魔法少女の発案――魔法少女ファントム☆ウィザード前日譚その一

※こちらのお話は拙作「魔法少女ファントム☆ウィザード」を前もって読んでいた方が解りやすいかもしれません。もちろん、未読でも問題ありません(作者註)


 令和三年十二月某日。源吾郎の姿は今や別宅となったアパートの一室の中にあった。生活感の無いその部屋にいるのは源吾郎だけではない。使い魔のホップと、来客である雪羽の姿もあった。雪羽がいるのは源吾郎が招いたからに他ならず、招いたのはのっぴきならぬ相談事があるからだ。


「やっぱりさ……魔法少女になってやつらをやっつけるのが一番だと思うんだよ」

「は、何言ってるのさ島崎先輩」


 源吾郎の放った渾身の言葉に対し、雪羽は片眉を吊り上げて訝しげな視線を送るだけだった。源吾郎はすぐには言い返さなかったが、物憂げな視線を雪羽に投げかけたのだ。今回の会議は、ヤツガシランもとい八頭怪の企みを打ち砕くための極秘会議のつもりだった。源吾郎にしろ雪羽にしろ八頭怪には散々な目に遭わされている者同士だ。ついでに言えば彼らの所属する雉鶏精一派とも因縁深い輩である。

 その八頭怪は最近、趣向を凝らした事でもってこの近辺を混乱のどん底に招いている。すなわち自分は手を下さないものの、無辜の人間や動物、場合によっては弱い妖怪に自分の力的なブツをつうずるっっこみ、凶暴化させているのだ。可愛い猫ちゃんとかウサちゃんを凶暴化させるという所業は万死に値するだろう。

 自分たちもそろそろ八頭怪の企みをくじく時が来たのだと源吾郎は思っていた。さりとて、源吾郎は地元で既に面が割れているから変化なしで闘うのはマズい。

 となると魔法少女になるしかない。源吾郎はその頭脳でそのような結論に到達していた。


「とりあえず、熱い物を飲んで落ち着きましょうよー」


 のほほんとした口調で源吾郎たちの許にやって来たのはホップである。源吾郎の使い魔であり癒し担当の十姉妹妖怪だ。ここ最近人型になる事を覚え人語を操るようになっていた。今も十代半ば程の男の子の姿(なお顔つきは源吾郎に何となく似ている)となり、こうして源吾郎たちに飲み物を運んできてくれていた。お茶を淹れたり、ちょっとした掃除はホップも出来るようになっているのだ。


「お、ホップ君。アップルティー(妖怪用)を淹れてくれたのか。ありがとう」 

「雷獣のお兄さんは果物が好きって島崎さんから聞いてたんです。何が良いかなって思ってたんですけど、喜んでくれて良かったです。島崎さんは甘酒でしたっけ」


 アップルティーが出されてきた事に雪羽は感心し、ホップもまた嬉しそうな様子を見せていた。一時ホップを雪羽に会わせても大丈夫かと心配していた時期もあった源吾郎だったが、意外にも二人はすぐに良好な関係性を構築できていた。源吾郎と仲のいい雪羽の事をホップはもう一人の兄のように慕っているし、雪羽も新たな弟分が出来て満更でもないようだ。三國の子供が生まれてから、雪羽は生来の兄気質を取り戻し、性格も幾分丸くなっていた。


「ホップ君。君のご主人サマはあんな事を言ってるけどどう思う?」

「よせよ雷園寺君。確かにホップは俺の使い魔をやってくれてるけど、ご主人様なんて呼ばれるようなガラじゃないよ」

「世界征服を夢見ているのによく言うよ」


 雪羽の言葉はホップに向けられたものだったが、聞き捨てならない言葉があったので源吾郎も思わず反応してしまった。

 確かに成り行き上、源吾郎とホップはあるじと使い魔という関係性になっている。しかしご主人様と呼ばせて使役させるような間柄ではないと源吾郎は思っている。むしろ兄と弟みたいな関係性なのだと源吾郎は考えていた。

 あとついでに言えば、ホップも従順で源吾郎に絶対服従というノリではない。もちろん源吾郎を彼なりに慕い、好いている事には変わりないのだが。


「うーん。ぼくは島崎さんみたく女の子に変身できないから、魔法少女にはなれないかも」

「ホップは別に魔法少女にならなくても良いんだよ。闘いとか陰謀とか、そう言った物騒な事はまだ知らなくて良い。知らない方が良いんだ」


 源吾郎はホップを見据えてそう言った。それは源吾郎の偽らざる本心でもあった。

 使い魔というのは時にあるじと共に闘う存在でもあるらしい。源吾郎はしかし、ホップに闘いを教えるつもりは現時点ではなかった。源吾郎に従う存在だから、完全に血生臭い世界から無縁ではいられないかもしれない。しかし今はまだ早すぎる。

 雪羽もまた、源吾郎の言葉に耳を傾けながら神妙な面持ちを浮かべている。彼は三國の実子たち、義理の弟妹の事を思っているのかもしれない。そして彼ならば、源吾郎のホップへの思いも解ってくれるだろう。

 

「先輩。先輩が八頭怪の悪事を妨害したくなる気持ちは俺もよく解るよ。でもどうして魔法少女にならないと駄目なんですかね? やっぱりアニメの影響とか?」

「まぁアニメの影響もあるかもだけど……最大の理由は身バレ防止かな。ほら、俺も雷園寺君もこの辺じゃあ結構有名だしさ」

「身バレ防止は解るけど、そこで敢えて魔法少女にするものなの? まぁ、先輩らしいと言えばらしいけど」


 雪羽の返事が色よい物ではなかったのは、やはり魔法少女に拘泥しているからなのかもしれない。既に源吾郎と雪羽が仕事で顔を合わせるようになって数年が経つ。雪羽は源吾郎が時折女子に変化する事に慣れていると思うのだが……やはり自分が女子に変化するとなると抵抗があるのだろう。

 説得するにはもう少し時間がかかるかもしれない。熱い甘酒で唇を湿らせながら源吾郎はそんな事を思った。

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