第20話 覚悟

私の家の脱衣所。

私と高木くんしかいない二人っきりの空間。


私は高木くんの目の前で服を脱ぐ。


前回は高木くんにベットの上で脱がせてもらった。

だけど今度は私は自ら服に手を伸ばし、次々と衣服を脱いでいく。


高木くんは私の脱いでいく姿に釘付けになっていて動かない。


「高木くんも脱いで。お風呂に入れないよ。」

「えーっと...うん。」


高木くんは完全に緊張していて動きがぎこちない。


私は最後の肌着を脱いで下着も全部脱いで完全に裸になった。

そして少し膨れたお腹を高木くんに見せる。


だけど高木くんは私の裸を見たらいけないと思って一生懸命目を逸らしている。


「高木くん、私を見て。」


高木くんはゆっくりと振り向き私を見る。


鏡を見なくてもわかる、少し膨れた私のお腹。

高木くんは私の胸でもなく、お尻でもなく、少し膨れたお腹を見ている。


「高木くん触ってほしい、私のお腹を。高木くんは何も感じないかもしれないけれど、私はずっとお腹の中で赤ちゃんが動いているのを感じるの。」


高木くんは一気には手を伸ばさなかった。だけど恐る恐るゆっくりと私のお腹に手を近づけていく。

そして高木くんは今度は私のお腹に触ってくれた。

冷たい大きな手が私のお腹に優しく張りついている。


ただ高木くんは赤ちゃんがいるところがわかっていないみたいでただ触るだけだった。

だから私は高木くんの手首を握って、おへその下の下腹部に手を持っていった。


高木くんの手が強張っているのがわかる。それだけで高木くんが緊張しているのがわかる。


「高木くん、ここにいるの。高木くんの手のひらのすぐ奥に高木くんの子がいるの。

高木くんにとって、この子が迷惑だってのもわかってる。だけど、もう...動いているの。ずっと...毎日...。


私も一度はこの子を殺そうとしたの。だけど無理だった。私には高木くんがくれた命をなかったことにできなかった。それから何回も何回も病院の診察台で私はこの子を見てる、私のお腹の中で育って行くのを。


私にはこの子を見捨てることはできない。だから私にはこの子をもう...殺せないの。

高木くんはもしかしたら、この子を堕してしまうことを考えているかもしれない。だけど、もしもそうなら考えて直してほしい。


高木くん、お願い。この子を殺さないで。」


私は思っていることを正直に高木くんに打ち明けた。高木くんが言えばもしかしたら私の行動は変わるかもしれない。だけどこれが私の本当の気持ち。


高木くんは一瞬私を見開いた目で見た。


この刹那、高木くんは色んなことを考えているのだと思う。私の人生と高木くんの人生、そして私の中にいる命の運命。


高木くんは私との人生を考えてくれている。

高木は今、私との子供の人生も考えてくれているのかな。


高木くんの喉仏が少し上がり、何かを飲み込む。そしてゆっくりと口を開いた。


「わかった...。」


その一言に高木くんの全ての思いが込められていた。

高木くんの目は、私に医学部に行くと伝えた日と同じ目をしている。


もう大丈夫、高木くんはきっと私の子を守ってくれる。もう心配することはない。高木くんは私を丸ごと全部受け入れてくれた。


これで安心して私はこの子を守れるようになった。もう二度とこの子を捨てるなんて考えなくてもいい。


高木くんの一言はそれ程までに私に安心を与えてくれた。そしたら今更ながら今の状況に急に恥ずかしさが込み上げてきた。


なんで私、高木くんの前で裸になったんだろう....


冷える脱衣所、私は体が冷えていた。


「クシュン....」

私は小さくくしゃみをした。高木くんは慌てて私をお風呂に入るように言った。


.

.

.


私と高木くんは体を重ねるようにお風呂の湯船に浸かった。


高木くんは何もしてこなかった。ただ高木くんの手が私の下腹部にずっと乗せられている。


私の居場所は高木くんの腕の中にあった。


「高木くん、ありがとう。」


私のつぶやきに高木くんは私をぎゅっと抱きしめてくれた。


その日私は何度も鳴るスマホの着信を全部無視した。

そして高木くんと枕を並べて一緒のベットで眠った。高木くんは朝まで私のお腹をずっと触っていた。


 ◇


朝起きると高木くんは学校があるわけでもないのに制服姿になっていた。


「高木くん、それ。」

「まずは優香の家に行かないとな。これからどうするか、ちゃんと相談が必要だと思うから。優香がその子を産むんだったら、俺はちゃんと優香の家の人に挨拶をしに行かないといけないしね。」


そう言いながら高木くんは制服のネクタイの位置を気にしながら姿鏡の前に立っていた。


「優香も俺の両親にあってほしい。もうすでに電話で優香のことは話してある。その....妊娠のことも含めて。


正直まだ父さんは優香を連れてくること以外何も言ってこなかったからどうなるかわからないけれど、俺は今からできるだけのことはしようと思ってる。」


私はその言葉を聞いて高木くんの気持ちへの嬉しさと共に家に帰ることに不安を覚えた。


お父さんが高木くんに何をするかわからない。一昨日の事を考えると、高木くんが無事に帰れるとは思えない。


「大丈夫だよ、3発くらいは殴られる覚悟だから。それに俺の家はそれなりにお金持ちだからお金の心配もない。もしも不安要素があるとしたら、俺が医学部に行けない事だけだから。


俺は決めたんだ、家の力を頼ってでも優香を幸せにするって。

本当は全部自分の力でなんとかしたかった。だけどもう最終手段だけど、父さんに頼ることにししたんだ。


父さんが求めているものはわかってる。だから俺は絶対その全てを達成して全部を勝ち取る。


今は無理だけど、絶対に優香を不幸にはさせないから。」


高木は私の前にやってきて膝をついた。


「優香さん。僕が18歳になったら結婚してください。


ちゃんと婚約届に名前を書いて、そして一緒に役所に届けに行こう。


本当は今すぐにでも持っていきたいけれど、俺はまだ17歳だから法律では結婚はできないんだ。


だからこれで許してください。」


私はもう心の中から気持ちが溢れてしまった。それが涙に変わり、目からどんどんと溢れてくる。

もうこれ以上どうすればいいかわからない。もう私が何を考えているかもわからない。ただ分かるのは私の言うべき答えだけ。


私は一生懸命に涙を手で拭った。次から次に涙はやってきて止まらなかったけれど、できるだけ最高の笑顔で、最高の表情で、最高の気持ちで私は答えた。


「はい、喜んで。」


私と高木くんは数週間ぶりの大人のキスをした。


 ◇


私と高木くんは並んでバイクに乗った。


私は高木くんの背中に引っ付く。暖かくて大きな背中、これから先私は何度この背中を見るんだろう。


高木くんは少し体に力が入っている。


私がバイクの後ろに乗っているからか、それとも私の家に挨拶に行くからか。多分両方だろうと思う。


多分私も高木くんの言う通り、高木くんの家に行くなら、私は多分途轍とてつもなく緊張すると思う。


そう考えると今の高木くんの気持ちがわかった気がした。


高木くんはひたすらバイクを走らせる。

大阪駅から高木くんの家に行くまでと違って、行き先がわかっている。だからかもしれないけれど、信号で止まる度に、角を曲がるたびに、ちょっとしたこと一つ一つが家に着くまでのカウントダウンのように感じる。


これから初めて高木くんを家に連れて行く。


そういえばお母さんにもお父さんにも高木くんを連れて行くことを言っていない。


信号で止まった時、私はスマホを見た。


昨日の夜、お母さんとお父さんから着信が大量に入っている。


やっちゃった。

もうお父さんともお母さんとも話をしたくなくて無視していたけれど、高木くんが家に来るならちゃんと言わないと。


そう思って慌てて電話をしようとしたら、スマホを道路に落とした。

私は慌てて高木くんにスマホを道路に落としたことを言った。


私の手にスマホが戻ってきた時、スマホは車にかれ画面が割れてタイヤの跡が付き、電源が入らず完全に使えない状態になっていた。


こんな時に限ってスマホが壊れる。



何か不吉な予感がする。



壊れたスマホを見て私たちの運命がこうなるのかもしれないと思ってしまい、私は慌てて頭を振ってその考えを消し去った。


壊れてしまうのはスマホだけでいい、私と高木くんの関係は壊れることはない。

私は家に着くまでの間、必死にそう考えた。

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