第4話

「これより本艦の航行システムのセットアップを行います。全乗組員はブリッジに集合して下さい」

 ほどなく、女性の声が全艦に響き渡る。

 ちょうどキッチンの片づけが一通り済んだところだったので、私はすぐにブリッジへと向かった。

 私の部屋はイシアとザクリスの私室のすぐ隣で、通路とは別にキッチンで繋がっている構造だ。戦艦の責任者たる彼らの部屋はブリッジに程近く、その為私がブリッジに着いた時には、まだ人はまばらだった。

「おお、いたいた。えーと、ジェシカ、だったかな」

 ブリッジに入るなり、一人の老人に呼びかけられる。

「アドル先生」

 それは医務室の医師長である、進化体のアドル医師だった。好好爺こうこうや然とした老医師だが、医学界では優秀な人物として名を馳せているらしい。現場にこだわる主義の為、いまだに前線である戦艦に乗り続けているのだと他の人から聞いた。ちなみに進化体の医師は、通常の医療行為や健康管理の他に、ミルダルンの戦闘能力の調整も行うという。

「さっそくひと働きさせられたようだな。子守も楽じゃないのう。で、あの腕白小僧たちの食欲はどうだった?」

「とても旺盛でいらっしゃいますねえ。三人前以上は用意したつもりだったのですけど、全部召し上がってしまわれました」

「おやおや、お前さんの手料理が気に入ったのかな? 結構なことだが、横には肥えさせんでくれよ」

「気を付けます」

 冗談めかしたアドル医師の言葉に、私は笑いながら頷く。

「それにしても、進化体の方々も同じものを召し上がるんですね」

「まあ、ワシらはここで生まれ育った世代だからな。この星の作物に慣れ親しんでいる。帰還してきた当時の、ワシの親の親の世代あたりは少々苦労したらしいぞ」

「まあ、そうだったんですね」

 食べ物が合わない、というのはかなりの苦痛だったのではないかと私は思った。

「あの子らはまだまだ子供だが、現時点でこの星最強のミルダルンたちでもある」

「最強?」

「そうだ。イシアの因子顕現率は九一パーセント、ザクリスに至っては九三パーセントだ。九割を超えるミルダルンは、あの子らだけなのだよ」

 ミルダルンとは、かつて人類が創造した人を素とする人工生命体で、同時に強大な兵器でもあったという。進化体はそのミルダルンと人類の混血で、現在は進化体の中でもミルダルンの遺伝子が八割以上顕在化している個体をミルダルンと呼ぶのだそうだ。

 この星のミルダルンの平均はおよそ八三パーセントと聞いたから、イシアとザクリスは飛びぬけて顕現率が高いことになる。

 私は目を丸くした。

「それは……すごいですね」

「ああ。それだけではなく、能力を使いこなす腕も超一流だ。だからこそ、難しい任務を課されることが多くなろう」

「……」

「お前さん、しっかり支えてやりなさい」

 アドル医師の口調は優しかったが、私にはひどく重くのしかかってきた。

「私は、なんの技術も能力もない、ただの家政婦ですよ。とうていあのお二人の力になんて、なれそうにありませんが……」

「いや、旨くて温かい料理を食べさせる。快適な部屋で迎えてやる。そういう小さなことが、あの子らにはとても大切なことなんだ。お前さん、かつては家庭を守ってきたんだから、分かるだろう?」

「そんな些細なことでよろしいんですか?」

「その些細なことが大事だからこそ、お前さんは宙域層民として迎えられたんだろう?」

 それは確かに、彼の言う通りだった。わざわざ一介の主婦を宙域層民として迎え入れるほどのこと、だったのだ。私の仕事は。

「わかりました。お二人の為に、できる限りのことはいたします」

「頼んだぞ。なに、変に気負う必要はない。ごく普通に、あの二人に接してやりなさい」

「はい」

 私は深く頷いた。

 するとアドル医師は唐突に真面目な表情を崩す。

「……と、言うかな! あの年頃のガキ共を野放しになんぞさせられんわ。手は放しても目は放さず、だ。頼むぞ」

「……は、はい」

 以前教育担当官から言われた、家族になる、の意味が、ほんの少しだけ理解できた気がした。私に務まるかは、また別の問題かもしれないけれど。



「じゃあ、今から航行支援システムのセットアップを開始する。全員集まってる? ここで乗員登録しておかないと、システム起動後は戦艦からつまみだされるよ」

 ブリッジの入口の正面、向かい側に設置されている巨大スクリーンの前に立って、イシアが言った。

「いい? じゃあ、始める」

 彼はスクリーンの方に向き直り、手元のコンソールの手前側面にある、巨大なレバーに手をかけた。

「よっ……と」

 掛け声と共に、そのレバーを押し下げる。がちゃん、と大きな音がして、レバーがONの位置に下がると同時に、両側からバーが出てきてレバーを固定した。

 スイッチと言うにはあまりに大きく大仰だが、戦艦のメインシステムなのだからそうそう電源を入れたり消したりするものではない、ということなのだろう。

 一拍置いて、メインスクリーンに何かが映りだす。不思議な電子音のメロディーと共に、「統合航行支援システム・AMALARICアマラリック」の文字が浮かび上がった。

『只今より、統合航行支援システム・アマラリックのセットアップを開始します』

 滑らかな女性の声がブリッジ全体に響き渡る。

『本システムの起動には、ミルダルンの個別情報が必要です。はじめに、艦長の情報入力を行います。艦長はジェネレータを起動し、共振モードに設定して下さい』

「了解」

 イシアはそう答えると、左腕に嵌めている端末を何やら操作した。すると彼が両肩に上着の上から付けている、プロテクターのような白い物体が、不思議な振動音と共に光を帯びる。

光子フォトンジェネレータの起動を確認。これより個別情報を入力します』

 何が起こっているのかよく分からないが、イシアの肩の光る装置から、何らかの情報を読み取っているらしい。ほどなく女性の声が情報を読み上げ始め、同時にスクリーンにも勢いよく文字が表示され始める。

『ミルダルン:識別番号04-001523、個体名イシア。顕現率九一パーセント。リアクター補正率:通常時ゼロパーセント、大気圏外戦闘時一五パーセント、大気圏内戦闘時三十パーセント』

 そこまで声が言った時、周囲がざわめいた。

「凄い……たったの一五パーセント?」

「さすがだなあ」

 私にはいまいち何の事だか分からない。首を傾げていると、隣にいたアドル医師が私に説明してくれた。

「リアクターというのは彼らが産み出す光子エネルギーを増幅させる機構だ。今光ってるジェネレータに内蔵されている。戦闘時は当人が産み出すエネルギーに加えて、リアクターが足りない分を補う。当人の力が強ければ強いほど、リアクターが補助するエネルギーは少なくて済むわけだ。イシアの場合は宇宙空間でなら一五パーセント程度の補正率で事足りる、ということだな。大気圏内ではエネルギーが減衰するから、もっと高くなるが……」

「はあ……」

 彼らの戦う姿を目にしたことのない私には、やはり良く分からない。けれど恐らく他のミルダルンとも任務を共にしたことがあるのであろう、他の乗組員たちの反応から、とにかくイシアの能力は非常に高いのだということが見て取れる。

『兵装タイプ:支援戦闘型。主要兵装:高強度光学電離砲・出力規格AA一門、及び無指向性汎用非偏光波砲一門、補助兵装……』

 長々と情報の読み上げは続いた。人物の情報を入力するのだとばかり思っていたが、どうしてこんなに武器の情報がこまごまと読み取られていくのだろうか?

「人というより、武器の情報がほとんどですね……」

 私がアドル医師にそう言うと、彼は眉を上げてこちらを見た。

「そりゃそうだ。彼らの戦闘能力すなわち、この戦艦の戦闘能力なんだから。つまり、今アマラリックは自分の兵装を認識、確認しているようなもんだ」

 つまり、ミルダルンがこの戦艦の兵装そのもの、ということなのだろうか?

「それは……イシア様とザクリス様がいらっしゃらなければ、この戦艦は戦闘できない、ということなのですか?」

「無論」

 アドル医師は当然のように頷いた。

「万が一、宙域層の防衛兵器が原種を攻撃することがないように、という防御策だ。そんなことになったら原種はひとたまりもないからな。ミルダルンなら、原種を攻撃する心配がない。あの二人がいなければ、この艦は装甲が厚いただの宇宙船、てところか」

「そう、なのですか……」

 良く分からない。なぜミルダルンが原種を攻撃しないと彼は言いきれるのだろうか? しかし、現実に宙域層の兵器がそういう形で存在するというなら、それは何らかの理由に裏付けされた事実なのだろう。

「お前さんはあとでゆーっくり、あの二人にミルダルンについて教わるといい。おお、やっとイシアの登録が終わったな」

 いつの間にか読み上げる声が止まり、イシアの両肩から光が消えていた。

『次に、副艦長の個別情報を入力します』

 今度はザクリスの肩から光が放たれる。イシアとは色が違った。イシアの光は緑色だったが、ザクリスの光は青白い。

『ミルダルン:識別番号04-001535、個体名ザクリス。顕現率九三パーセント、リアクター補正率:通常時ゼロパーセント、大気圏外戦闘時十パーセント、大気圏内戦闘時十二パーセント」

「うわ、十パーセントだって。ザクリス様も凄いなあ」

「大気圏内でもほとんど減衰しないとは……。噂には聞いてたけど、本当だったんだな」

 イシアの時より更に大きなざわめきが起きる。

「まったく凶悪なスペックだな、ザクリスは。才能とも言えるが……」

 アドル医師が呆れたような声で言う。

「才能ですか?」

「力の集約と放出の制御が上手い。だから本来、光学兵器は大気の中では威力が落ちるのだが、それがほとんどない。加えて、ザクリスの主要武器は光学兵器だけじゃないからな。ま、大気圏内での戦闘なぞすることになったらこの星の終わりだがなあ。ここの防衛ラインを突破されたという意味だからな」

 確かにそうだ。大気圏内で戦闘などされたら、空域層だって無事では済まない。何も知らず、のんきに暮らしている空域層民は大パニックに陥るだろう。

「ですが、この戦艦って、大気圏に突入できるのですか?」

「この艦自体は無理だろう。そういう仕様になっとらん。あのジェネレータの情報は艦とは関係ない、あの子らのデータだ」

「え……」

 また、とんでもないことを言われた気がする。

『……兵装タイプ:打撃戦闘型。主要兵装:指向性縮退融合反応砲一門、及び高強度光学電離砲・出力規格AAA一門……』

 淡々と読み上げられるその武装が、いったいどのような武器なのかは私には分からない。ナントカ砲とかアマラリックが言っているが、それは戦艦に備え付けられていて、イシアやザクリスはエネルギーを供給するということなのだと思い込んでいた。

「便宜上、砲と呼んでおるが厳密には、あの子らが直接身体から放つエネルギーのことだ。砲の種類がいくつかあるのは、彼らが得意な粒子制御のタイプ、言うなれば技の種類ということになる」

 私はつい、黙り込んでしまった。もしかして、この戦艦はただ彼らの棲家兼移動手段というだけなのだろうか?

 兵器と呼べる威力のものが、人間の身体から放たれるなど、想像の限界を超えている。一体、かつての人類は何を考えてミルダルンという生命を創ったのだろうか?

 そういえばミルダルンの能力の調整を行うというアドル医師だが、その調整とはこれらの力に対するものなのだろうか?

「その兵装……というか、力を、アドル先生が調整なさるんですか?」

「ワシだけじゃないがな。進化体の医師団と、あとは兵器専門の技師との共同作業だ。彼らの恐ろしく物騒な攻撃力はどう考えても医療の範疇はんちゅうじゃないのでな。ワシらは彼らの身体とあの肩に取り付けているジェネレータとの調整を、技師たちはジェネレータから展開される武装と戦艦の連携機能の調整を担当するんだ」

「頭がこんがらがってきました」

 私は正直に言った。アドル医師は笑いだす。

「無理もないさ。そのうち、慣れる。専門家のワシらとて、調整の術は知っていても、同じような生命体を創るなぞとうていできん。どういう原理で彼らが数多の粒子を操るのか、それが分からんから、進化体は自らの生殖能力によって彼らの遺伝的特徴を保存・伝承するしかなかったのさ。一体どんな奇跡が重なってミルダルンという美しい生き物ができたのやら……」

 美しい? 私は少し不思議な気持ちで彼の言葉を反芻はんすうする。実は、他の場所でも同じ形容を聞いたことがあるのだ。

「ミルダルンの戦艦で勤務なんですって? 羨ましいわ。あんなに美しくて素晴らしい人たちの側で働けるなんて!」

 ここに来る直前、基地でそう宙域層民の女性職員に声をかけられたことがあるのだ。確かに、イシアとザクリスを初めて見た時、綺麗な顔立ちの少年だとは思った。ミルダルンというのは全員容姿が優れているのだろうか?

「一度、彼らの闘う姿を見るといい。そうだ、戦時訓練は受けてあるのかな」

「いいえ、まだ予備訓練しか受けていないのです。現時点では、戦闘態勢時は自室から出る許可もいただいていません」

 戦時訓練とは、非戦闘要員が戦闘時にパニックを起こすことを防ぐために行われる、精神面を鍛える為の訓練だ。本来、戦艦に搭乗する時点で修了していなければならないのだが、訓練を担当する精神科医の話では、これまでただの民間人としてしか生きたことがなく、また訓練開始年齢の高い私の場合、かなり慎重に行う必要があるらしい。一か月の教育期間の間では、まず戦時訓練を受ける前段階の予備訓練だけで終わってしまった。

 直接戦艦の操縦に関わる任務では無い為、今回は条件付きで搭乗を許されている。

「おお、そうなのか。ではおいおい訓練を進めていく必要があるな。航海中手が空いている時にでもワシが手伝おう。まあ、適性検査はパスしておるんだから、そう心配なさんな」

「はい。宜しくお願いします」

 私はぺこりと頭を下げた。

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