第42話 私の方が、好きです

 そういう意味を込めて、私は首をゆるゆると横に振った。けれど、ネイサン様はあきらめてくださらない。


 また、私に手を伸ばそうとされて――カーティス様にはたかれていた。


「エレノアっ!」


 私の耳に届く、ネイサン様の悲痛な声。でも、心は揺らがない。


 ぎゅっと自身の手を握り、私は彼をしっかりと見据えた。……ライラ様はおっしゃった。自分の幸せをしっかりとつかめと。自分の幸せに貪欲になれと。


 だから、私はネイサン様と決別する。迷ったりしない。彼のことは――もう、忘れる。このお方は、過去の男性なのだ。


「私は、カーティス様を好いております」


 しっかりと、はっきりと。口を動かして私はネイサン様にそう告げた。


「カーティス様は、とても照れ屋です。傲慢に見えますが、それは照れ屋なことを隠すためのものです。貴方の傲慢さとは違う」

「……っ」

「私はカーティス様と人生を生きていきたい。……永遠の愛を、誓いたいのです」


 私がはっきりと言葉を紡げば、ネイサン様は毒気が抜かれたかのように項垂れた。


 ……きっと、私にも捨てられるとは思わなかったのだろう。愛人様に捨てられ、元妻にも捨てられる。そんな屈辱、今までの彼の人生にあったことがないのだろう。


「……追い出せ」


 カーティス様が控えていた従者にそう指示を出される。従者はネイサン様のことを引きずって部屋を出て行った。……彼が抵抗することはなかった。


 それすなわち、私のことをあきらめてくれた……ということなのだろうか。そうだったらいいな、なんて。


「……ふぅ」


 ネイサン様がいなくなった後、私は息を吐く。そのままその場に崩れ落ちれば、カーティス様がすぐに私の元に駆け寄ってきてくださった。


「大丈夫か?」


 カーティス様がそう問いかけてくださる。なので、私は苦笑を浮かべながら頷いた。彼の頬は微かに赤くなっていて、また照られたのだとよく伝わってくる。……私の告白みたいな言葉が、原因なのだろうな。


「……あと、その、エレノア」

「……はい」


 改まったように声をかけられて、私は彼の目を見つめる。そうすれば、彼は私の手を握ってくださった。そのまま控えめに指を絡められると、私の顔にカーっと熱が溜まるのがわかる。……今度は、私が照れる番だったのかもしれない。


「……俺も、エレノアが好きだ」


 しっかりと、私の目を見つめてカーティス様がそうおっしゃってくださった。その瞬間――私は、突拍子もなくカーティス様の胸倉をつかんだ。それに、カーティス様が驚かれる。


「……口づけ、してください」

「は、は?」


 カーティス様の胸倉をつかんだ上に、私は彼の顔に自分の顔をぐっと近づけた。すると、カーティス様が顔を背けられてしまおうとする。でも、そんなこと許さない。


「私、カーティス様と口づけしたいです」

「い、いや、それは……その」


 どうして、今更狼狽えられるのだ。先ほど、そういう空気になったじゃないか。それとも、あのときは流れに身を任せただけなのだろうか。


「お願いします。……どうか」


 目を瞑って、カーティス様を待つ。


 一秒、二秒、三秒。それこそ、十秒ほど経った頃だった。……唇に、温かいものが触れた。


 一瞬の、触れるだけの口づけだった。だけど、何よりも心地のいい時間だった。目を開ければ、カーティス様が私の方を見つめていらっしゃる。その顔はゆでだこよりも赤くて。……口づけ一つで、相当緊張されたのだろう。


「も、も、もういいだろ!」


 カーティス様が私から逃げるように顔を背けられた。……これくらいで、勘弁出来るわけがない。


 そう思い、私は半ば無理やり彼の顔を自分の方に向けて――自ら口づけた。カーティス様の目が、大きく見開かれるのが気配でわかる。


「……好きです」


 唇を離して、彼の顔をしっかりと見て。もう、この気持ちに嘘はつかない。


 そういう意味を込めて、私は彼にはっきりと告げた。


「……そんな、の」

「カーティス様?」

「あ、あぁ、もうっ! 俺はエレノアことを愛しているんだ! エレノアが思うよりも……俺の方が、ずっとエレノアのことが好きだ!」


 やけくそのようなお言葉だった。でも、そのお言葉は私にとって何よりも嬉しいお言葉だった。


 だからこそ、私は頬を緩める。


「でも、それは認められません」

「はぁ?」

「私の方が、ずっとカーティス様のことが好きですから」

「クソッ!」


 私の言葉に、カーティス様は顔を背けられることしかされない。……どうやら、相当照れていらっしゃるようだ。


 その後、私たちはどちらともなく視線を合わせて……結局、笑い合った。


 ネイサン様との問題が解決した今、この時間がいつまでも続いてくれればいいのに――と思った。現実は、そう上手くはいかないのだと、思い知らされたのだけれど。

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