魔装ー悪鬼断罪ー

漆

　前回と異（こと）なり裂（さく）が取（と）り込（こ）まれた異界（いかい）は純和風だった。不均一（ふきんいつ）な石畳（いしだたみ）に千本鳥居（せんぼんどりい）のように何本もの鳥居（とりい）が連（つら）なった通路は奥を見れば途中で枝分（えだわ）かれしている。

……前回は1本道だったが、今回は多少時間が掛かりそうだ。

　面倒な事が確定して溜息（ためいき）を吐（は）いた裂の背後で同時に溜息が聞こえた。

　何事（なにごと）かと裂が振（ふ）り返（かえ）れば自分と似た表情をした霞（かすみ）が肩を落としている。

　特に構（かま）う理由が無い裂は彼女を放置し先へ進む事にした。

　前回は鬼（おに）だと知られていなかった為に積極的に前に出てもらう事が出来たが今回は違う。

　この環境では確実に前に進む為にも積極的に裂の後衛に回るだろう。本来、鬼と黒子は前衛と後衛なのだから。

「邪魔にはなりませんから置いて行かないで貰えますか？」

「……はぁ」

　溜息を吐いて裂が注視すると目を細（ほそ）めた霞が居た。腕を組み右手には札を3枚下げるように持っている。組んだ腕がその豊満（ほうまん）な胸を押（お）し上（あ）げているが自覚は無いようだ。

「何の用だ？」

「ここを私1人で突破（とっぱ）する力は有りません。ここを出るまでで構わないので協力して貰えないでしょうか？」

「……ここを出たら？」

「まずは相談の場を設（もう）け」

「断る」

「仕方ありません。それは出てから決めましょう」

「協力要請には賛成する。黒子（くろこ）のサポートが有れば多少は楽に戦える」

「交渉成立ですね」

　年不相応（としふそうおう）に朗（ほが）らかな笑みを浮かべる霞に胸中（きょうちゅう）で溜息（ためいき）を吐（は）き裂は前を向いた。

「俺が前衛、そっちが後衛。雑魚に魔装（まそう）は使ってられない。ボス相手に足手纏（あしでまと）いは連れていけない。これで良いな？」

「分かりました。前衛、よろしくお願いしますね？」

　前回の仕返（しかえ）しか笑（え）みを隠さない霞に再度溜息を吐いた裂が歩き出す。

　鳥居で出来た通路、鳥居と鳥居の隙間（すきま）がどうなっているのかと手を伸ばしてみれば硬い不透明な壁があった。手を伸（の）ばせばコンクリートのような硬く冷たい手触（てざわり）りだ。

　その感触に突破は不可能だと判断した裂は気を取り直して通路を進む。

　鳥居の中には燭台（しょくだい）を持つ物も有り太めの蝋燭（ろうそく）に火が灯（とも）っている。その明かりを頼（たよ）りに先を見ながら通路を進むが、前回のように小型の妖魔が徘徊（はいかい）している。

「先制攻撃頼む」

「分かりました。寄（よ）せる為のジャブ程度ですよ？」

「それで良い」

　霞が起動の速さを活（い）かし、その為に打撃力の低い札を起動させる。

　左手を銃の形にして起動した札は直線で飛び、鬼火のような炎だけの小型妖魔に着弾した。

　2人の存在に気付いた妖魔が鬼のような口を開き何かを叫びながら前衛の裂へ突撃してくる。

　右拳を腰へ溜（た）めた裂は左拳で鬼火の突撃を身体（からだ）の左側へ逸（そ）らし、隙だらけの鬼火へ右拳による正拳（せいけん）突（づ）きを中心へ叩き込む。

　たった一撃で形を保（たも）てなくなった鬼火は霧散（むさん）し消滅する。

　その様子を眺（なが）めていた霞が目を座（すわ）らせながら裂を賞賛（しょうさん）した。

「流石、新種の妖魔を倒す程の鬼ですね。小型妖魔を生身で瞬殺ですか。これなら今も前も後衛なんて必要なさそうですね？」

「……先を急ぐ」

「え、ちょっ、待ってください！」

　あまり霞に口を開くタイミングを与えてはならないと学習した裂は先を急ぐ事で霞の口を塞ぐ事にした。

　新たに進路を塞いだ落（お）ち武者（むしゃ）のような槍を持った妖魔2体。1体目が槍を振るう前に踏み込み顎（あご）を左拳で打ち上げる。抵抗出来ない妖魔の腹へ向け正拳突きでダメージを与え、首を掴（つか）んで2体目へ投げつける。

　抵抗しようと構えていた槍に1体目が突き刺さって2体の動きが止まる。

　一気に詰（つ）め寄（よ）って跳（と）んだ裂は思い切り身体を捻（ひね）り右足による後ろ回し蹴りで1体目の首を粉砕（ふんさい）した。着地と同時に2体目の右側に回り込み、掌打（しょうだ）を腹へ叩（たた）き込（こ）む。

　1体目が黒い霧（きり）のように消滅していき視界を塞（ふさ）ぐのを利用して更に強く踏（ふ）み込（こ）み、右拳で2体目の顔面を粉砕（ふんさい）する。

　障害（しょうがい）が無くなった事で残心（ざんしん）を崩（くず）さないまま身体の力を抜くように息を吐く。

「……ふぅ」

「凄く様（さま）になってますね。灰山（はいやま）家の格闘術ですか？」

「灰山の道場は俺の爺さんの代で畳（たた）んでいる」

「ならその拳法（けんぽう）は？」

「我流（がりゅう）」

「……その割に灰塵鬼（かいじんき）の特性に合った拳法に見えましたよ？」

「必要だから身（み）に着（つ）けた」

「そ、そうですか」

　冷たい言い方だが、だからこそ霞はそれが真実だと確信し閉口（へいこう）してしまった。

　霞から見た灰塵鬼の少年の印象は1つ。

　優先順位が明確な少年だ。

　迷いが無く必要な事に必要に応（おう）じて対処する。その為に必要な技術だけを選定（せんてい）し他は切り捨てている。

　今も自分との対話は必要最低限であり雑談や友好的な会話は無い。分（わ）かれ道（みち）でも言葉での相談は行わず手で進む先を示し、霞が否定して初めて対話に応（おう）じる事しかしない。

「君、友達少ないでしょ？」

「……今必要か、その話題？」

「人とはちゃんと話すべきですよ。いざという時に助けてもらえませんから」

「それは求めてない」

「貴方が異端鬼（いたんき）なら、何としても叶（かな）えたい願いが有るのではないのですか？」

「助けて貰いながら叶えたい願いが無い」

「1人じゃ叶えられない事の方が多いですよ」

「1人で叶える意味が有る願いならある」

「だからって」

「敵だ。札を構えろ」

「……分かりました」

　鬼の顔を模（も）した炎が3体浮いて徘徊してる。

　裂が眼前（がんぜん）で1度左手を握（にぎ）り込（こ）み構える。

　その背後で霞は右手で札を3枚指に挟（はさ）む。

「引きつけます」

「任せる」

　振るわれた札が流水を思わせる青白い光の尾（お）を引き鬼火へ曲線を描く。

　3体の内の1体に1枚が、2体目に2枚が着弾する。

　3体目だけは無傷だが裂が気にする様子は無い。

　着弾のタイミングに合わせて大きく踏み込み2枚が着弾した個体を右拳で打ち上げる。振り抜いた勢いを殺さずに身体を回し左拳で1体目へ裏拳（うらけん）を放つ。

　無傷のまま2体を消滅させた裂は無傷の3体目へ視線を向けないまま大きく霞の方へ後退した。

　同時に裂が直前まで立っていた場所を小さな火球が通り抜け鳥居に着弾する。不思議な事に着弾した火球は燃え広がる事も消える事も無く残り続けた。

　舌打（したう）ちした裂は鬼火と霞と自分が直線にならないよう位置に注意を払いながら鬼火との距離を詰める。火球を連射できない鬼火に対し裂は火球の回避直後には大きく、それ以外では小刻（こきざ）みに前進し鬼火へ肉薄（にくはく）する。

　拳が届く距離まで近付く必要は無い。

　裂は鬼火まで3メートルの距離で前進を止め、大きく右拳を振り抜いた。

　拳の鉱物（こうぶつ）が薄緑（うすみどり）の光を放ち鋭く尖った光の槍が鬼火に突き刺さる。その槍は刀身を破裂させ鬼火を内側から破壊した。

「鬼が生身で放つ妖気による技、鬼技（きぎ）ですか」

「四鬼（しき）じゃそう言うんだったな」

「鬼としての力の種類の問題でしょうね。四鬼は体術に秀（ひい）でた者が多いですから」

「影鬼は違うと知っているみたいだな」

「ええ。鬼の情報収集、好きなんですよ」

……喋（しゃべ）り好（ず）きな奴だ。

　影鬼（かげおに）の事情を調べるつもりなのか霞の口数（くちかず）は多い。

　付き合い切れないとばかりに溜息を隠さず裂は先を急いだ。

「それにしても、こんなに妖魔が溢（あふ）れる空間があっただなんて」

「……」

「これが人間界だったら完全にパニックですね」

　確かに現実世界では小型でも大型でも妖魔が1ヵ所に固まる事は無い。基本的に大型であれば1体、小型な物でも3体程度だ。

　しかし前回のステルス妖魔事件の際にも同様だったが閉鎖（へいさ）されているこの空間は妖魔で溢（あふ）れ返（かえ）っている。

　鬼（おに）や黒子（くろこ）のように妖魔に慣（な）れ親（した）しんだ者たちならば最低限の冷静さは保（たも）てるだろう。

　裂のように平常心で対応できる者はかなり限られるはずだ。

……俺だって完璧に平常心とはいかないけど、この巨乳黒子も肝（きも）が据（す）わってるな。

　裂としても霞の適応能力は評価している。

　普通の黒子は数人掛（すうにんがか）りで小型妖魔に当たり鬼が現着（げんちゃく）するまでの時間稼ぎに徹（てっ）する。しかし彼女は前回、独力（どくりょく）で10体近い小型妖魔を討伐（とうばつ）している。更に現在も鬼である裂が同行しているとは言えパニックを起こす様子も無い。

　意外に優秀な人材を発見した事に口角（こうかく）を吊（つ）り上（あ）げた裂は霞に見られないように気を付けながら前に前に進む。

　妖魔が見つからない。

　裂は不審に思いながらも歩（ほ）を緩（ゆる）めないが、不意に足を止めた。

「どうしたんです？」

　霞から見ても通路に不審な点は無い。

　今まで通りに鳥居が続く通路だが、裂が足を止めた事で彼女も警戒心を強くした。

「表（おもて）で感じた気配だ」

「え？」

「あの般若面（はんにゃづら）に長い黒髪の妖魔だ」

「……妖魔の姿が見えたんですか？」

「は？」

「私には妖魔の姿は見えませんでした」

「……何か条件が揃（そろ）わないと見えないのか」

「そうみたいですね。それで、この先に居るんですか？」

「恐らく」

「なら、私はここで待っていますね。通路が先に続いていれば合流する。どうです？」

「それで良い」

　軽く息を吐いた裂がグローブの感触を確（たし）かめ直（なお）し何も変化の無い鳥居の道に踏み出していく。

「気を付けてね。子供に戦わせる私が言えた立場では無いですが」

　それでも子供を本気で心配する善良（ぜんりょう）さは好（この）ましかったので裂は何も言わずに先に進んだ。

　一歩進む度（たび）に感じる気配が濃密（のうみつ）になっていく。

　獣（けもの）の吐息（といき）を直接受けているような不快感（ふかいかん）に鳥肌（とりはだ）が立つが裂の歩（あゆみ）は止まらない。

　恐怖心が無い訳ではない。

　それでも彼は恐怖で足を止められる程、一般的な精神は持ち合わせていなかった。

　いくらか歩いてみれば一際（ひときわ）大きな鳥居が有り、そこが境界だと分かる。

　奥は崩れた鳥居で出来た円形の行（い）き止（ど）まりだ。前回の妖魔と同じく袋小路（ふくろこうじ）にして闘技場（とうぎじょう）なのだろう。

　裂は身体の緊張を解（ほぐ）すように首と肩を大きく回して関節を鳴らし、拳を打ち付け魔装（まそう）を呼び出した。

　周囲を警戒しながらゆっくりと闘技場の中心に向けて歩を進め、背後の大鳥居が崩れて退路が塞がれていくのを見た。

　その瞬間に裂（さく）改め、灰塵鬼（かいじんき）は横に大きく飛（と）び退（の）く。

　それは本能的な危機感から来る行動で何かを察知した訳では無い。

　それでもその本能的な行動は彼の命を救った。

　闘技場の中央、灰塵鬼が立っていた場所に上空から真っ黒な影が破砕音（はさいおん）を伴（ともな）って着地する。真っ黒な着物に艶（つや）の有る長く乱れた黒髪を振り回し、1メートルを超える10本の爪を突き立て床を破壊した。

「灰山君の言う通り、本当に居たのね」

　背後、瓦礫（がれき）の奥から聞こえた声に『結局来たのか』と溜息（ためいき）を吐（つ）いた灰塵鬼は正面に右半身を晒（さら）した真っ黒な妖魔を見据（みす）え拳を構えた。

　踏み込む。

　爪を床に突き立て動きの鈍い今が好機とした灰塵鬼は妖魔の肘を逆方向へ折（お）るように右拳を振るう。

　身構えていた妖魔が肘を器用に曲げて迎撃した事で大したダメージにはならなかったが、右の爪は更に床へ食い込み妖魔の動きを阻害（そがい）する。

　それを利用して左拳によるフックで曲げられた右肘を側面から殴打（おうだ）、更に右（みぎ）肘刃（ちゅうじん）による斬撃を放つが強引に爪を引き抜いた妖魔の前腕を薄く切るに留（とど）まった。

　人外（じんがい）の巨体と正面から殴り合う訳にはいかない灰塵鬼は後退し妖魔と相対（あいたい）した。

「っ」

　短い呼気（こき）を吐き出して突撃した灰塵鬼に妖魔の爪が迫（せま）る。

　左肩を唸（ねじ）らせ袈裟切（けさぎ）りに振るわれる爪を右側に身体を沈ませる事で躱（かわ）し灰燼鬼は前に出る。そのまま懐（ふところ）に踏み込み右ブローで左脇を打つ。

　体格差から来る妖魔の頑強（がんきょう）さがそのダメージを無視させた。灰塵鬼の攻撃など無かったかのように右腕の肘を大きく曲げて自分の懐へ爪を振り下ろす。

　灰燼鬼もバックステップで躱して直ぐに前に出る。妖魔の右肘を左拳で打撃しながら更に踏み込んだ。敵の左脇（わき）を抜（ぬ）けるように通り左脇へジャブを飛ばしながら背後を目指す。

　妖魔とて簡単に回り込ませるような事はしない。左腕を背後へ向けて薙ぎ払うように振り死角（しかく）を潰（つぶ）そうと立（た）ち回（まわ）る。

……踏み込み過ぎて、間合いを詰め過ぎた。

　既に躱せる位置ではない。

　妖魔は五指を開いて広範囲を払えるように腕を振っている。

　灰塵鬼は左腕を盾にし爪を出来る限り根元（ねもと）で受けるよう踏み出していた脚を抑え込む。指の根本に可能な限り近い位置で左肘刃（ちゅうじん）を妖魔の爪に当て腕力に乗るように小さく右側へ跳（は）ねる。

　ダメージが無い訳ではないが、それでも無理に受け止めるよりはずっと良い。

　灰塵鬼は鎧ごと妖魔の腕力で吹（ふ）き飛（と）ばされ距離を取らされた。

　妖魔の膂力（りょりょく）に押（お）し退（の）けられて床を滑（すべ）り止まった灰塵鬼は改めて妖魔と相対した。

……正面から向き合うとよく分かる。

　般若面（はんにゃづら）の左右の眉（まゆ）より少し高い位置から赤い角がそれぞれ生えている。

　黒い着物の下には白と赤の着物も見えており複数の着物を重ねている事が分かる。手首まで隠れた腕は皺（しわ）と垢（あか）に覆（おお）われ長い爪は黄（き）ばんでまともに手入れがされていない。

……お歯黒（はぐろ）か。それなりに身分は高いか？

　観察はそこまでだった。

　灰塵鬼は般若面の背景（はいけい）に一切興味を抱（いだ）かず踏（ふ）み込（こ）んだ。

　彼我（ひが）の距離は7メートル程度。

　凡（おおよ）そ5メートルの体格に1メートルの爪を持つ妖魔の方が圧倒的に間合いが広い。

　灰塵鬼が間合いを詰（つ）め切（き）る前に般若面が横薙ぎに左爪を振るい牽制（けんせい）する。

　般若面の一撃をまともに受け止める事は出来ない灰塵鬼は横薙ぎの一撃を後退して避（よ）けるしかない。眼前を爪が通り過ぎた瞬間に再度踏み込み般若面の爪の内側を目指す。

　拳を武器とする身軽な灰塵鬼は次いで放（はな）たれた袈裟切（けさぎ）りの右爪を左に沈みながら躱（かわ）し、懐に辿（たど）り着（つ）いた。

　右爪を振り下ろし下がった顎（あご）を左拳で打ち上げ、顔を打ち上げられて無防備（むぼうび）に成った腹部へ右拳を突き刺す。捻（ひね）りを加えた左フックを脇腹へ放ち右肘刃で逆の腹を切り裂きながら押（お）し退（の）ける。

　距離が出来たが、今ならば般若面は無防備だ。

「掻（か）っ捌（さば）く」

　右拳を腰溜（こしだ）めに構え前に伸ばした左手を緩（ゆる）く開いて般若面との距離を測（はか）る目安（めやす）にする。

　肘関節に仕込まれた緑色の球体がスラスターとして推力（すいりょく）を発（はっ）し、同時に右肘刃が灰を積（つ）むように伸びていく。

　強く踏み込みながら推力に乗った灰塵鬼の身体が般若面の懐に飛び込んだ瞬間、跳（は）ねる。

「ぜぃああぁっ！！」

　般若面の顎を目がけて振るわれた拳は空振りだ。

　しかし伸びた右肘刃が拳の軌跡（きせき）を追い般若面の胴を顔面に向けて裂（さ）く。

　スラスターの推力に逆らわず跳躍（ちょうやく）した灰塵鬼の刃（やいば）は深く般若面の肉に食（く）い込（こ）み下から首まで届く。

　拳を打ち上げた勢いを殺さずに腰の回転に繋（つな）ぎ左後ろ回し蹴りの姿勢を取った。推力を落とさない右肘のスラスターの角度を横向きに調整し左脚に力を込める。

　縦から横に向いたスラスターの推力を上乗せした回し蹴り、その踵（かかと）に灰が集（つど）う。

　身体（からだ）を捻（ひね）りながら一瞬で積（つ）もる灰燼が刃（やいば）となって鈍（にぶ）く光る。

　刃は抵抗無く般若面の首に突き立った。

　肘刃（ちゅうじん）で下から首まで届く斬撃に真横からの斬撃で般若面の首は完全に刎（は）ね飛（と）ばされる。

　長い髪が尾（お）を引き宙（ちゅう）を舞い硬い床に落ちた瞬間に肉が打ち付けられる嫌な着地音を響かせる中、灰塵鬼は脚刃（きゃくじん）を一瞬で崩壊させて着地した。

　その着地を境（さかい）に周辺の鳥居で作られた風景が少しずつ薄くなる。

「迷宮の主（あるじ）を倒したんですね。前はこれで現実に帰還（きかん）できましたが」

「今回も同じとは限らない」

「物事は慎重に、ですか」

「……慎重に成り過ぎた」

　周囲の風景が完全に元の廃工場入口付近に戻った時、灰塵鬼の魔装（まそう）を解いた裂が呟（つぶや）いた。

　そこにはどこか残念そうな溜息が混（ま）じっており裂にとっては物足りなさの残る妖魔だった事が窺（うかが）える。

「さて、灰山君」

「じゃ、お勤（つと）め頑張ってくれ」

　霞が何かを言う前に裂は言葉を被せ早々に門へ走り2メートルの高さの壁、その横を目指す。

　地面を強く蹴ってコンクリートの壁から突き出したポストへ跳（と）び上（あ）がり、ポストを足場にして更に高く跳躍して門を飛び越え外に着地。そのまま霞が門に手を掛ける間（ま）も無く走り去る。

「ちょっ、次こそは話を聞かせて貰（もら）いますからね！！」

　背後で叫ぶ霞を無視して裂は廃工場から目視（もくし）されないように細い路地（ろじ）を曲がって帰路（きろ）に着（つ）いた。

▽▽▽

　6月2日、18:10の表示を見て裂は首を傾（かし）げる。

　般若面（はんにゃづら）を討伐（とうばつ）した異界（いかい）には体感で2時間以上は居たはずだ。

　西八王子に着いたのが16:32、廃工場まで30分程度、廃工場内で30分程度。この時点で17時半程度の為、裂の感覚では現在は19時半～20時程度のはずだがそれにしては空が明るく時間を確認し、再度首を傾げる。

　何が起きているかは分からないがまずは麻琴に電話をする為、慣れ親しんだ操作で麻琴の連絡先を呼び出した。

『こちら伏魔殿（ふくまでん）。さて、言い訳くらいは聞きましょうか？』

「言い訳」

『冗談が過ぎると妖魔の巣に放り込むわよ』

　思いの外（ほか）、麻琴の声が低く裂は早々（そうそう）に茶番（ちゃばん）を諦（あきら）め話を先に進める事にする。

「いや、報告ではなく言い訳？」

『また黒子と一緒だったでしょう。何をしていたのかしら？』

「また一緒にステルス妖魔に巻き込まれた」

『凄い確率ねぇ？』

「あの巨乳黒子が呪われてんじゃねえか？」

『アンタと同行してる時だけね』

「え、何、嫉妬（しっと）？」

『確かに、私の鬼を勝手に盾（たて）代（が）わりにされるのは業腹（ごうはら）だわ』

「……取（と）り敢（あ）えず報告させて欲しいんだが」

　もう茶番を挟（はさ）む気も起きず裂は素直に報告しようとしたが、何かの度（たび）に茶々（ちゃちゃ）を入れる麻琴に苦労させられるのだった。