拾肆

 恐竜型のステルス妖魔が討滅とうめつされてから数ヶ月後、国連会議にてステルス妖魔に関する正式な報告書が提出されニュースになった。

 異端鬼いたんき四鬼しきが共同で活動した事には触れず、ステルス妖魔という新種の能力を持つ妖魔が確認された事についての報告だ。


 かすみ単眼たんがん巨人、般若面はんにゃづらのステルス妖魔と遭遇そうぐうした直後に日本と協力関係に有る国の警察機関とは共有済みだった。

 今回の報告は更に1歩進んだ世界的な情報共有が行われただけと言っても良い。


 しかし、ステルス妖魔の特性に世界各国は衝撃を受ける事と成る。

 何せ今までの行方不明者の原因かもしれず、いつから存在するかも不明なのだ。

 世界各国が保有する魔装まそう使いとそのサポーターの行方不明の情報を全て精査せいさし直す事に成りかねない。

 国によって精査する期間や方法は異なるだろうが莫大ばくだいな人員と時間を必要とする事は想像にかたくない。


 そんな事が連日ニュースで騒がれる中、さくは平日にも関わらず学校にも行かずに影鬼図書館やその他の影鬼系列の施設にびたっていた。

 理由は簡単で、霞以外にも10人近い四鬼関係者に素顔すがおを見られたからだ。

 制服では無かったので直ぐに高校が特定される事は無かったが広い捜査網が展開されていた。影鬼かげおに本家が四鬼を監視している内に裂がマークされた可能性が高いと判断しこんな事態におちいっている。


「何で受験生の私までこんな事に」

「知らん。御当主ごとうしゅに聞いてみたらどうだ?」

「気軽に話しかけられる相手じゃないわよ。そもそも連絡方法も無いしね」


 シンプルな私服姿の裂と麻琴は2人で影鬼家が運営する八王子のミニシアターに来ていた。

 ミニシアターの中には本屋、小規模なゲームセンター、喫茶店、ハンバーガーチェーン店など若者が時間を潰すには丁度良ちょうどよい施設が揃っている。

 建物に『シャドウ・シアター』と書いてあるからミニシアターと呼ばれているが実際には影鬼家が保有する商業用のテナントビルと言って良い。


 はたからは不機嫌な彼女と気にしない彼氏のデートにしか見えないが2人の関係を誤魔化ごまかすには丁度良い。

 裂は確かに複数人の四鬼関係者に顔を見られているが麻琴まで学校を休んでいるのには単純に裂の監視の為だ。だが麻琴に素直に伝えると拒否される可能性が高かったので影鬼真打しんうち名義めいぎで学校を休み行動を共にする指示が出されていた。

 影山潤かげやま・じゅんが麻琴と裂の関係を勘違いしてらぬお節介せっかいを焼いたという事情も有るが知っているのは潤と真打だけだ。


 2人はスペースが半個室に区切られた喫茶店に入り注文が届くのを待ちながらご時世的じせいてきな雑談を始めた。


「結局、仕事はどうなったの?」

「俺がからむと事態がこじれるからってはずされた」

「あら、懸命けんめいね」

「報酬は通常通りに支払われるから文句は無いんだけどな」

「仕事も終わってないのに?」

「世間的に詳細な情報が公開される流れを作った分が考慮こうりょされたらしい」

「へぇ。じゃあ御当主的にこの流れは歓迎なのね」

「御当主なのか対策部門の思惑なのかは知らないけどな」

「知らない方が平和かもしれないわね」

ちがいない」


 具体的な単語は使っていないので意味深な会話には聞こえるが10代後半の男女の会話として聞くと意味を把握出来る者は居ないだろう。

 コーヒーとBTLサンド、紅茶とモンブランケーキを運んで来たバイト店員も薄っすら聞こえた内容から若い男女の会話には聞こえなかった。興味は無いが大学生カップルで男のバイトの心配をする彼女なのだろうと適当に聞き流しぼんとレシートを机に置いて去る。


「半個室だと店員が近くに居るのが気に成るわね」

「声を落とすか」

「顔が近付いて変な勘繰かんぐりを受けるわよ」

「それは面倒だな」

「どうせ監視が居るでしょうしね」

「あの影山とかいうヤツか」

「潤はちょっと、世話焼きなところが有るから」

「目が泳いでるぞ。お節介って言いたいんだろ」

「言葉をにごしたんだから言い直さないの」


 釘を刺してBLTサンドを頬張ほおばる麻琴は朝食兼昼食だ。コーヒーも裂の監視という名目めいもくが有るので頭を覚醒させる為に頼んだ。

 逆に裂としては朝食は重めにラーメンを食べたので11時半の今、軽く済ませこの後に別で食べるつもりだ。


「で、いつまでこの状態が続くのかしら?」

「流石にやる事も無くなって来るな」

「私は受験勉強が有るけど裂は特に暇に成るでしょうね」

「家で動画、ゲーム、漫画になるからな」

「大学生の怠惰たいだな夏休みね」

「ニートかもしれないぜ?」

「貴方が言うと洒落しゃれに成らないわね」


 高校2年の2学期後半、そろそろ期末試験や進路希望提出の時期なのだが裂は全部適当に済ませている。

 追試や面談が面倒なので平均点程度でそれっぽい進路も提出しているが雑談する事が多い麻琴は全部嘘だと知っている。


 そもそも影鬼として活動している裂に通常の進学や就職活動は必要無い。

 影鬼の活動を続ける為にも就職は邪魔に成るし大学は好きにすれば良いが、麻琴の専属が解かれた現在では同じ大学を目指す理由も無い。


「蒲田支部が人手不足らしいからそっちに行くかな。国際線が今後も増加するとかで元々の人手不足と仕事量が数が見合みあわなくなってるらしい」

「意外とちゃんとした理由ね」

「いや、図書館の職員から提案された」

「主体性。自分の希望」

「有ると思うか?」

「無いでしょうね。で、仕事を続ける目的には繋がっているの?」

「ああ。情報収集には丁度良い環境らしい」

「職員が誰か知らないけど貴方の事情は知っているのね」

「話した覚えは無いんだけどな」

「まあ本家の情報収集能力なら知られてても不思議じゃないものね」


 あと数ヶ月で卒業する麻琴と違い裂はもう1年、高校に通う事になる。

 別に退学しても良いと本人は思っているが以前に麻琴と約束して高校だけは卒業する事にしている。麻琴の根回しで影鬼の仕事も高校を卒業していれば通常より受けやすく成るよう影鬼家が約束している。

 蒲田の情報が裂に入ったのも影鬼家がその約束を守った結果だろう。


 裂はそんな背景は知らない。

 それでも麻琴が何かお節介を焼いた結果が職員からの提案なのだろうと予想はしているが詳しく聞くつもりは無い。

 麻琴だって職員がどのように裂に仕事のアプローチをするかまでは知らされていない可能性が有り聞かれても答えられないだろう。


「何にしても私が卒業したら疎遠そえんに成るでしょうね」

「この数週間が異常に絡みが多かっただけで元々そんなに付き合いも無かったろ」

「先輩男子3人に絡まれたのにそれを言う?」

「……成程なるほど


 裂は思っていた以上に麻琴と校内で絡んでいたのだろう。でなければ麻琴の事で校内で先輩男子3人に囲まれる等という事件にはわないはずだ。

 麻琴以外にもクラスメイトで話す相手は居るが、麻琴以上に話す相手が居ないのも事実だ。


「麻琴が卒業したら静かな学校生活に成りそうだ」

「そうね。と言っても体育祭も文化祭も適当に流してたからイベントはかわえしないかもね」

「日常的に話す相手が減る程度か?」

「大人の話じゃそれが大事らしいけどね」

「俺たちがそれを実感するのは何年後だろうな」

「……その頃には貴方は余計に人間味にんげんみが薄く成っていそうね」

「それが必要な仕事だからな」

「いやいや。もしかしたらチャラ男になっているかもしれないわよ?」

「……想像出来ねえな」

「その顔でチャラ男だと笑えて来るわ」

「自分で言っておきながら」


 裂は呆れながらモンブランケーキの最後の1欠片かけらを食べ紅茶で口の中を整えた。

 かなり遅く食べていたので麻琴がBLTサンドを食べ終わるのもその直後だった。裂とはことなりコーヒーは食後のつもりだったようで半分以上残している。


絶風鬼ぜっぷうき系譜けいふだと確かメンタルトレーニングはチャラ男っぽいんだったな」

「ええ。覆面警官でキャバクラ街に居る四鬼は大体絶風鬼系だ、なんてネットでは言われてるわね」

業炎鬼ごうえんき系が居たら浮きそうだな」

「客引きやキャバ嬢とは話が合わなさそうよね」


 やがて麻琴もコーヒーをしいよいよ喫茶店では雑談以外にする事が無くなった。


「このまま居座いすわるのも変ね」

「ゲーセンって気分じゃないな。1時半くらいにガッツリ喰いたいが」

「私は軽めにしたいし1時半くらいにファミレスに行くとして、それまでどうしましょうかね」


 時刻は12時を回った頃、周囲の喧騒けんそうから昼食時間で客が多くなってきた事が分かる。

 人の多い場所で具体的な単語を抜いた会話を続けて怪しまれたくない2人は会計を済ませて店を出た。


 シャドウ・シアターは東京のビル街に建っているので面積としては広くない。各階は1つの喫茶チェーン店、ハンバーガーチェーン店が入れば埋まる程度の広さだ。

 だからこそビル内を散策さんさくするなどといった大型ショッピングモールのような時間潰しは出来ない。


 2人は多少の警戒心を持ちながらシャドウ・シアターを出て八王子の街に出た。

 駅前は大学や高校が多い事も有って学生街らしく娯楽施設にあふれている。

 特に目的地も無く麻琴が視線を示したのに合わせて2人で散歩を始める。


「西八王子方面には行きたくないわね」

流石さすがに電車移動レベルで歩く気は無いが、俺も気分的に避けたいな」

「かと言って『ここ行きたい』ってのも無いのよね」

「屋内サバゲ、ボーリング、ダーツ、カラオケと娯楽は多いが、軽く食った後だとな」

「そうなのよね。私なんてサンドウィッチ食べた後だし」


 仲睦なかむつまじい男女というにはポツポツとしか話さない2人だが特に目立つ程でもない。

 経験的に私服の四鬼と一般人は何となく見分けは付くが、先程の話題に上がった絶風鬼系の軽い性格の四鬼は一般人と見分けが付けづらい。念の為に周囲を警戒はしている2人だが警戒心を出し過ぎると逆に怪しまれてしまう。


 適当に駅前から少し離れ娯楽街と住宅街の境目さかいめ程度まで歩いた辺りで2人は適当なファミレスに入った。

 12時半の平日なのでサラリーマンや主婦が多いようだ。

 平日なので学生や子連こづれは見られず、しかし人は多いので話題は選ばないといけない。


「そういや進路的に稼業かぎょうぐつもりなのか?」

「ええ。それに事務所でバイトもする予定だしね」

余念よねんが無いな」

「それだけ本気なのよ。まぁ私の探し物と稼業は切っても切り離せないし、目的の為の最短ルートってヤツよ」

「目的意識の高い事で」

「貴方だって似た様なものでしょ。高校卒業してここから離れるのも目的の為なんでしょ?」

「そうだな。俺たちが組んだのも互いの目的に丁度良いってそっちの御当主が思ったからだったしな」

「よく調べてくるものよね。おかげで将来のビジョンを付け易く成ったのは事実だけど」

「仕事のご褒美ってヤツじゃないのか? ビジネス書とかには仕事に見合った対価を払えば人は付いてくるって書かれてるんだろ?」

「ああ、そんな理由も有りそうね」


 注文の済んでいる客は多いが、その分だけ店員は配膳はいぜんに走り回っている。2人は呼び出しのベルは鳴らしているが店員が対応するには多少掛かりそうだ。

 その後も適当な会話を続け、学生らしく漫画や映画の話に脱線だっせんして周囲から変に勘繰かんぐられない若者らしい話題をぜつつ、しかしどうしても妖魔関連の話題が多くなる2人だった。

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