東京は日本の首都、経済の中心である為に多くの人が集まる。

 人が集まるという事は様々な思惑に合わせ様々な施設が生まれていく。

 つまり人目に触れず、しかし人が来ても怪しまれない環境を必要とする人間が居て、それに合わせた施設が出来る。


 私立図書館『影鬼かげおに・ライブラリー』


 表向きは金持ち一族である影鬼家が道楽どうらくねて開いた図書館である。数代も続ける必要は無かったのだが福利施設という事で国からの補助金が出る為、歴代の当主は補助金目当てで残し続けている。


 そんな表向きの理由とは別に影鬼家はある非合法事業の為にこの図書館を残し続けている。

 それは国家に属さないフリーの鬼の派遣業だ。


 過去からその存在を確認され、そして物理的な討伐とうばつが難しい存在、妖魔。

 それを狩る為に人が知恵を絞り生み出したモノ、人の身で有りながら妖魔を討滅とうめつする魔の力を行使する装備をまとう者を日本では鬼と呼ぶ。

 現在の日本では鬼は警察機構のみが運用を許された存在であり5世紀も前に他の派閥はばつ排斥はいせきした四鬼しきと呼ばれる代表的な四家よんけ門下生もんかせいのみが日本の鬼である。


 影鬼が派遣する鬼はその四鬼から外れた日陰者たちだ。

 歴史の陰に埋もれたその鬼たちを私利私欲で運用する、そんな反社会的な存在が影鬼という古い鬼の家だった。


 そんな影鬼家の1人、影鬼麻琴かげおに・まことはショートヘアをかき上げながら憂鬱ゆううつ面持おももちで図書館の個室でタブレットから正面へ視線を移した。


 灰塵の鬼、灰山裂はいやま・さく

 鬼になれない麻琴に影鬼本家が与えた1つ年下の鬼の少年だ。同じ高校に通う彼だが基本的にいつも眠そうで今は机にして寝息を立てている。

 光の加減によっては灰色にも見える薄っすらと色素の薄い髪がその落ち着いた顔立ちに妙に似合う。


「裂、起きなさい」


 そろそろ影鬼当主が図書館に来る時間だった。不本意だが今日はどうしても裂を影鬼家に会わせなければならない。寝かせておく訳にはいかなかった。

 数回揺すると裂はゆっくりと目を開き麻琴に目を合わせた。


「おはよう、先輩」

「ええ。そろそろ叔父たちが来るわ」


 麻琴の言葉に腕時計を見た裂は数泊困ったようにまゆせ、悪戯いたずらっぽく口を開いた。


「……元気の出るおまじないは?」

「ぶん殴ってあげましょうか?」

「すみません」


 麻琴の即答に謝罪で対応した裂は身体を起こしグッと伸びをした。

 そのまま立ち上がると椅子いすけていた鞄を取り上げ麻琴に目配めくばせし2人で個室を出た。


「今日は一体どんな用だ?」

「分家の私に専属で鬼を付けているのが気に食わない親族が居るのよ。同じ分家としてイチャモンつけて自分の子供にも専属の鬼を付けたいみたい」

「馬鹿らしい」

「私だってそう思うわよ。ま、私に言っても何の意味も無いんだけどね」

「ならどうして?」

「当主を呼んでいるみたいよ。私をつるげながら直談判じかだんぱんしたいんでしょうね」

「暇人だな」

「愚痴を言いたい気持ちも分かるけどね。貴方は何もしなくて平気よ」


 それを聞いて安心した裂は麻琴の数歩後ろに下がった。

 待ち合わせ場所の図書館のエントランスホールへ着くと麻琴は空いているソファに座り裂はその背後に執事のように直立で待ち合わせ相手を待つ。


 何でもない雑談にきょうじている事数分、木製デザインの自動ドアが開いて麻琴は見知った顔を見つけ席を立った。影鬼家特有の整った顔立ちをしたスーツ姿の初老の叔父と、素直で利発りはつそうな中学生の少年だ。

 面倒ではあるが礼儀として麻琴は2人を図書館内の簡易会議室へ案内する。

 裂を紹介する事で面倒な話に流れるのは避けたい。どうせ専属鬼えんぞくきだというのは知られているのだ。向こうも麻琴の思惑は理解しているのか裂について言及げんきゅうしてくるような事は無かった。


 会議室に入り2人を好きな席に座るようにうながすと麻琴は扉に最寄もよりの席に腰を下ろした。

 定型的な挨拶と近況報告を交わす事数分、扉がノックされ反応を待たずに開かれた。


 喪服もふくのような黒いスーツのSPらしき男たちに守られた厳格げんかくそうな老人、その視線が合った瞬間に叔父が緊張したのが麻琴には分かった。


 影鬼家、現当主げんとうしゅ影鬼真打かげおに・しんうち


 フリーランスの鬼をかくまい仕事を斡旋あっせんする犯罪行為に手を染める反社会的人物の1人だ。

 ただし影鬼家の犯罪行為は全て福祉施設に隠されており一般的には善良な旧家きゅうけとして認知されている。


 麻琴はいつも疑問だった。

 この叔父は何故、当主が恐ろしいのに噛み付くのだろうかと。

 叔父が当主に噛み付くのは初めてではない、麻琴が知っている限り5回目だ。


「皆、息災そくさいなようで何より。早速だが、本題に入ろうか」


 会議室の上座かみざ、扉から最も離れ扉の真正面に位置する席だ。その左右で男たちが護衛に付いている。


……2人とも鬼なんでしょうね。


 妖魔を狙った相手へ放つ手段はある。影鬼家は過去から福祉施設の陰で犯罪に手を染めている為に一部の人種から憎まれている。その為にボディガードは基本的に妖魔にも人間にも対処出来る訓練を積んでいる人材に限られる。

 その鬼たちを見る叔父の目は羨望せんぼうに満ちている。


……何がうらやましいのかしらね。


 叔父にとって鬼を従えるという事は、その必要が有るという事は羨ましい事のようだ。

 麻琴は全く理解出来ないが叔父には必要な事なのだろうと理解して打合せの流れを見る事にした。


「本日はお忙しい中、お時間を作っていただきありがとうございます」

「よいよい、わしも子供たちの顔が見れて嬉しい」

「は、恐縮です」

「しかし時間が少ないのも事実、最初に言った通り本題に入ろうかの」


 口調は穏やかだが眉間に寄ったしわ強面こわもてのせいで迫力が有り過ぎる。親族でも当主にはなるべく会いたくない。

 そんな当主を相手に緊張は隠し切れてはいないが自分の要望を口にした叔父の度胸どきょうだけは麻琴が見習いたいと思っている部分だ。


「ええ。本日は私の息子にも専属の鬼を付けて頂きたくおあつまり頂きました」

「ふむ、その事か」

「他の分家筋からも何故なにゆえ、本家の子息ですら専属鬼せんぞくきを付けていないのに麻琴君のみ専属鬼を付けているのか疑問視する声が上がっております」

「ふむ、そうか」

「ええ、ですので、」

「では、裂」


 当主が叔父の言葉を切った事で麻琴はこの話を終わりを感じ、チラッと裂を見て応える事を許可した。


「はい」

「本日を以って麻琴専属のにんく。正式な辞令じれい後程のちほど、通達する」

「分かりました」

「なっ!?」


「これで麻琴は専属鬼を持つ事は無くなったのう。これで満足かのう?」

「え、あ、その」

「では、これにて本日の議題は終了じゃな。儂もそろそろ時間でな、失礼するぞ」


 それだけ言って当主は立ち上がりSPに守られながら扉へ向かう。

 扉を開け、1人のSPが扉の外へ、1人が中へ残る状態で当主は振り返り麻琴を見た。


「麻琴、少々話が有るでな。ともせい」

「分かりました。御2人共、失礼します」


 一瞬だけ、憎々にくにくに麻琴に視線を向けた叔父だが麻琴は意識する意味が持てず直ぐに視線を切ってしまった。その息子にも、素直そうだが良い印象を持っていないので礼儀的な会釈えしゃくだけして退出する。

 部屋を出て当主の背後を歩き始めた瞬間、裂を部屋に置いたままにした事に気付き眉を寄せた。


▽▽▽


 残された裂は部屋の外から人の気配が消えたのを確認して直ぐに外に出る事にした。

 特に礼儀を払う相手でも無いので叔父親子には声を掛けずにドアノブに手を掛ける。


「おい、貴様」


 静かな怒りをはらんだ声に面倒だが振り返れば叔父の方が怒りに顔を真っ赤にして裂をにらんでいた。

 予想通りの表情ではあったが男が何を言うのか予測は付いていないので続きを待つ。


「貴様は何故、専属鬼になど成っていた?」

「知らん」

「何?」

「当主の意図いとは探らない事にしている」


「……何故だ?」

「何を切っ掛けに消されるか分からない。自分から地雷原へ進む趣味は無い」

「……もう良い。行け」


 叔父も納得出来る理由だったようでそれ以上は何も言われずに裂は退出出来た。

 麻琴と連絡を取る理由も無いが何処どこで出くわすか分からない。少しの間は図書館内で時間をつぶしてから帰ろうと決め本を片手に席に着いたところで叔父親子の息子が前に座った。


「こんにちは」

「ああ」

「僕は影鬼龍牙かげおに・りゅうがと言います」

「……灰山裂だ」

「ふふ、麻琴お姉ちゃんとは違った口数の少なさですね」


 親とは違い敵意は感じないが面倒な事に変わりは無い。

 素直そうな笑顔の裏にどのような感情を隠しているのか、親の方より厄介な予感がした。


「お父さんは僕に専属鬼を付けられなくて残念そうにしているけど、僕は今日の結果に満足なんですよ」

「……」

「これで麻琴お姉ちゃんは妖魔にも鬼にも関わらない。関わるには別の方法を考えなきゃいけない」

「そうだな」


 一応、今回のような場合に際して麻琴と裂は事前に打合せを済ませている。

 裂にとっても麻琴と組むメリットは有るのだ、専属でなくても彼女と組み続ける理由は有る。

 しかし面倒なので龍牙には黙っていた。


「そこで、裂お兄さんに協力して欲しい事があるんですよ」

「……?」

「お姉ちゃんが妖魔や鬼に関わろうとしていたら僕の事を紹介してくれませんか?」


 やっと裂は龍牙の意図を見た気がした。

 真意は分からないが龍牙は麻琴に近付きたい、その為に邪魔な裂が麻琴から離れればそれで良いのだ。仮に龍牙に専属鬼が付けばその共通点を理由に接触を図るつもりだったのだろう。


……恋愛感情か、別の何かなのか。どちらでも良いか。


 正直に言えば興味が無い。

 裂の無表情を無関心と理解したのか龍牙は小さくまゆせて話を続けた。


「貴方にもメリットの有る話にしましょう。もし僕に協力してくれれば仕事の斡旋、もしくは現金を用意しますよ」


 全く興味を持てなかった裂は考えるフリをしながら図書館内の時計を見て5分も経っていない事を確認した。

 今はまだ当主と麻琴が近場で話しているはずだが、裂は考えるのが面倒になって龍牙を見た。


「悪いが金には困ってない。専属鬼って以外に接点せってんも無くてな、何も手伝える事は無いぞ」


 龍牙は残念そうに眉を寄せて席を立つ裂を止めなかった。


「残念です。また、どこかでお会いしましょう」


 適切な言葉が見つからずに裂は肩をすくめてその場を後にした。


▽▽▽


 裂と龍牙が話している同時刻、図書館の外に停めてある黒塗りの高級車の中で麻琴は当主と横向きで対峙たいじしていた。一般的な高級車に見えるがボディはカーボン、エンジンはV12を使用している。緊急時にはエンジンが半分潰れても走行が可能で複数の銃が仕込まれており外敵の排除も可能な設計をしている。

 見た目は乗用車でも一種の戦車に近く、まともな生活をしている人間が必要とする物ではない。


「すまんな、急に裂を外す事になってしまった」

「いえ。私も裂も特別今の関係にこだわりは持っていませんでしたから」

「だが妖魔を追うならば裂の力は必要だろう。お前は鬼に適応てきおう出来ないのだから」


 本当の事ではあるが麻琴はあまり気にもせず小さく笑った。


「アレも目的が有って妖魔を追っています。いずれ、どちらかが連絡する事になりますよ」

「自身満々、それも根拠を持ってか。本家のガキ共にもお前ほどの頭が欲しかったものだ」

恐縮きょうしゅくです」


「心にも無い事を。お前たちが個人的に連絡を取り仕事をするのは止めん。だが、影鬼に不利益になる事は、いや、言うまでも無い事であったな。時間を取らせたの、行くと良い」

「はい。貴重なお話、ありがとうございます」

「ふ、若造わかぞうによろしくな」


 意味深な言葉に疑問は持ったが義務的な礼儀作法で麻琴は当主と別れ車外へ出た。

 その真正面で裂が図書館から出て来た姿を見て溜息を吐く。

 裂も似たような反応をして、2人で並んで駅への道を歩き始めた。


「何をしているのかしら?」

「帰るところだ。ああ、龍牙から伝言だ。困ったら自分を頼るようにと言っていた」

「連絡先を知らないし、鬼としても心許無こころもとないのよね」

「そうかい」

「ああ、当主から個人的に組んで仕事するのは有りだそうよ」

「何の為の専属鬼解雇なんだか」

「元々、私と貴方が組むのに理由が必要だっただけでしょう。私たちに1度パイプが出来れば何でも良かったのよ」

「誰かが文句を言うまで放置するつもりだったんだな」

「良い性格しているわ。ま、貴方という手段を用意してくれた事には感謝している」

血縁者けつえんしゃの間の感想がこれとは、影鬼家は怖いねえ」


 そこで1度会話が途切れ、2人は特に何の感情も無いまま駅までの道を歩き続けた。


「龍牙君とは小さい頃に数回会ったわ」

「身内なら会ってても可笑おかしくないだろ」

「他の子たちから浮いててね、私だけは偶々たまたま彼と普通に話せた」

「それでれられたのか、別の何かか」

「可愛い恋愛感情なら良いのだけど、何が狙いなのかしら?」

「素直に子供の恋愛感情って思えない時点で俺たちんでるな」

「子供心に自尊心じそんしんを傷つけられた、なんて考える子も居るからね。龍牙君の真意は分からないけど」


 駅が見えてくると麻琴はスマホを取り出し家の最寄り駅までの時間を調べ、妖気測定アプリを起動した。


「反応は無いようね」

「俺たちが暇なのは平和の証拠だな」

「それは四鬼、というか警察の話でしょう」


 影鬼に関わる者にしか伝わらない冗談を交わし2人は分かれた。

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