葉に何か異常が出たのかもしれん! 詳しい者を呼べっ!!」


 普通に日本語で話しているものの、明らかに知らない言語のような反応をされて、次第に彼の言葉で遠巻きで見ていた人物が慌ただしく動き出す。


 でも耳に聞こえるのは普通に聞き馴染みのある言葉だ。

 つまり話してる言葉も聞こえてる言葉も間違いなく日本語…………のはずなのだが、理解している音と口の動きが全く合っていない。……これってもしかして、日本語ではない!?

 脳は普通と認識してるのに日本語じゃない別の返事が頭に浮かんでくる。これで話せっていうのか?


「お……はよう?」

「なっ……!? 話せるのか!?スタン!普通に話せるのか!?」

「う、うん……。 大丈……夫」


 グワングワンと身体を揺らされつつなんとか返事をすると、フッと掴まれていた手の力が抜け眼の前の人物が脱力していく。

 明らかに親しい間柄であろうが全くの初対面。そして遠巻きで見ている人も、さっき呼びかけていた人も明らかに知らない、日本人では無さそうな人々。


 ここはどこだ……?明らかに一般の家ではない、どこかホテルのような洋装だが。


『あっ…………!』

「スタン!?」


 辺りを見渡していると、キラリと金色に光る何かが見え、注目すると窓際の壁に鏡台が置かれていることに気が付いた。

 ベランダへ続く大きな窓の隣にある、化粧台のような鏡。


 男性の驚く声をよそにベッドから降り、なにやら嫌な予感を抑えつつ一歩、また一歩と鏡へ向かう。もしかしてさっきの金色……男性のもう一つ見えた、こちらに近づいてくる金色は…………!!


『っ――――! やっぱり…………』



 案の定というべきか、予想通りの回答を得て思わず日本語が出てしまう。

 鏡に自分の身を写して、ようやく理解した。


 そこに映るは金色の髪と翠の瞳。そして手も、脚も、身体も全てが小さく、高校受験に挑む予定だった自分とは半分ほどの年齢の少年が、今鏡の前に立っているのだった――――



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――




 ここは一体何処なのか――――


 目覚めてから少し。気がすぐれないということで誰もいなくなった部屋で一人思案する。

 まず、この地域がどの国なのかもわからない。一度ベランダに出て様子を見てみたが、大きな庭と森が広がっているだけだった。読み取れる部分は少なかったが、話している言語からして日本ではないだろう。

 そして人々も誰一人として見覚えのある者が居なかった。遠巻きに見ていた人々も、近くで様子を見ていた女性も、駆け寄ってきてくれた男性も、誰も知らない。

 一応夢ではないかと確認してみたが現実のようだ。痛覚も嗅覚も触覚も問題なく機能している。


 最後に考えるべきは、この身体だ。

 もう一度鏡の前に立ってその様子を眺めてみるも、間違いなく意識して動かしたように鏡に映る人物も動く。

 けれど容姿が……金色の髪に翠の瞳。明らかに黒髪黒目だった自分とは様変わりしていた。

 

 場所や時代が変われば美的感覚も変わる。ここではどういう評価なのかわからないが、少なくとも自分にとっては悪くはない容姿をしていた。

 小さくも通った鼻に大きな目。傷やシミなどは何一つない肌。癖毛になっているのか、自然と髪が上がり活発そうな印象を受ける男児。

 そして何より、確実に幼くなっているのだ。手も足も短く、容姿も幼い。目測だがおおよそ小学校に入学するかどうかあたりだろう。その頃の自分がこれくらいのサイズ感だった気がする。


「こんなものか……」


 とりあえず今ここで把握できるのはこれくらいだ。

 1.容姿が変わっている上に幼くなっている。

 2.おそらく日本ではない。

 3.夢でも無い。


 1とか特に、かなり突拍子も無いことだが、現実味がなさすぎて逆に冷静になってしまっている。

 もう一度辺りを見渡すもこの部屋で他に何かを知りえそうなものはなさそうだ。寝室なのかベッドと鏡しかない。随分と広い寝室だ。


 コレまでの事を思い出すも、記憶だってキチンと日本のものが存在する。

 神山 慶一郎かみやま けいいちろう。15歳。

 古くから日本の中核を担ってきた神山家の長男・・であり三男・・

 なんてことのない日常を送っていたが高校への入試へ行く途中に――――



 ――――そう!入試!!

 入試はどうなっ…………って、あぁそうか。会場に辿り着く直前事故に遭ったんだった。

 突如こちらに向かって暴走する車。眼の前の少女を助けに駆け出した自分。

 その時少女を弾き飛ばしてから最後に見た光景は、迫ってくる車の…………


『……死んだのか』


 閉められた扉のドアノブに手をかけたタイミングで言葉が漏れ、動きが止まった。

 

 あぁ……そうだ。

 ここに来てようやく自分の身に降り掛かった災難を自覚した。

 あの速度の車。高速道路を走る車と遜色なかったことから100キロ近くで迫ってきていただろう。

 100キロで迫る巨大な物体にぶつかれば人間の体などひとたまりもない。

 でも、あの子は無事助かったのだろうか。この身を犠牲にして飛び込んだのだ。何故自分でもああしたのかわからないが、助かっていてもらいたい。


 となるとここは天国や地獄なのかも知れない。

 随分と想像していたあの世より俗世的な空気がある。

 知っている土地ではないもののまるで普通のこの世のような雰囲気。死んだという事実から、もしここがあの世でもなく地球ですらないと仮定すると――――


「……異世界?」


 そこでふと、クラスで一時期そんな言葉が聞こえてきたことを思い出す。

 小耳に挟んだ程度だが確か死んで異世界云々と聞いたことがある。

 具体的に何がどうなるというところまでは聞きそびれたが、異世界と仮定するとそれを否定するだけの材料がない。


 ……とりあえず、行くか。

 この部屋で得られる情報もなく、思考もどん詰まりになったのを確認し手にしていたドアノブを捻って外に出る。



「坊ちゃま! 大丈夫ですか!?」


 廊下に出て真っ先に駆け寄ってきたのは目覚めた時にも真っ先に声を上げた女性だった。

 古いメイド服……給仕服と言ったほうが正しいだろうか。白いキャップに白いエプロンをしたおおよそ40代ほどの女性は眼の前でしゃがみ込みながら外傷をチェックしている。


「あぁ……うん。それでえっと、あの人は……どこ?」


 すごく曖昧な聞き方だったが伝わっただろうか?

 求めているのは旦那様と呼ばれた男性のこと。けれど間柄もわからないからどう問えばいいかわからない。

 問われた彼女も一瞬だけポカンと意味を理解していない様子だったが、すぐに「あぁ」と納得した声を上げる。


「旦那様のことですね。でしたら下の階にいらっしゃいますよ」

「下ね。わかった、ありがと」

「えっ――――!?」

「うん?」


 知りたいことは知れたしさっさと下に向かおうと旋回したものの、彼女が驚いたような声が耳に届いて思わず振り返る。

 その表情はありえないような見た目。しかしすぐに自分がどういう状況に陥っているか自覚したのか真面目な顔に切り替わって一礼する。


「失礼いたしました。何でもございません」

「そ、そう……? じゃあ、またね」


 なんだったんだ?あの驚きに満ちた顔。

 さっき普通に対応したよな?何か変なことしたのだろうか。

 そういえば文化とか風土とか、そういうのは全く気にしていなかった。普通にお礼言ったのが気に触ったのだろうか。


「おぉ、スタン! 調子は戻ったのか!?」


 廊下を真っすぐ進んで見つけた階段を降りていくと、目当ての人物は案外早くに見つかった。

 人が横並びに5人ほど降りられそうな階段を下った先。両開きの扉から外に出る寸前の彼がこちらに気づいて声をかけてくる。


 目覚めた時にも告げられたが、どうもこの体は『スタン』という名で間違いないようだ。

 スタン気絶ね……。なかなか洒落てる名前じゃないか。


「えぇ、はい。 ご心配をおかけして申し訳ありません」

「………………」

「……なにか?」


 ……まただ。

 またその顔。まるで信じられない物を見たような目。

 一体何を失敗したのだというのだ。不安な気持ちを抑えて問いかけると、彼も目が覚めたように身体を震わせていく。


「あぁいや……。お前が謝るなんて殊勝なことを言うなんて驚いてな。全然悪いことなんかじゃないんだぞ! むしろ良いことだ!」


 なにやら言い訳めいていたが、その説明でホッと胸を撫で下ろす。

 そうか。失敗ではなく謝ることが普段しないことだったのか。


 …………いや、さすがにそれはないだろう。

 いくら7歳前後だとしても悪いことをすれば謝る。それは小学校入る前から散々言われてきたことだ。


「とにかく、無事で何よりだ。一応『事』を引き起こした者は牢に捕らえてあるが、処遇を決めるか?」

「牢……? 処遇……?」


 この世?に生を受けてからおよそ15年。

 その長い年月の中で初めてリアルに聞く単語に、思わず眉をひそめる。

 どういうことだ……牢?処遇って何を決めるんだ?警察はいないのか?


「えっ……と……」

「これから地下に行くところだったんだが、スタンもついてくるか?」

「う、うん……」


 なんて答えようか決めあぐねているとふと出た提案に、戸惑いつつも首を縦に振る。

 牢って、タヌキやアライグマでも捕まえてあるのか? 倒れた原因であろう『事』についても気になるが、まずはこちらが優先だ。


「わかった。 こっちだ」


 彼に促され、その後ろ姿をついていく。

 建物を出て、広い庭らしき敷地を通ってたどり着くは少し寂れた小屋。土蔵といったほうが正しいかもしれない。

 厳重に鍵がかかった鉄扉を解錠しすれば下へと続く階段が。

 コツン……コツンと音を立てながら降りた先には幾つもの鉄格子が壁となった文字通りの檻見えてきた。

 彼はその内の1つに近づいて近くに置いてあったロウソクを手に取る。


「これが今回の事を引き起こした元凶だよ」

「――――」


 ロウソクを向けると牢の向こう側が照らされ、その姿が露わになった。


 その光景に言葉を失い唖然とする。

 捉えられているのはタヌキやアライグマ、せいぜい子グマかなにかだろうと高をくくっていたが、完全に間違いだった。

 そこに大人しくしゃがみ込んでいるのは自身の身体を覆わんとするほど長くて黒い毛。みすぼらしく、布一枚のみを着させられた姿。

 こちらの話し声に気がついたのかその顔が振り向くと、痩せこけた頬と大きく見開かれた目が視界に飛び込んでくる。


 手入れの『手』の字すら知らないような身体と短い手足。

 けれどたしかに、その姿は人間だった。


「女の……子……!?」


 牢の中にはこの『スタン』とそう年の変わらない女の子が、まるで獣のように捉えられていたのであった――――

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