第41話 新たな契約

「ありさのことが好きって……友だちとしての好きだよね?」


 本気だと思われていなかった。

 寂しいと同時に、今までの言動が積み重なっての反応だと気づいた。自分に怒りたくなる。


「異性としてのだよ」

「……ウソ?」

「ホント」


 わかってもらうまで、100回でも告白してもいいが。

 それよりも。


「愛里咲さんも知ってのとおり、僕は自信がなかったでしょ?」


 彼女は首を縦に振る。


「だから、『愛里咲さんみたいな天才で、猛烈にかわいい女の子が僕なんかを好きになるはずがない』とか、『僕なんかが愛里咲さんを好きになるなんて大それたこと』とか。そんなことばかり考えていたんだよね」


 すると、愛里咲さんは苦笑する。


「それ、自信がないことの弊害だよぉ。ありさ、最初から言ってたし」

「あのときは、なんとなくでしか理解できなかったけど、今ならわかる。愛里咲さんの言っていたとおりだったね」

「だから、ありさ、がんばったんだよぉ」

「うん、愛里咲さんのおかげで、僕は変われた」


 気づけば、僕の話になっていた。

 とはいえ、愛里咲さんの問題に触れるうえでも、僕のケースは有効かもしれなくて。


「昔の僕は、なにもできないと勝手に決めつけて、自分の可能性を奪っていた。やれば、できたかもしれないのにさ」


 結果が出るかわからないから、やらない。ダメだったら、傷つくから。

 ずたぼろの自尊心を守ろうと思って、チャレンジから逃げていた。


 数ヶ月前までの僕だ。 


 しかし、愛里咲さんとの同居を始めて。


「愛里咲さんの髪を撫でるとか、あーんとか、僕にもできたわけ」

「そだね。詩音ちゃんには安心して甘えられたんだよぉ」

「……愛里咲さんのおかげで、自分の価値に気づけたんだ」


 甘やかしているうちに、良い気分になったというか。親が子どもを育てるうちに、大人として成熟していくのに近いのかな。子どもいないから知らんけど。


「ありさ、がんばったんだよぉ」

「甘えて、えらい。よしよし」

「……『生きてて、えらい。よしよし』のパロなの?」

「生きててえらいなら、甘えるのもえらいでしょ? 甘えるのも、生きてるんだから」

「なら、ありさ、えらい、えらいだねぇ」


 彼女の髪を撫でると、うれしそうにニコッとする。


「僕は愛里咲さんと一緒にいて、自分を取り戻すことができた」

「詩音ちゃんもえらい、えらい」


 お互いに頭を撫で合う。


「おかげで、愛里咲さんの言葉も素直に受け取れるようになった。それに、自分の気持ちにも正直でいいと思えるようになったんだ」


 ようやく答えにたどり着けた。


「だから、もう僕は自分を偽らない。自信がついたから」


 胸を張って言える。

 ところが。


「じゃあ、もう契約は終了だね」


 灯台のライトが愛里咲さんを照らす。

 彼女は心の底からうれしそうに僕を祝福して。

 頬を濡らしていた。


「愛里咲さんの言うとおり、目標は達成したよ」

 

 僕は指で涙をぬぐい取る。


「でもね、契約が終わっても、僕たちは終わりじゃない」

「け、けど」

「契約が切れたなら、新たに契約を作り直せばいい」


 いや、ちがう。


「そもそも、契約がどうとか関係なかった」

「えっ」

「僕は愛里咲さんと一緒にいたいだけだ」


 彼女が目を見開く。

 今度は月光が愛里咲さんに注ぐ。満月に近い月が、彼女を引き立てる。


「本気で、僕は愛里咲さんが好きだから」


 たっぷりと息を吸い込んでから。


「僕の恋人になってくれないかな?」

「好き。詩音ちゃん、大好き❤」


 彼女の一言で感極まる。

 が。


「でも、私、なにが本当の自分なのかわかんないんだよ。無駄に甘えたり、意味不明なことを言ったり。詩音ちゃんに迷惑をかけちゃう」

「……………………ふっ」


 つい笑みがこぼれてしまった。


「なにがおかしいの?」

「だって、愛里咲さん、意外と自信がないんだなって」

「うっ」

「以前の僕みたいに自信がないから、自分の気持ちにウソを吐くのかな?」


 愛里咲さんは天才で、僕は劣等生で。

 真逆だけれど、やっぱり似ているところもあって。

 他人事とは思えなくて、自分がしてほしい行為を彼女にしたくなる。


「大丈夫」


 僕は愛里咲さんを抱き寄せる。


「ずるいよぉ」

「なにがずるいの?」

「だって、ギュッとされたら、我慢できないもん」

「我慢しなくていいんだよ」


 すると、彼女は僕の胸に頬を押しつけてくる。

 僕は彼女の背中に手を回す。浴衣の肌触りが優しかった。


「愛里咲さんが天才でも、なにもしない子でも、意外と自信がなくても……僕は全部、好きだから」

「し、幸せすぎるよぉ」


 やっと受け入れてくれたようだ。

 と思いきや。


「でも、私、どうしたらいいのかな?」


 恋愛的な気持ちは届いても、愛里咲さんの抱える問題は解決していなくて。

 僕の力で、どうにかなるんだったら、愛里咲さんも悩んでいないわけで。

 難しい。今の僕にはどうしようもない。


 それでも、簡単に諦めるのだけは勘弁だ。


「僕は愛里咲さんの全部が好き」

「……うれしいよ。でも、それじゃ――」

「愛里咲さんのことを誰よりも愛する人がいる。それじゃダメかな?」


 彼女の体がピクッと震えた。


「僕がすべてを受け入れるから、無理に自分を変えなくていいよ」


 愛里咲さんの耳元でささやく。


「今は答えが見えなくても、僕がずっと一緒にいる」

「う、うん」

「いつか僕が愛里咲さんをご両親のところに連れていく」

「けど、ありさ、嫌われてるんだよ」

「大丈夫。僕がなんとかするから」


 夜風になびく銀髪を撫でる。


「やっぱり、詩音ちゃんは私を救ってくれる人だった」

「……時間はかかるかもしれないよ」

「ずっと一緒にいてくれるんでしょ?」

「ああ」

「なら、問題ないよぉ」


 僕の胸元から顔を離した愛里咲さんは、暗くてもわかるぐらいの笑顔だった。


「約束して」

「わかった」

「約束のキスをお願い」


 昨日までの僕だったら躊躇していただろう。

 僕は愛里咲さんの顎に手を添えると、彼女の顔を上向かせる。


 灯台のライトと、月明かりが別の角度から彼女の瞳を輝かせた。

 琥珀色の瞳に映る僕の顔。なにもできない少年は、まるで英雄のようだった。


 彼女の瞳が閉じる。

 さくらんぼ色の唇に、僕は自分の口を重ねた。


 満月が証人となって、僕と彼女は新たな契約を結んだ。

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