第3話

「失礼します」


「お、曽根山⋯⋯じゃねえな。誰かと思ったら旧校舎屋上強奪女か」


「何その意味不明なあだ名⋯⋯物凄く不快だわ」


 放課後。いつも通り恋愛成就の相談を受ける仕事を空き教室でやっていると、今日の昼休みに屋上で黄昏ていた女がやってきた。まったく、今日は曽根山のダイエットを手伝う仕事もあるんだが⋯⋯。


 その女は、サイドテールにした白金色の髪をたなびかせる美少女だ。髪色は明るいのに、表情とか態度は1ミリも明るくない⋯⋯。


「んで、名前なんて言うんだ?」


「⋯⋯人に名前を聞く時は、まず自分から名乗ったらどう?」


「なんでそんな偉そうなんだよ⋯⋯。はぁ⋯⋯。俺は天城裕貴、恋愛に迷う子羊たちを幸せへ導く恋のキューピッドだ」


「私は黒崎くろさき花織かおりよ。よろしく頼むわ」


「お前によろしく頼まれるような覚えは無いが⋯⋯まぁ、よろしく」


 こいつ黒崎って言うのか⋯⋯。どっちかと言えばこっちが白澤で、白澤の方が黒崎っぽい見た目してるからややこしいな。混同しそう。

 白金髪が黒崎、黒髪が白澤。うーん、ややこしい!


 しかし、何しに来たんだこいつ。いや、普通に考えれば恋愛相談なんだろうが⋯⋯そんな感じにも見えないしなぁ。


「言っておくが、ここは恋愛に悩む子羊のために存在している恋愛相談室だ。お前みたいな恋愛の悩み無さそうな美少女が来る場所じゃねえ」


「⋯⋯まぁそうね、私可愛いから。週1くらいで告白されるのよ、凄いでしょ?」


「なにおう!俺なんか2日に1回は告られとるわ!俺の方が容姿端麗スポーツ万能成績優秀焼肉定食じゃ!」


「焼⋯⋯?訳の分からないところで張り合うの、やめてくれない?」


「お前が先に売った喧嘩だ。俺は自分のイケメン具合には自信がある!モテ自慢するなら、俺を超える美貌を手にしてから挑んでくるんだな!」


「うわ、ナルシストキモ⋯⋯」


「お前に言われたくねーわ!」


 こいつ自分で「私可愛いから」とか言ったくせに、俺にはナルシストでキモいだと!?こ、こいつ⋯⋯侮辱罪で訴えてやるんだから!覚悟しておいてよね!


 はぁ、アホの相手は疲れる。思わず売り言葉に買い言葉で反抗してしまった自分を恥じながら、俺は空き教室に乱雑に並べられた椅子のひとつに座った。


「んで?俺が全校に名の轟くイケメン恋愛マスターだと分かってて、この恋愛相談室に来たんだろ?要件はなんだよ」


「残念ね、この教室は今日からあなただけのモノじゃない。今日から私たち二人の所有物よ」


「?すまん、話が見えない」


「じゃあこれを見せたら分かるかしら?」


 そう言って黒崎が見せてきたのは、ハートの刺繍が施された手帳だ。表紙には、恋愛の神が『撃ち抜いちゃうぞ☆』と吹き出しで喋っているイラストが付いている。


 これは、恋愛斡旋人の職業を保証する神様発行手帳だ。紛失すれば光の塵となって消える、マジカルアイテム。これを持っているということは⋯⋯こいつ、まさかマジモンの同業者かよ!


「はぁ⋯⋯。世界狭しといえど、普通同じ高校に二人も斡旋人寄越すか?普通⋯⋯」


「私、昨日からここの生徒として転校してきたの。前の学校では私が男子を釘付けにしすぎて仕事にならなかったから、優秀な斡旋人がいると噂のここへ転校しに来たわ」


「ほほう、斡旋人の中で俺は噂になってるのか⋯⋯!悪くない気分だ!まったく、他人の好感度を調整するのも斡旋人の仕事だぞ?俺たちはただでさえ美しい見た目をしているんだ、気をつけないとすぐモテモテになっちまう」


 しかしコイツ転校生だったのか。全校生徒を網羅している俺でも知らないはずだ。


 ちなみに俺は何もしていないが、そんなに人を惹きつける事は無い。何故なのだろうか⋯⋯こいつより俺の方が見た目整ってるよな?この学校の生徒、見る目無さすぎだろ。


「私が可愛いのは事実だけれど、貴方がイケメン⋯⋯?鏡見てきなさいよ、今すぐに」


「倒置法で強調すんな。どいつもこいつも目が節穴だぜ」


「どちらかと言えば、そんな死んだ目をしている貴方の方が節穴だと思うけど⋯⋯」


「黙らっしゃい!」


 しかし、このナチュラル煽りマシーンが俺の手伝いだと?むしろ邪魔になる未来しか見えないんだが⋯⋯。

 そんなことを考えていたところ、空き教室の扉をまた開く音がする。


「おう曽根山、遅かっ————よし黒崎、今日はお前の歓迎会してやるよ。帰ろうぜ」


「行かせないよ!!今日という今日は、この教室を不当に占拠している理由を説明してもらいます!」


「だから不当じゃねえって⋯⋯生徒指導の武田先生に聞いてみろよ、俺がここを使って恋愛相談するのを認めてくれてんだから」


 今日は厄日か⋯⋯?白澤に一日二回も絡まれるわ、黒崎とかいうナルシスト女が絡んでくるわ⋯⋯今日の良かったことなんて、曽根山の歌が上手かったくらいだぞ。曽根山ー!早く来てくれぇーっ!


 俺とバチバチやり合っている白澤は、黒崎が目に入っていないようだ。ねえ、ほんとややこしいんだけど。こっちの白金色が黒崎で、黒いのが白澤⋯⋯?ややこしい奴らが、同じタイミングで俺の視界に入るんじゃねー!脳が混乱するだろうが!


 オーケイ落ち着け、俺。いつだって恋のキューピッドはクールなのだ。まずはこの白澤を追い返し、黒崎と今後の話をしながら曽根山を待つ。これしかない。


 そうと決まれば、まずはこのキャンキャンうるさい小型犬を追い返す。


「た、武田先生から許可を⋯⋯?」


「そうだ。俺はここで先生の許可を貰って、恋に悩む生徒たちを導いているんだ。分かったら帰れ」


「ぐ、ぐぬぬ⋯⋯!だ、第一高校生に、れれれれれ恋愛なんて!早すぎます!不純です!!」


「お前⋯⋯⋯⋯。なぁ、子供って何したら出来るか——いでっ!」


「ば、ばばばばば馬鹿にしないでくれる!!?セ、セクハラだよ!!?」


「んだよ、分かってんならただのお付き合いが不純じゃないことくらい分かるだろ。純粋異性交遊のお手伝いをしてるだけですぅ〜」


「ぐぬぬぬ⋯⋯!」


 やっぱダルいけど面白いなぁコイツ弄るの。今も顔真っ赤にしてぷるぷる震えてやがる⋯⋯くくく、週1くらいでこうやって馬鹿にしてやりたい。


「貴方⋯⋯今、見てられないくらい最低の顔してるわよ?」


「うっせ、先に喧嘩売ってきたのはアイツだぞ。俺は売られた喧嘩は買う主義なんだよ」


 突然黒崎からも喧嘩を売られる。なんなのこいつら、戦闘民族?


 そんなことを話していると、白澤は目に涙を浮かべながら走り去る。


「ぐぬぬぬ!お、覚えときなさいよ!!今すぐ武田先生に聞いてくるんだからー!」


「お、帰った。二度と戻ってくんなよ〜」

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