第7章 秘め事

第37話 裏

『詩音か、今いいか?』


 電話の相手はおじいさんだった。


「いや、今はちょっと」


 配信後。泣きじゃくる愛里咲さんをあやし、ようやく涙が止まったばかりだった。

 愛里咲さんが顔を洗いに行ったタイミングで、電話がかかってきた。


『返事は聞いておらぬ』


 正直、愛里咲さんのことで頭がいっぱいだ。関係ない話をする余裕はない。


『愛里咲ちゃんのことなんだが』

「だったら、わかった」


 愛里咲さんの悩みにつながるかわからないが、断る理由もない。


『がっついてるのう。そんなに惚れておるのか?』

「そんなんじゃないし」

『嘘が下手じゃ。まあ、そっちは後で聞くとして』


 電話の向こうで咳払いの音がした。


『愛里咲ちゃんに変わったことはなかったか?』


(ギクッ)


『その様子じゃなにかあったんだな?』


 おじいさんは察しがいい人だ。誤魔化せない。

 しかし、VTuberの活動は報告していない。どう説明しようか迷っていたら。


『まあ、いいや。愛里咲ちゃんのことで伝えておきたいことがあってな』

「なに?」

『経営者仲間が、とある田舎町に行ったんじゃ。そこでな』


 おじいさんは深くため息を吐くと。


『彼は愛里咲ちゃんの両親に会ったんだ』

「えっ?」


 事実なら、大ニュースだ。

 これまでの話しぶりからも明らかなように、愛里咲さんは両親を求めている。

 ぜひとも、愛里咲さんと両親を再会させてあげたい。


『彼はな、両親と話したそうじゃ』

「う、うん」

『誠に言いづらいのだが……』


 おじいさんの口調は歯切れが悪くて、急に不安になる。そういえば、本題に入ってから、良いニュースを伝える態度ではなかった。


『両親、愛里咲ちゃんのことを恨んでいるようじゃ』

「なっ……」


 意味がわからない。あんなに良い娘を恨むだなんて。


『愛里咲ちゃんの父親は何年も経営不振に苦しんでおった。真面目に働いて、死にものぐるいで経営を学んでも、会社は傾く一方。次第に、自信をなくしていったようだ』


 そこまで聞いて、ピンと来た。


「それで、愛里咲さんの才能を嫉んで?」

『うむ。夜逃げのときに、愛里咲ちゃんを置いていったのも、これ以上、娘の活躍を見たくなかったから。両親に話を聞いた男は、そのように言っておった』

「なんだ、それ……」


(親がすることか)


 呆れ果てて、言葉を失う。


『それだけなら、詩音には連絡しなかったのだが……』

「まだ、なにか?」

『じつはな、娘への複雑な気持ちを聞く前に、愛里咲ちゃんの居場所を教えてしまったようなんじゃ』

「……」

『もしかしたら、親が愛里咲ちゃんに連絡してるかもしれん』

「まさか!」

『詩音、心当たりがあるのか?』


 数日前、愛里咲さんが水着を買いに行っている間に、愛里咲さん宛ての郵便が届いた。そのことを伝える。


『たぶん、その郵便じゃな』

「……そっか」


 思えば、郵便を受け取ったとき、愛里咲さんの様子が変だった。


 僕がもっと早く声をかけておけば。

 心ないコメントにも耐えられたかもしれないのに。 


『愛里咲ちゃんが両親と一緒に……詩音の家に行ったばかりに』


 おじいさんは何を言っている?


「どういうこと?」

『そのまんまじゃ。7年ほど前、ワシが愛里咲ちゃん一家を、おまえの家に連れて行ったんじゃ。おまえの親父に紹介するためにな。だから、父親が詩音の家の住所を知っていても不思議ではない』


 それで、愛里咲さんの両親は僕の家に郵便を出せたわけか。


「けど、僕には愛里咲さんと会った記憶はないよ」

『詩音、おまえ、愛里咲ちゃんと仲良く話していたのに、忘れておったのか?』

「……」

『愛里咲ちゃんは詩音のことを覚えておったというのに……ひどい孫じゃ』

「なっ⁉」


 それも初耳だ。

 僕と愛里咲さんが知り合ったのは、高校に入った今年の4月のはず。


 僕が忘れていたとしても、愛里咲さんが触れないのはおかしい。甘えモードの彼女なら、『ありさたち運命で結ばれてるのかなぁ』ぐらい言いそうだし。


『まあ、いい』


 頭が混乱していても、会話は流れていく。


『詩音よ。愛里咲ちゃんを救えるのは、おまえだけだ。男を見せるのじゃぞ』

「わかった。僕はもう逃げない」


 過去のことは後回しだ。

 今の愛里咲さんを救う。

 僕の力で。


 覚悟を決めていたら、ドアノブが回る音がした。


「おじいさん、ありがとう」


 電話を切った。

 愛里咲さんが戻ってくる。真っ赤になっていた瞳は、元どおりになっていた。


「愛里咲さん、体調はどう?」

「もう大丈夫だから、散歩でもしよ」

「……つらくなったら、おんぶするよ」

「わーい…………ううん、頼らないようにがんばる」


(不安定じゃないですか)


 きれいな海を眺めていたら、少しは落ち着くかも。

 海の家にある宿泊用の部屋を出る。

 そのとき、僕は宿の人にとある相談をした。

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