魔装ー悪鬼断罪ー

拾陸

　裂（さく）が影鬼（かげおに）からの指示で四鬼（しき）との司法取引に応じている頃、麻琴（まこと）も少々面倒な事に巻き込まれていた。

　先日の恐竜妖魔に裂が遭遇（そうぐう）した際の報告と状況について影鬼上層部が本格的に四鬼との共同調査の方針を固め、その為に潤（じゅん）と今後の対応を図書館で協議する事になった。

　12月中旬、受験生ならラストスパートを掛けて学生らしいイベントを後回しにする者も居るところだが、麻琴が受験勉強以外に打ち込むのは家業（かぎょう）という訳だ。

　これが実務的な相手ならまだしも潤は妙に麻琴の事を慕（した）っており、また裂との関係を誤解している事から面倒な相手でもある。

　基本的には面倒見（めんどうみ）の良い姉貴分（あねきぶん）なのだが裂と物理的に距離を置くように通達が来た今、何を勘違（かんちが）いしてお節介（せっかい）を焼いて来（く）るか分かったものではない。

　同じ頃、裂は霞（かすみ）に麻琴との関係を問（と）い質（ただ）されていたので霞と潤は妙に波長が合っている。学生時代からの友人というのも頷（うなず）けるものだろう。

「四鬼との協力はあくまでも秘密裏（ひみつり）に行われます。基本的にこの協力関係は影鬼の職員も、四鬼の担当者にも通達されません」

「それでも怪しまない程度に従順（じゅうじゅん）な人たちが選定（せんてい）されるという事なの？」

「はい。今回の事で麻琴お嬢様もお気付きになられたでしょうが、四鬼と影鬼の上層部にはパイプが有ります」

「でなければ裂と四鬼での司法取引なんて有り得ないものね」

「麻琴お嬢様の感覚で良いのですが、灰山裂は状況に気付くでしょうか？」

「気付かなくても余計な事は言わないようにするでしょうね。元々口数は少ないし変に情報が漏（も）れる可能性は低いと思うわ」

「では、状況には気付かれないと？」

「何とも言えないわね。口数が少ないのは私に対しても同じだし」

「それでよく数年も専属契約出来ましたね」

「口数も興味も少ないから続いたんでしょうね。お互（たが）いの事を知ろうとしていたら、どちらかが契約解除を提案していたと思うわよ」

「今更ながら、どんな関係だったんですか？」

　呆（あき）れ顔（がお）を隠しもしない潤だが麻琴は気にもしない。

　潤が裂との関係を勘違いしているのは察しているが訂正するのも面倒だし本題ではないので放置する事にした。

　本題は麻琴に声が掛った理由だ。

　正直に言えば麻琴に何かをするタイミングが有るようには感じられない。

「私と裂の関係は、ドラマでしか見た事無いけど仕事仲間って以上には言（い）い様（よう）が無いわね。それより、私が呼ばれたのはどうしてかしら？」

「麻琴お嬢様には事前に連絡した通り灰山裂との接触を控（ひか）えて頂（いただ）くのと、四鬼と影鬼の連携の取り方を見学して貰います」

「どういう事？」

「お嬢様は、影鬼の幹部（かんぶ）候補（こうほ）に成られました」

「……私は鬼には成れない。それでも幹部候補って事は、何か事情が有るの？」

「はい。お嬢様が喜ばれないのはこの図書館に勤（つと）める者たちならば知っていますが、私個人としては喜ばしい事だと思います」

「……素直に言ってくれるわね」

　確かに麻琴には影鬼の家で上に行こうという気は無い。

　単純に探し物に便利なので影鬼家から離れる事は考えていないが、別に妖魔の情報が追えるなら四鬼でも構わない。影鬼家に興味が無い事は隠す気も無いので影鬼関係者の中では周知の事実と言って良い。

　潤も当然知っているので麻琴にとって幹部候補に成る事は足枷（あしかせ）が増えるだけだと理解している。

　ただ、麻琴を幹部候補に挙げたのは現当主の影鬼真打（しんうち）で潤はその通達を担（にな）っているだけだ。

　麻琴も潤の立場は理解している。

「念の為に聞きたいのだけど、候補を辞退する事は出来るのかしら？」

「生憎（あいにく）と、今回の指名は現当主（げんとうしゅ）様からです。他の幹部の方たちは難色（なんしょく）を示しているようですね」

「でしょうね。私は分家で鬼にも成れない。幹部は通例（つうれい）的に鬼に成れる者に限られるし、影鬼の分家筋（ぶんけすじ）でも7割は訓練すれば鬼に成れるし」

「まあ通例というだけで幹部に成るのに鬼である事は必須（ひっす）じゃないんですけどね」

「幹部は老人が多いし通例は気にするでしょうね。と言うか、気にしてなくても反対の理由にしてくるでしょうね」

「はい。現当主からの発表に対して複数の幹部から連盟で反対が有り、複数ある理由の内の1つでした」

「時間の無駄が好きね。私は幹部に成る気なんて無いのに」

「お嬢様にその気が無くても反対する事で利用価値が有ると思えばポーズだけでも取っておく必要が有るのでしょう」

「政治ね。所詮（しょせん）は犯罪組織なのに良くやるわ」

「ふふっ」

　身（み）も蓋（ふた）も無い言葉に潤が思わず噴き出した。

　影山（かげやま）家は四鬼という制度が出来上がった頃に影鬼家に取り込まれた異端鬼（いたんき）の家系だ。影鬼家の下に入る事で得られる恩恵（おんけい）は大きいので影鬼家から抜（ぬ）け出（だ）そうという野心（やしん）は無い。それでも上に居ると有難（ありがた）い人物と懇意（こんい）にする程度の動きは取る。

　その為に麻琴が幹部に成るのは歓迎（かんげい）なのだが麻琴が幹部に成りたく無いと言うなら無理強（むりじ）いするつもりも無い。

「では、影鬼と四鬼が交渉する際には事前に連絡します。当たり前ですが情報が漏洩（ろうえい）した場合は私にも想像が付かない罰が下（くだ）されます。秘匿性（ひとくせい）を保（たも）つ為、基本的に見学はこの図書館で行います」

「タイミングが合わなければどうなるのかしら？」

「その際は内容を報告しますが文章や映像のような証拠に成る物は残せないので口頭（こうとう）になります」

「凄いわね。そこまでするなんてね」

「それだけ幹部候補の件、現当主は本気なのでしょう」

「何を考えているのかしらね。話は分かったわ。基本的に私は待っていれば良いのね？」

「はい。無理を言いますが、よろしくお願いします」

　話は終わり、麻琴も潤も真面目な表情を崩して苦笑する。

　10年以上の付き合いが有れば真面目な時と談笑（だんしょう）する時の切り替えを合わせるくらいは簡単だ。

　麻琴に姉は居ないし、潤にも妹は居ないが、今の2人は仲の良い姉妹に見えるだろう。

　だから良い関係を築（きず）けている部分も有る。本当の姉妹が居れば肉親だからこその面倒を実感して今とは別に関係に成っていたかもしれない。

「単純に疑問だったんですが、灰山裂とはどの程度の頻度で連絡を取っていたんです？」

「潤、本当に何か勘違いしていない？」

「勘違いは別に良いんですけど、純粋に灰山裂との関係は気に成りますね」

「専属鬼（せんぞくき）って以外に何が有るのよ。プライベートの話なんて周囲に怪しまれない程度に漫画とかゲームの話をした事が有るくらいよ？」

「麻琴お嬢様の口から漫画やゲームの話題が出るだけで此処（ここ）の職員は喜びそうですけどね」

「私を何だと思っているのよ」

「お嬢様？」

「間違（まちが）っちゃいないけども」

　芸能人じゃないんだからと呆（あき）れ顔（がお）の麻琴だが図書館職員の中では一種のアイドルだ。

　他の影鬼家が高圧的な中で態度は丁寧（ていねい）、影鬼家という権力に興味が無い、見た目は正統派のスレンダー美少女。

　どうしても人の負（ふ）の感情に関わる暗い職場で彼女のような存在は貴重（きちょう）だ。

　裂とは互いに無関心なのが分かり易（やす）かったので学校の様に裂に嫉妬（しっと）の視線が向けられる事も殆（ほとん）ど無い。

　しかし付き合いの長い潤にしてみれば1人の男と数年に渡って付き合いが有るだけで珍しい。小学校から現在までどんな相手とも学年が変われば疎遠（そえん）に成っていたのが嘘のようだ。

　実家が影鬼家という犯罪組織な事を子供心（こどもごころ）に理解して潤以外とは長い付き合いに成らないよう人付き合いをする等（など）、大人から見れば可哀想（かわいそう）になる賢（かしこ）さだ。

　それがやっと長く付き合える相手と巡（めぐ）り会（あ）えたとなれば姉貴分として嬉しくも思う。

「まあ、影鬼家としても灰山裂は便利な異端鬼です。今回は四鬼との取引に使われていますが、使い潰すつもりは無いでしょう」

「犯罪組織の便利な駒（こま）は磨（す）り潰（つぶ）れるまで使われるのがオチじゃない？」

「……ほ、ほら、彼はまだ若いし、使い潰される前に、彼なら何か対策、すると、思いますよ？」

「まあアイツを多少でも知ってるなら大丈夫なんて言えないわよね」

「……すみません」

　使い潰されるというのは潤も同意見だ。

　影鬼家の資料を漁（あさ）れば異端鬼が使い潰された例など簡単に見つかる。現当主が就任（しゅうにん）してからは随分（ずいぶん）と平和路線になった。それでも旧態依然（きゅうたいいぜん）とした幹部子飼（こが）いの異端鬼が使い潰される例は後を絶（た）たない。

　裂は麻琴を通して間接的に現当主の派閥（はばつ）に居るという考えも出来るが状況は変わるのだ。

　潤も麻琴の言葉に反論せずに素直に受け止めるしかない。

　安易（あんい）に慰（なぐさ）めの言葉を掛けないのは潤も麻琴の姉貴分だが犯罪組織の一員という事だろう。

　麻琴も安易な慰めの言葉を言わないから潤に安心して頼れる。

「気にしても仕方無いわよ。高校卒業したら蒲田支部に行くらしいわ」

「ああ、職員を通して1人でも稼（かせ）げる支部を紹介させたんですよ」

「高校卒業しないと仕事の斡旋（あっせん）が絞（しぼ）られるって約束、守ってくれてるのね」

「麻琴お嬢様の頼みですから。灰山裂の現在、今後の実力を見込んで最も堅実（けんじつ）な支部を紹介させました」

「苦労させちゃったわね」

「お嬢様からの依頼なんて初めてでしたからね。それに、自身の為じゃなく誰かの為なんて、この業界では異常と言っても良い依頼ですから」

「まあ、後（うし）ろ暗（ぐら）い世界だものね」

「実はお嬢様の依頼の後、職員から他人の為の改善提案や異端鬼向けの仕事が出るようになったんですよ」

「……何で？」

「まあ優しさは伝播（でんぱ）するって事じゃないでしょうか」

「犯罪組織止（や）めちゃいなさいよ」

「影鬼図書館は創設（そうせつ）以来（いらい）、隔月（かくげつ）で地域の清掃（せいそう）ボランティアに参加していますよ」

「地域ボランティアに参加する犯罪組織って何？」

「組織運営には地域に受け入れて貰う事も必要ですからね。イメージ戦略ですよ」

「身（み）も蓋（ふた）も無いわね」

　影鬼家は間違いなく法を犯（おか）す犯罪組織なのだが、どうしてもこの図書館に居ると世間一般の犯罪組織のイメージに沿（そ）わない。

　影鬼家が地域に溶（と）け込（こ）む為に設立された施設なので役割を果（は）たしていると言われれば正しい行（おこな）いだろう。その上で警察組織と犯罪組織の取引という非常にスキャンダラスな事にも関わるのだから妙にギャップが気になってしまう。

　2人でそのギャップに苦笑して秘密の会議室で席を立った。

「場所を移（うつ）しましょう。私も今日の仕事は終わりましたから、夕飯、奢（おご）りますよ」

「そうね。じゃ、お言葉に甘えましょうか」

「親御（おやご）さんは大丈夫ですか？」

「ええ。元々、今日は遅いかもしれないから夕飯は要（い）らないって言ってあるの」

「学生相手にすみません」

「今更でしょう。それに潤と仕事の話をするって言ったら頑張ってと言われたわ」

「妙（みょう）に信頼されてしまっていますね」

「会合（かいごう）の度（たび）に世話係（せわがかり）で顔を合わせていればね」

　話ながら関係者以外立ち入り禁止の扉から表の図書館に出る。

　本棚が並ぶ館内（かんない）を歩きながら館外（かんがい）を目指せば閉館（へいかん）時間を過ぎた為か同様に帰宅する職員が数名居た。

　麻琴も潤も適当に挨拶（あいさつ）していくが、やはり麻琴に対しては尊敬（そんけい）するような態度の者が多い。

　それを見て潤は誇（ほこ）らし気（げ）に小さく笑みを浮かべ、麻琴もそれに気付くが指摘はしない。

　自分を慕（した）う者が居るのは悪い事では無いが、信頼や憧（あこが）れは時に望（のぞ）まない願いを人に押し付ける。

　生業（なりわい）として様々（さまざま）な人間の負（ふ）の感情に関わる鬼だけに、負の感情が発生する状況には敏感（びんかん）だ。

「尊敬されたりして、純粋（じゅんすい）に喜（よろこ）べないのは家柄（いえがら）なのかしらね」

「職業病（しょくぎょうびょう）、と言っても良いかもしれませんね」

「少し笑ってたでしょ？」

「見られてましたか」

「人の感情には敏感なの。さて、何食べようかしらね」

「和食、中華、洋食。この辺は何でも有りますよ」

「そうね。じゃ、久々に和食かしら」

　図書館を出ながら交わされた会話だ。特に声量にも気を付けていない。

　職員の中には聞き取れた者も居たが互（たが）いに気にする事ではないと流した。

　そこを気にしない部分も含めて職業病なのだがそれは話して気にしない方（ほう）も聞き取って気にしない方（ほう）も同じだ。

「奢（おご）って貰えるなら思いっ切り食べないとね」

「その分だけカロリー消費して下さいね」

「……受験生には難しい注文ね」

「メニューを先に考えると店に入ってからがスムーズですよね」

「無理に捻（ひね）った回答は要らないわよ」

　姉貴分を困らせてやろうと言ってみたのだがカウンターを受けてしまいせめてもの抵抗をするしかない麻琴だった。