第17話「ヒトリヨガリニナラナイデ」


 先日のカチコミ騒動から一夜明け、葵は善の家に呼ばれていた。


「ご、ごめんなさい」


 善の部屋で正座させられ、膝には六法全書が乗せられている。ゴーモン。


「なんであんなことしたんだ。真木なんかトラウマになってるぞあれ」


「今は反省しているわ。でも後悔はしてないの。やることはやったから。足が痺れてきたけれど、いつまでやるのかしら?」


 その優しい微笑みに善の心は一瞬ときめかなかった。


「犯罪者のインタビューかよ。」


「それより善君。私聞きたいことがあるの。デート、楽しかった?」


「えっ、いや…楽しくなかったって言ったらそれは翔子ちゃんに失礼に」


「本心。語ってちょうだい。」


 葵の目は澱み、善の目を真っ直ぐに見つめていた。思わず善もたじろぐほどに。正座のままで。


「た、楽しかったよ。ふつーに。」


「そ。私ね、負けないことにしたの。」


「何に?」


「翔子ちゃん。あの子ね、善君のことす」


「葵さん。それは口に出すな。その気持ちは翔子ちゃんだけのものだし、それを葵さんが伝えて俺が知ってはいけない気持ちだ。」


 ピシャリと叱られた葵は、意外と人の気持ちに関してしっかりとした芯を持っている善に感心した。。だからこそ、葵自身の気持ちにも気づいているのだろうと察した。


「じゃあ明日私とデートして。」


「ど、どこに」


「任せて。私が誘ったのだから。」


 翌日、善は公園で待っていた。ベンチに座っていると、足元で蟻が蝉の死骸を分解しており(こうやって命は循環してるんだなぁ)なんて適当な感想を思った。


「お待たせ」


 知らない女性が来た。長い黒髪に薄いブルーのポイントカラー。ロングスカートと水色のシャツが夏にぴったりのデザインだ。


「えっ、あっ、はぇ?」


「私よ。善君。」


「あ、葵さん!?か、髪それ、え!?」


「ウィッグよ。」


「あ、あ〜。綺麗だよ、似合ってる」


 素直な感想を恥ずかしげもなく言えるこの人は、やっぱり良い人だと葵は実感していた。


「さ、行きましょう。今日は丸一日付き合ってもらうわ」


「まずはどこに行くんだ?」


「寄生虫展覧会」


「ゔぉえっ」


 ここで葵の心臓は1000m走をしたような心臓の高鳴りを抑え、自分の心に勇気の炎を灯した。


「は、はい。」


 葵から差し伸べられた左手。よく見ると彼女の顔は、日傘に隠れてはいるが赤くなっている。善も自分の心臓が4×100mリレーを一人でしたような高鳴りを見せていた。


「わ、わかった」


 博物館へ着く頃にはお互いの手汗でベタつくことになるのは間違いない。


 街中のハンバーガー店の二階で勉強していた椎奈は歩く善をたまたま見つけていた。


「え、隣の人誰あれ。諸星先輩もやるなぁ。」


 そして徐に写真を撮ってにやけた彼女は後日葵にぶっ飛ばされることになるがそれは別の話。


 展覧会の会場は何故かカップルが多く、至って普通の雰囲気であった。逆にそれが善にとって不自然極まりないものである。


「なんで普通に見てられるんだよ…」


「ね、ね、善君これ。ディディモゾイドよ」

 ※検索非推奨


「ゔぁ〜…まじかこれ。」


「あら、こっちはハリガネムシ。」

 ※検索非推奨


「ひんっ…」


「素敵…サナダムシよ」

 ※検索非推奨


「え、これ人間にも寄生するの?」


 葵はキラキラと目を輝かせて善を引いて歩いていく。夢中になって歩く幼児のような彼女を見て、善の心臓が強く跳ねた。


「可愛いな…」


「冬虫夏草が?良いセンスね」


「いや薬漬けにされてるセミの幼虫に寄生した変なキノコみたいなやつが可愛いと思ったことは断じてない。」


 こうして時間は過ぎていき、あっという間に昼を過ぎた。お土産コーナーを見ていると、葵がじっと見つめているものがあった。


「アニサキスグミ…ウオノエのぬいぐるみ…。迷うわ」


「ぬいぐるみだったら買ってやるよ。グミは隣で食べられたくない。」


「えっ…」


 そう言って善はそそくさとウオノエのぬいぐるみを持ってレジに向かって歩いていった。彼の耳が赤くなっていたのは、気づかないふりをしよう。

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