第30話 食べる量は乙女じゃない

 その後、誤魔化すように私は日替わりランチに視線を向ける。


 そこにあったのは……日替わりランチとは名ばかりの大盛ランチだった。


 サラダとパン、スープ。それからメインであろう肉料理。メニューの内容自体は普通のランチに違いない。ただし、量が多すぎる。……お皿から溢れそうなほどの量だ。


(……美味しそう)


 けれど、私はそんなことお構いなしに食事を始めた。もちろん、最初に「いただきます」と小さく言うのは忘れない。


 サラダを口に運べばそのみずみずしい触感に頬がほころぶ。かかっているドレッシングはクラルヴァイン侯爵家のものとは少し違うけれど、これはこれで美味だ。


 スープは玉ねぎのコンソメスープらしく、その温かさも丁度いい。


「エレノア、美味いか?」


 私が必死に食事をしていると、カーティス様がふとそう問いかけてこられた。


 なので、私は「はい、とっても!」と自然と言えていた。


 量は多い。でも、私からすればそこまでではない。しかも、こんなにも美味しいのだ。あっけなく食べてしまえるような気がする。


 肉料理はとても柔らかくて、ほろほろと口の中で溶けていく。どれだけ長い時間煮込まれていたのかはよくわからないけれど、かなり手のかかった料理だということだけはよく分かった。


 ふわふわのパンとの相性はとてもよくて、私は唸りながらも食べてしまった。


「……魔法みたいだな」


 カーティス様が不意にそんな言葉を呟かれる。……確かに、魔法みたいかもしれない。


「だって、美味しいのですもの」


 だから、私はにっこりと笑ってそう告げる。


 カーティス様のおっしゃった「魔法みたい」という言葉の意味は、私の食べるスピードのことだ。


 私があまりにも素早く胃袋に収めてしまうから、そう思われたということ。……まぁ、私も自分のことながら魔法みたいだと思ってしまっているわけだし。他人ならば余計にそう思うだろう。


「そんなに食べて、後で苦しくないか?」


 そう問いかけられて、私は「全然」と言いながらもパンをまた口に運ぶ。


「そもそも、食事は食べられるときにしておくべきですもの」


 それだけの言葉を告げて、私は食事を再開する。


 すると、カーティス様は何を思われたのだろうか。ふとご自身の肉料理の一切れを――私に差し出してこられた。


 これは、世にいう「あーん」とかいう奴では?


 そう思って私が硬直すれば、カーティス様は「これくらい、いいだろう」と言いながら私の唇に押し付けてこられる。


 ……お肉に罪はない。


 自分自身にそう言い聞かせて、私はぱくりと肉料理を口に入れた。


(……甘い、ような気が、する)


 私の肉料理と同じもののはずなのに、何処となく甘ったるく感じてしまう。


 それは、カーティス様に食べさせてもらったから?


 そんなことを思いながら、私はうつむきながら咀嚼する。


 カーティス様はきっとひな鳥か何かに餌をやったような感覚だ。でも、今の私にこれは――すごく、影響があった。


「……エレノア?」


 私の名前を呼ばれるカーティス様のお声は、ひどく不思議そうだった。


 だからこそ、私は心の中で「……鈍感」と呟いていた。


 私はカーティス様を意識してしまっている。ならば、こういうことになると緊張するのが乙女というもの。


 ……カーティス様は、女心に疎すぎる。


(なんて、私が乙女なわけがないわよね)


 けれど、自分自身にそう言い聞かせて私は誤魔化すように食事を再開した。


 サラダとスープ、肉料理。それからパンをきれいに平らげ、デザートのフルーツゼリーを口に運ぶ。


 冷たくて、仄かに甘くて。そのフルーツゼリーが、私の火照った心を落ち着けてくれる。……美味しい。


(意識するなっていう方が……無理よ)


 ちらりとカーティス様に視線を向ければ、彼は淡々と食事をされていた。その頬が微かに緩んでいるのは、食事が美味しいからかな。


 ……そういうところも、素敵……かも、しれない。


(私、認めざるおえないわ。……カーティス様のこと――)


 ――好き、かも。


 ネイサン様とは全然違うタイプ。傲慢な態度を取られるくせに、何処となくお優しい。


 そんな彼に、私は惹かれ始めてしまった。ぎゅっとスプーンを握って、私はカーティス様を見つめる。


 好きだと認めてしまえば、彼のすべてが美しく映ってしまう。……あぁ、バカだ。こんな叶わない恋に、身を落とすなんて。


「……ゼリーは、美味いか?」


 私がカーティス様のことをぼんやりと見つめていれば、カーティス様はそんなことを問いかけてこられた。


 なので、私はハッとして笑みを作って「とっても」という。


 この気持ちには、ふたをしなくちゃ。……どうなろうが、私と彼は結ばれない。


 契約だけで、側に居ることを許されている。そして、その契約は――いつまで続くか、わからない。


(もしかしたら、明日追い出されるかもしれない。そうなったら……私は)


 この気持ちを燻ぶらせ続けて、生きていくのだろうな。


 そう思ったら、何だろうか。どうしようもない虚しさが、胸の中を支配した。

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