拾捌

 さく四鬼しきの事務所から逃げる様に扉を抜けて階段をり、建物そのものから出た辺りでスマートフォンにメッセージが入った。


『少し気に成る事も有るのでこの後、時間を下さい』


 発信者は青山霞あおやま・かすみの名前で登録されていた。

 裂が部屋を出て直ぐにメッセージを送ろうとしないとこのタイミングで受信はしない。


 直ぐに追加のメッセージで場所と時間が指定されたので裂が予想したような3人での打ち合わせは無かったようだ。

 面倒な予感に溜息ためいきも隠さず裂は指定の場所に向かった。


 指定された場所はチェーン店の喫茶店、時間も事務所を出てから20分後だ。

 先に到着した裂がケーキセットを頼んで後から連れが来ると伝えて2人席に着いた。珈琲コーヒーめると勿体無もったいないので珈琲には先に口を付ける。


 裂も事務所から喫茶店に着くまでに10分程歩いたので霞も似た様なものだった。

 注文からケーキセットから運ばれて来るまで3分程だったので霞もカウンターで注文をして裂の正面しょうめんに座る。


「お待たせしてしまいましたね」

「何の用だ? 仕事の話はしづらいだろ?」

「ええ。聞きたいのは凄く個人的な事で先程の2人は全く関係が有りません」


 何となく霞の雰囲気ふんいき初対面しょたいめんの時に戻っている印象だ。先程までの仕事人間なかたい雰囲気は霧散むさんしている。

 つまり裂にとっては良くない事にプライベートな事でお節介せっかいを焼きたがっている時の彼女だ。


「君の行動は学校を休んでいる時から追える範囲で追っていました。随分ずいぶんと仲良くしている女子生徒が居るんですね」

謹慎きんしんしてた意味は無かったな」

「君を見付けたのは偶然ぐうぜんです。偶々たまたま私が散歩中巡回中に君を見付けて尾行びこうしました」

「最悪な偶然だ」

眼鏡めがね伊達だてなんですね」

「ブルーライトカットと印象を変える為に使っている」

「確かに眼鏡が有ると君は随分と大人しい印象になりますね」

「無いと?」

野蛮やばんですかね」

「人の評価としては最低だな」

「君にとっては悪くない評価なんじゃないですか?」

「……まあ良い。俺を見つけたのに接触するまで随分と時間を掛けたな?」


 謹慎中に見つかったと言ったが、裂が復学して数日が経っている。四鬼程に大きな行政組織なら裂を見つけて即日には捕縛ほばくする事も出来たはずだ。


「私の一存いちぞんで上司に黙っていました」

「……」

「呆れないで下さい。流石に彼女さんとの時間を潰すのは気が引けたんです」

「彼女じゃない。昔馴染むかしなじみだ」

「良いじゃないですか、彼女だと言っていれば影鬼さんとの関係を変に疑われませんよ」


「……彼女と言う事にしてお前が楽しみたいだけじゃないのか?」

「あ、バレました? 恋愛漫画とか良いですよね」

「個人の趣味に口は出さないが、正面切しょうめんきって『お前の甘酸あまずっぱい青春せいしゅん見せてくれ』って頭可笑おかしいぞ」

「何なら私の書いた小説でも渡しましょうか」


 悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべているが裂から見れば異常な性癖せいへきの変態にしか見えない。

 裂のあまりにも異常者を見る視線に悪戯が過ぎたと霞は咳払せきばらいをして紅茶で口を湿しめらせた。


「冗談です。単純に関係者か核心かくしんの無い少女を巻き込む事に抵抗を覚えただけです。小説なんて書く程の文才も有りません」

「個人投稿の小説サイトは有るんだ、才能の有無と小説を書く書かないは無関係だろ?」

「……君、意外と優しいですね」

「は?」


 意味が分からずに困惑こんわくした裂だが霞は楽し気に微笑ほほえむのをめなかった。


「聞いてみたかったのは彼女との関係です」

「あん?」

「君の協力を得るのに彼女は使えるのかなと?」

「……似合わねぇ」

「知ってますよ」


 溜息ためいきいた霞は乱暴にケーキにフォークを刺して品無ひんな咀嚼そしゃくする。紅茶でケーキを流し込んで周囲に怪しまれない程度に乱暴にカップをソーサーに置く。


「本当に似合わねぇやり方だな」

「趣味と実益じつえきねているのは事実です。小説や漫画を自作してはいないけど、君と彼女の関係を楽しみにしているのは本当です。それを実益に利用しているのも事実ですが」

「意外としたたかだな」

「まあねらってこうなったのではなく偶然ですけどね。私がコントロール出来ない部分も多いですから」

「そんなもんだろ。俺だって自分に都合良く状況を動かせるならって思う事は有ったし」


「……本当に自覚が無いんですね。普段の無関心さとのギャップが凄い」

「俺が優しいって?」

わるぶる気も無いようなので、単純に無自覚なんだな、と」

「もしくは、面倒を避ける為かもな」

「……成程なるほど。それは考えていませんでした」

処世術しょせいじゅつってヤツは人それぞれなんだろ、お姉さん?」

嫌味いやみは自覚して言えるんですね」

「このくらいだったらな」


 四鬼の中で嫌味を言えるのは絶風鬼ぜっぷうき系が多い。彼らの処世術では人の会話に適当に相槌あいづちを打ったり会話を聞き流したりする事も有るのでその一環いっかんだ。

 霞の青山家の様な激流鬼げきりゅうき系は研究にしか興味が無いので成人して警察組織に所属しょぞくするまでは嫌味や策略さくりゃくには縁遠えんどおかったのも大きい。

 だから子供のよう可愛かわいらしい嫌味にはついみを深くしてしまった。


「仕事がら、嫌味や策略にはうといですからね。今みたいな嫌味はちょっと新鮮しんせんでした」

「アンタの周囲じゃ嫌味も策略も力業ちからわざで吹き飛ばしちまうだろうしな」

「そうなんですよ。から仕掛しかけてくる人達も居たんですけどね、面倒になって力業で叩き潰してしまったそうです」

後腐あとくされなく徹底的てっていてきにやれたんなら良いんじゃないか?」

「おかげで怖がられてしょうがないですよ」


 過去、四鬼の戦闘力を軍や対テロ部隊に組み込もうとする者たちは居た。

 しかし妖魔討滅とうめつの為だけにその力を振るうと決意している四鬼には邪魔にしかならない。


 結果的に軍も対テロ部隊も手酷てひどいい反撃を受けている。それもドラマや映画にするにはドラマ性の足りないただの暴力だ。

 なさ容赦ようしゃの無い暴力によって軍人から複数の妖魔が発生したが、発生した瞬間の妖魔なら現役の鬼が瞬殺出来る。

 過剰かじょうなまでの四鬼の反撃によって軍の弱体化を嫌った当時の政府が四鬼は警察組織内で妖魔討滅のみにしか活動を許されないとさだめてやっと事態が落ち着いた。


 その時の状況、鬼の戦闘力は映像記録にも残されており四鬼の意思いしによって世界的な動画配信サイトに投稿とうこうされている。

 当時最新鋭の戦車隊の砲撃を全て正面から雷の斧が切潰きりつぶし、鬼ではない通常の魔装まそう着込きこんだ重装備じゅうそうびの4小隊を1体の鬼が包囲ほういされているにも関わらず小細工抜こざいくぬきで焼き殺した。


 鬼へのうらみ、焼かれる事の苦痛くつうへの抵抗からその場で妖魔が発生はした。しかし水圧のやいばが妖魔を細切こまぎれにし、竜巻がその肉片にくへん細分化さいぶんか欠片かけらも残さずに討滅とうめつする。


 各国が持つ魔装では到底とうていない戦果せんかに、軍と同様に四鬼を取り込もうとした対テロ部隊は即座に交渉や裏工作うらこうさくを中止した。

 また、各国のテロ組織は鬼に使用される魔動駆関まどうくかんの危険性を知る事に成り人間が制御出来る物ではないとして以後、魔動駆関を使用したテロは激減げきげんする事と成る。


 それ程までに圧倒的で無慈悲で、同時に危険をはらんだ魔装だと言う事が世界的に公表されてしまったのだ。以降いこうの国内での鬼の扱いは非常にデリケートで霞の様な黒子くろこですら警察官僚から警戒してコミュニケーションに不備ふびが出る程だ。


「あんな事件が有ればな。俺だってアンタ達には関わりたくない」

「酷い言われ様ですが、仕方の無い事ですね」

「はぁ。結局、何がアンタの本題なんだ?」

「最初から嘘は言っていません。学校を休んでいた間に同行していた少女との関係が知りたい」

「何でまた?」

「あの苗字みょうじですから。私は君の苗字を聞いて偶然だと初動しょどうあやまりましたからね」

「調べたのか?」

「まだです。彼女の名前は知っていますが、調べるには時間も人も足りないんですよ」


「人手不足は日本の常、だっけか?」

「ええ。あ、バイトとか探してません?」

「割の良いバイトしてるから良い」

「勧誘失敗ですね」

「本気じゃないだろうに」

「まあスカウトは無理ですよね。今の場所に思い入れが有るようですし」

「というか、そっちはしばりが多過おおすぎてやり方が合わねえ。多分、スカウトに応じてもおたがいに効率が悪いぞ」

「あ~、それはどうしようもないですね」


 霞にも心当たりが有るようだ。スカウトも本気じゃないのは軽い口調で分かる。

 何よりも霞は裂と影鬼の少女が離れるのは楽しみが減るので嫌なのだ。

 会話の流れでスカウトぽい事を口にしてはみたが裂の意見を聞く為の方便ほうべんでしかない。


 霞も四鬼として鬼に成る為の訓練は受けており、その結果が良くないから黒子に成っただけだ。

 自分のストレスがまると分かっていて裂と影鬼の少女が離れるような事はしない。


 趣味と実益は霞が最も重要視するものであり、実益よりも趣味が優先される。

 その為、霞は仕事として影鬼の少女の調査を進める事を意図的いとてきに遅らせている。

 裂に知らせる気は無いが、恐らく意図は伝わっただろう。


……私は君の邪魔をする気は有りませんので、楽しいラブコメを提供ていきょうして下さいね?


 おだやかで柔和にゅうわみを浮かべ善良ぜんりょうで親切な性格の霞では有るが、それなりにエゴイストだ。

 そうでなければ裂と迷宮で共闘したり今回のように司法取引で間に入ったりはしない。

 裂は今まで見えてこなかった霞のそんな部分を見て認識を改めた。


……何だ。四鬼の中に居る割に、この黒子はかなり異端鬼寄りじゃないか。


 小さく笑みを浮かべた裂に霞が困惑した。

 何かを確信したというか、意外な面白い物に気付いたといった笑みだ。


「どうしました?」

「ちょっと面白い事に気付いた。気にするな」

「ん? あ、彼女さんの事とか?」

「あん? いや、アンタの事だが?」

「は? 私の事ですか? 何てつまらない」

「アンタ、よくそれで社会人やってんな」


 一気に興味を無くしてケーキを頬張ほおばり紅茶をすすった霞に裂は呆れてしまう。

 一般的なコミュニケーション能力が有るならここは『何の事です?』とか『私の事は良いんです』とかいう場面だ。

 それが自分の話題に成った瞬間に『つまらない』と言い出した。


「最初はもっと真っ当なヤツかと思ったが、意外にも危険思想だ」

「そうですか?」


 今も20代中盤としては可愛らし過ぎる仕草しぐさで首をかしげている。

 裂の見立てでは四鬼が基準とする鬼になるメンタリティを満たしていないだけで異端鬼なら何ら問題無く鬼に成れるだろう。


「これ以上は特に面白い話は無いぜ? 何か聞きたい事なんて有るのか?」

「では彼女との馴れ初めを」

「それは無理」

「あら?」

「言わない様にって約束なんだよ」

成程なるほど。ではそうですね……いえ、やはりこれ以上は今後の楽しみにしましょう」

「良い性格してる」

「おだいは持ちましょう」

「良い。先払さきばらいだったし小銭こぜにが面倒だ」

「あら、年相応としそうおう生意気なまいきな子供ですね」

「その方がアンタには楽しみが増えて良いんじゃないか?」

「うふふ、こんな嫌味も新鮮です。では、お付き合い頂きありがとうございました」


 丁寧ていねいな言葉を向けられたが裂は取り合わずに自分のケーキセットが乗っていたぼんだけ取って返却棚に戻し喫茶店を出る。

 霞からの視線は感じないが周囲の客から奇異きいの視線は感じる。

 あまり気分の良い物ではないので裂は早々そうそうに店を出て物理的に視線を切った。

 土曜にはまた顔を合わせるのだ、今の内に霞への心理的耐性を付けておかないと面倒臭めんどうくささで仕事を放棄ほうきしたくなってしまう。


……影鬼と四鬼が繋がってなければこんな仕事、バックレてやるのに。


 馬鹿らしい疲労感は頭を振って外に追い出し帰路きろく。

 霞との話をのぞいて今日の打ち合わせ内容は全て影鬼に連絡する必要が有る。

 帰りの電車の中で必要項目を埋めるだけの報告書をアプリに記入して家に着く前に報告を終えた。


 追加の質問は来るかもしれないが今は知った事ではない。

 乱暴にスマートフォンをポケットに放り込んで壁に背を預けて街を見下ろす。


 立川駅周辺はビル街だが途中から住宅街に変わっていく。特別な事の無い日常を普通の人々がかえ喧騒けんそう街灯がいとうを流れる様に見下ろせるのが東京の電車だ。


 裂はその日常という物に思い入れや感傷かんしょうは無いが、自分の生活の為には多くの人々に日常を送って貰う必要が有る。食材を流通させ、流通の為に交通機関を作り維持いじして貰う必要が有る。

 そんな無感情な理由から裂は自分の力を誇示こじするように暴れ回りたいとは思わない。

 同時に日常を崩す様な犯罪者や先日の暴力的な先輩3人は理由が有れば排除するのに躊躇ちゅうちょはしない。


 苦労させられているステルス妖魔にしても実害じつがいが無いなら放置したいくらいだ。

 現状では仕方なく四鬼に協力しているが残りの2体を討滅すれば開放される、と信じたい。


……国家権力と取引しておいて都合良く開放されるとも思えないけどな。


 思い付く今後の状況はいくつかある。


 業炎鬼ごうえんきに取り込まれる。

 影鬼かげおにから切られる。

 影鬼へのスパイを要求される。

 司法取引を無効にされる。

 ステルス妖魔討滅中に生贄いけにえにされる。


 何の制限も無く今まで通りの生活に戻れると思っていない辺り裂は自分が犯罪者だという自覚は強い。

 だから麻琴には連絡をしないし、彼女からの連絡が有れば無視して記録も可能な範囲はんい削除さくじょする。麻琴のあんじての事ではなく、影鬼家に何をされるか分からないからだ。


……ま、異端鬼なんて犯罪者になったのが間違いだと言われたらその通りか。


 自嘲じちょう気味ぎみに小さく笑い、自宅の最寄もより駅まで街を見下ろして過ごした。

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