第10話「戦いは数だよ葵さん」

 今日は朝の10時から気温36°という猛暑日。テレビでは甲子園のニュースや猛暑の記録だのとアナウンサーが話しているが、俺はそれどころではなかった。


 葵さんが最近流行りのカードゲームを持ってきたので、俺の部屋で遊ぶことになった。


 30マスを使った"城と侍"というカードゲーム。城側は十枚の守護侍を使い五枚の城カードのうち一枚でも防衛し切れば勝ち、侍は十五枚のカードで城のカードを全て奪えば勝ち。カードにはそれぞれ一度だけ使える能力がある。


 十五枚全て能力を使える侍側がちょっとだけ有利なカードゲーム、のはず。


(なぜ能力で攻めてこないっ…。完全に専守防衛か?)


 葵さんの陣地は完全に沈黙していた。城側も守護侍は能力があり、マスを超えて遠距離攻撃ができるカードがある。定石として城側はこまめに遠距離攻撃をするのが得策のはず。


「俺のターン。一枚目の青い侍を1歩前進…。能力は無しでターン終了。」


「パス」


「ッッ!?あ、葵さん…馬鹿にしてるのか?」


「……」


 しかし彼女はずっと盤面を見つめているだけ。


「ぐっ。赤い侍三人を右斜め前に、黄色い侍三人を左手斜めに。ターン終了。」


「パス」


「ばっ、馬鹿な!?」


 左右に展開されたということは両端から攻められるというこのゲームの城側が最も避けなければならないことである。


「何を考えているんだ…。」


 部屋はクーラーが効いて涼しいはず。なのに俺の額からは冷や汗が出てきた。


 負ければアイス一本奢り。


 この猛暑日の中、10分ほど歩いて行く距離にあるコンビニになど行きたくない。


 どうする…何か策があるんだ。それを逆に読み取るんだ。


 考えろ…考えろ…。わかんねぇや。


「ここは定石通りにッ!左右に展開した赤と黄の侍六人を進軍!赤の侍の能力、マス飛びで二つマスを越えて城側の陣地内へ侵入!赤の侍の能力を使ったからターン終了だ。」


「パス」


「騙されん!今度は黄色の侍を一マス進軍させつつ、後衛の武将の能力"兵糧米"で護衛の白い侍も3マス進める!これで武将と白い侍が城側の陣地目前!葵さん、二手目で詰みだ」


「緑の守護侍を左に、右に青の守護侍を配置。白の侍一枚だけ進軍。終わり。」


 緑も青も遠距離攻撃ができる能力、白の侍は大砲で複数枚攻撃可能だが、俺の武将マスには届かない。


「アイスは貰った!敵陣に侵入して横に広がり、ターン終了!次で突撃するぞ?戦いは数だぜ葵さん。」


 俺は間違いなく勝った!そう思っていた。葵さんの、顔を見るまでは。


「善君」


「な、なんだ?」


「サヨナラ。守護侍、全員進軍。」


 彼女が指差していたのは、Uの字で広がっていった陣営だった。


 や、やられたッ!俺は攻め込んだつもりが、最後の最後に守護侍を動かすことで一手で囲まれてしまった。冷静に考えるとパスで動かなかったのは、俺の全軍が陣地に入り、城のカード目前に来るように仕向けられていたのだ!そしてパスを速攻で伝えることで俺の油断を誘ったんだ!


「や、やめてくれッ!」


「全カードの能力発動。緑と青の弓矢前1列に総射撃、白の侍の大砲も一緒に合わせて発動」


「た、助け」


「最後に残しておいた一枚、白の侍が」


「い、嫌だッ!」


「一マス進んでいたわよね?複数枚攻撃できる能力だけれど、善君一人のために使ってあげる。」


「Heeeeyyyy!あァァァんまりだァァァァ!」


「発射」


 俺は死んだ。


「行ってきまーす!葵さん、バニラでいいんだっけか?」


「ええ。お願い。飲み物はコップにジュースが残ってるから、いらないわ」


「はいよー。あ、帰ってくる頃連絡するから、俺のコップに氷追加しといてくれるかー?」


「いいわよ。気をつけてね」


 猛暑にコンビニへ向かった善を見届けると、葵は静かに階段を登り部屋へ戻った。


 その顔は歪んだ笑顔に染まっていた。目の先には、善の飲みかけのジュース。


 に、手は伸ばさず葵は自分のコップを手に取った。


「私の心臓、うるさい。ふふ…」


 葵は軽く口にジュースを含み、数秒待つ。そして視線は善のコップへと向いていた。


 10分後、俺は汗だくになりながらコンビニから戻った。アイスが溶けると思い全力で走ったから死にそうだ。


「ふぃー!あっつ!!マジで暑い!」


「おかえりなさい。はい、どうぞ。」


 玄関で待っていた葵さんはしっかりと氷を入れて、ジュースも追加してくれたようだ。


「いただきます!ありがとう葵さん!」


 俺は一気に飲んだ。冷たいからもう味なんてわからん!


「っくぅー!!犯罪的だ!さ、溶ける前に部屋で食べよう。そしてもう一回勝負してくれないか?悔しいから。」


 階段を先に登る善の後ろで、葵は右手を股の間で押さえて小刻みに震え…恍惚としていた。


「さいこう…」

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