金無し寮生の気分飯

黒潮梶木

第1食 寮生活、始まる

4月6日

高速道路を走りながら僕、入野叶大(いれのかなた)は新たな生活の幕開けのことを考えていた。4月とはいえ流石にまだ冷たい風が肌を刺してきた。しかし、今はそんなこと気にしなくなるほど、心臓は早く動いていた。

僕の生まれた町は山の中にある自然豊かな住宅街で育った。父は公務員、母は専業主婦の至って平凡な家庭だ。

幼稚園年長の頃、親父が興味本位で持ってきた「初心者釣竿セットが当たるチャンス」という抽選に僕の名前で応募した時、偶然当選しそれがきっかけで釣りを始めた。釣りを始めると同時に魚に興味を持ち将来は魚や海に関係する仕事をしたいと思い始めた。そんな時、テレビでとある高校が紹介されていた。県立石津水産高等学校。国内でも数少ない水産系の高校だ。

「叶大、ここいいんじゃないか?」

親父が聞いてきた。まだ幼稚園生の僕にとっては想像もつかないような話だ。しかし、興味は無いわけではなかったので、

「いいね。楽しそう」

と何となくで返事をした。幼稚園で将来の夢が固定されている子供なんてそうそういない。いつか変わる時がくる。そんなことを思っていた。それは僕に限らず、両親も絶対にそう思っていたに違いない。そして月日はたち気づけばもう中学2年生だ。僕の夢は…船乗りだった。しかもすごいことに志望校も石津水産高校だった。僕も驚いていたし、両親も驚きを隠せなかった。一途と言えば聞こえはいいが、僕から言わせれば他に出会いがなかったの一言に限る。途中様々なものに興味を持った。妹が生まれて子供に興味を持った。お笑いにハマってずっとコメディ見ていた時期もあった。しかし初めて生きた魚を見た時の興奮、夜の海で波や風を感じた感覚、漁船の光などを見たあの感動に勝るものと出会えなかったのだ。

しかし問題があった。それは高校の場所だ。学校は海の近くにあり、片道でも電車で1時間半はかかった。また交通費も高く両親はどうするか迷った。そこでひとつの案がでた。それは高校の寮に入るということだ。寮ならそこまで高くはないし、学校からも近かった。子供を1人で生活させる不安と好きなことをさせたいという気持ちが格闘したが、僕も寮には興味があったので入ることにした。そして無事受験も終わり寮にも入れることが確定した。

そこで最初に戻る。

今日はまさに最初の入寮及び入学の日だった。好奇心や恐怖が混ざる中で親父は呑気にコーヒーを飲んでいた。僕はと言うと先輩方との関係や1年生での仕事の内容など心配事が多すぎてとてもご飯を食べれるような状況ではなかったが親父に無理やり肉まんを食わされた。1個500円もする高級なやつだ。しかし味なんて微塵も感じることが出来なかった。それほどまで不安が大きかった。肉まんと一緒に不安や緊張もそのまま胃に流し込んで溶かしてしまいたい。喉につまる肉まんを無理やり飲み込んだ。しかし残るのは不安と緊張以外のなにものでもなかった。

あれやこれやと考えているうちに目的地の高校に着いてしまった。高くそびえる学校は僕を見下ろしているようで怖かった。

「叶大、早く荷物下ろしちゃいなさい」

母に言われてハッとした。ぎこちない僕を横目に母はいきいきしていた。不安を紛らわせるために、そそくさと荷物を寮の部屋に移動させた。部屋は2人でひとつの部屋で誰と組むかは知らなかった。歴代の先輩方がつけていった傷が所々にあったがこの時の僕にとっては気にしない程度の事だった。荷物を搬入し終わった頃、同部屋の子が入ってきた。高めの身長でがたいのいいやつだった。僕がよろしくお願いしますと声をかけると

「よろしく!」

と、元気な声で返してきた。そして名前を岡野真治(おかのしんじ)と言った。真治はなかなかコミュ力が高く、僕に色々なことを聞いてきた。地元のことや趣味、中学校の頃ご話など会話しているうちにすぐに打ち解けて仲良くなった。そして不安も薄くなっている気がした。

真治が荷物を取ってくると言い部屋を出ていくと放送がなった。

「1年生は1階のホールに集まってください。」

僕は部屋を出ようとドアノブを捻った。ガチャ…ガチャ…ドアが開かなかった。真治が閉めていったようだった。内側から空くだろう。そう思っていた鍵を探した。……ない…。え?嘘でしょ?こんなテレビみたいなことある?と自分でも信じきれなかった。やば…やばくね…。初日から集まりに遅刻なんて許される話ではなかった。焦りに焦った結果できることはドアを叩くことしか出来なかった。ゴンゴンゴン!おーい!静かな密室にドアを叩く音が響き渡った。しかし時すでに遅し。もうみんな下に行ったようだった。他にできることなんてなかった。両親も会議に出ていて電話には出ないし真治のLINEや電話番号なんてまだ聞いていなかった。頭を抱えてベットに座り込んだ。そして呆然とあたりの壁を見渡した。窓はあったが僕の部屋は3階だったので飛び降りは無理。扉の上に小窓はあったがそこも塞がれていて脱出は不可能だった。絶望の最中、ドアの向こうから誰か歩く音が聞こえた。良かった!助けが来た!僕はドアを叩いて知らせた。外にいたのは先輩だった。

「何してるんだw」

笑いながら言ったので僕は少し気分がゆるんだ。

「すいません。閉じ込められました。」

僕が言うと先輩はゲラゲラと笑い始めた。

「初日からそれはやばいなwはははははww」

内心恥ずかしかった。先輩はまるで動物園の動物を見るかのように僕を見ると

「窓から鍵を落として。俺が開けてやる。」

そう言ってそそくさと外に走っていった。僕はすぐに窓から鍵を落とすと先輩が走ってきて鍵を受け取りすぐにドアを開けてくれた。

「ありがとうございます」

僕が言うと

「みんなもう集まってるから早くしな」

と言って階段を降りていった。僕もその後を追って入寮式の会場へ急いだ。

会場に着くと真治がニコニコしながら悪びれる様子もなく座っていた。

「遅れちゃって、どうしたの?w」

と無邪気に聞いてきたので少しむっとした。そして経緯を話すと

「まじで!?それはごめん!w」

と言ったが反省している感じはなかった。また少しむっとしたが、これも思い出か、と開き直ることにした。こんなことがあったせいか入寮式はあまり緊張せずに出来た。そして自己紹介があったが先輩方の名前は全く覚えられなかった。唯一、僕を助けてくれた先輩は菅野和也(すがのかずや)さんと言うと知った。後でお礼を言おうと思ったがあまり時間が無く直ぐに入学式に向かった。

入学式はあまり覚えていない。そしてそのまま自分たちがお世話になる教室へ向かった。真治と同じクラスだった。他にも寮で何度か見たやつもいたが名前までは覚えていなかった。

そしてあっという間に夕方になった。両親は「元気にやれよ」と言って地元に帰っていった。1人、歩道橋を登った。春風は微かに潮の匂いを感じさせ僕を残して行ってしまった。孤独感と緊張が荒波のように心に押し寄せてきた。

晴天の空をツバメが低く飛んでいる。

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