第4話「スイーツ好きだよ葵さん」


 早朝、珍しく公園にいなかった葵さん。探すと碌なことにはならないし、どうせ学校に来ると思っていた俺は教室へ入って戦慄した。


「葵さん、おはよう。さて、何してんだお前ェ↑!?」


 葵さんは俺の机と自分の机を合わせ、何処からもってきたか知らないがオーブンレンジを乗せてクッキーを焼いていた。


「おはよう善君。クッキー焼いてみたの。食べてくれる?」


「それは家でやれ!焼いてきて、袋に入れて持ってきてくれ!クラスがバターの甘い香りに包まれてるぞ!」


「食べてくれないの?」


 上目遣いで少し潤んだ眼をする葵さん。きっとそれは美しい宝石と同じ価値があるのだろう。


「……。食べるよ。あとで一緒に片付けるか?」


「ありがとう。はい、あーん」


「ヱ。いや、自分で食べ」


「あーん。わかる?あーん」


 恥ずかしさに打ち震えながら食べてみると外はサクサク、中にもしっかり火が通っていて魚臭い。


「……」


「どう?しっかり不味いでしょ?」


「何入れた」


「クロダイの醤油漬け」


「葵さんは俺のこと嫌いなんだな」


「そんなことないわ。こっちも食べて」


 もう一つは黒いクッキー。チョコレート…ではないだろう。なんだ?


「いただきます。ん、うまいっ!バターと砂糖のバランスがしっかりしてる!でも、なんで黒いんだ?チョコレートか?」


「うふふ」


「あ、教えてくれないんだ。まぁ美味しいからいいか。もう一枚もらう」


 クラスのみんなが来る前の静かな教室、換気のため開けた窓から入ってくる夏の朝の爽やかな風。


「ごちそうさま。クロダイクッキー以外は美味しかったよ。今度お礼に俺が何か作らないとな。」


「じゃあ、1/60スケールPGのフルアーマーユニ◯ーンを作って。」


「食べ物にして。じゃ、最後の一枚いただきますっと。」


 一口齧ったら、葵さんが優しく微笑んだ。


「それ、クロダイの肝を混ぜたの」


 雲一つない青空に、黒いクッキーが飛んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る