暴想は走り出す

第2話 1

「――ここにフランチェスカ嬢が、人身売買に手を染めていた証拠がございます」


 丸々と肥え太ったルークス子爵が、リーンノルド皇子に書類を手渡す。


 子爵の顔に浮かぶのは、勝ち誇った笑み。


「――わたしはアルドノートよ!

 人身売買なんて、そんなおぞましい事に手を染めるわけがないでしょうっ!?」


 フランチェスカは声を張り上げるが、居合わせた貴族達は不快感に顔をしかめるばかり。


 味方は居ないと悟り、フランチェスカは悔しさのあまり、扇を握る手に力を込めた。




 城門前に停められた獣騎車に、わたしはお嬢様の荷物を運び込む。


 中原東部のホルテッサ王国で開発された、この大型馬車はちょっとした小屋くらいの大きさがあって。


 それを牽くのも馬ではなく、狼型の<兵騎>――<獣騎>だ。


 数年前の中原連合会議で彼の国が技術公開し、他国へ輸出を始めたもので。


 軍閥で新しいもの好きな旦那様は、その利便性の高さに着目して、ひと揃え購入したのだ。


 ルークス領にはこの獣騎車を使って向かう事になる。


 獣騎車の中には水道やコンロ、保冷の魔道器があって、料理すらできる作りになっている。


 厨房を除いて二部屋あって、野営の際も安全に休めるようになっていた。


 移動する別荘のようなものだ。


 お嬢様に同行するのは、わたしの他にはバルドと、その従騎士のトム。


 わたしよりひとつ年上のトムは、<獣騎>を駆る為に同行する。


 ホルテッサの宣伝文句によれば、<獣騎>は<兵騎>と違って、魔道が弱い人でも扱えるそうで。


 いまでは中原各国が<兵騎>訓練の一貫として、従騎士に与えているほどに普及している。


 この獣騎車ならば、ルークス領まで半日ほどの距離なのだけれど。


「――ルークス領の実態を明らかにするまで、しばらく居座るわよ!」


 と、お嬢様が意気込んでらっしゃるので、荷物は一週間分用意した。


「ティナ、準備は終わったのか?」


 そう声をかけてきたのは、大荷物を背負ったトムで。


 灰色のざんばら髪に汗を滴らせて、騎士寮からこちらに歩いてくる。


「ずいぶん大荷物ね」


 わたしが尋ねると、トムは苦笑して。


「だって、ルークス子爵と事を構えるかもしれないからって、バルド様が」


 トムはわたしの前まで来ると、一休みとばかりに荷物を地面に降ろす。


 重い音がしたから、甲冑が入っているのだろう。


「他にも歓迎の宴が開かれた場合に備えて、礼服なんかもあってさ。

 オレは出ないから良いけど、バルド様は護衛として参加しなきゃいけないだろ?」


 ずぼらなように見えて、バルドは仕事には誠実な男だ。


 元冒険者だけあって、あらゆる事態を想定して準備するのには慣れているんだろう。


「あー、よいしょっとぉ!」


 トムは再び荷物を抱えあげて、獣騎車の中に入っていく。


 昨年、城下町の孤児院を卒院したトムは、騎士に憧れてアルドノート家の門を叩いた。


 本当なら家臣陪臣の家の推薦がなければ、騎士にはなれないのだけれど。


 その思い切りの良さを気に入った旦那様とバルドのふたりが後見人となって、彼を従騎士にする事にした。


 元孤児だけあって、貴族社会には不慣れなところもあるけれど、休みの日を使って城の侍従や侍女に礼儀作法を教わったりしていて。


 その根性と努力する様に感化されて、騎士からも使用人からも可愛がられている。


「よーし、準備完了!」


 荷物を置き終えたトムが戻ってきて、肩を回しながらそう告げる。


「ずいぶんと張り切ってるけど、途中でへばらないでね」


 これから彼は、<獣騎>を駆ってルークス領まで走らなければいけないのだ。


「任せとけって! 教官が言うには、オレって魔道が強いらしくてさ。

 将来は<重兵騎>も動かせるかもって言われてるんだぜ?」


 <重兵騎>とは、<兵騎>に様々な魔道器を搭載させた火力重視の<兵騎>の事だ。


 その戦闘能力の高さから、戦場の花形とも言える。


 当然、要求される魔道も強くて、並大抵の騎士では指先ひとつ動かせない騎体でもある。


 ちなみにアルダート城には現在、五騎の<重兵騎>があるけれど、乗り手はバルドしかいなくて、四騎は駐騎舎で埃を被ってる状態だ。


 そんな事を話していると。


「――ティナ、お待たせ。

 トム、おはよう」


 城の玄関からお嬢様とやってきて、そう声をかけた。


「お、お、おはようございます!」


 よそ行きのドレスを身にまとったお嬢様は、今日も美しく可憐で。


 声をかけられたトムは顔を真っ赤にして、なんとか挨拶を返す。


 お嬢様からやや遅れて、バルドが玄関から出てきて。


「トム、順路は頭に叩き込んであるな?」


 そう声をかけると、トムは背筋を伸ばして、胸に手を当てる騎士の敬礼をする。


「――はい! しっかりと覚えました!

 予定通り行けば、昼過ぎにはルークス領都に辿り着けます!」


 トムにとって、バルドは尊敬する騎士だからね。


 年下のわたしには砕けた態度だけれど、バルドにはしっかりと従騎士然とした態度を取っていて。


 その違いが面白いと思ってしまう。


 トムのわたしに対する態度は、決してナメてるわけじゃない。


 むしろ同志のような感覚で接してくれているから、わたしは悪い気はしていないのよね。


 まあ、妹のように扱われる時があるのは、イラっとするけれど。


「道中、頼むわね」


 お嬢様にそう肩を叩かれれば、トムの顔は再び赤に染まった。


 そうしてわたし達は獣騎車に乗り込む。


 お嬢様は旦那様と奥様への挨拶はすでに済ませてきたそうで、見送りはない。


 おふたりともなにかと忙しいものね。


 なによりわたしとバルドが同行する以上、心配はないと思われているのだろう。


『それじゃあ、出発しますよっ!』


 伝声管を通してトムの声が車内に響き。


「ええ、頼みます」


 わたしが伝声管にそう返すと、獣騎車は緩やかに走り出す。


 目指すはルークス領。


 読書を始めるお嬢様の隣に座りながら、わたしはお嬢様の厨二ノートの内容を思い出し、おさらいするのだった。


 これから向かうルークス領。


 波乱は避けられそうにないのよね……

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