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 政府関係者のお偉いさんとの面会を承諾したことで、俺はひとまず「待機」ということになった。

「なんせ与党の中でそれなりの地位にいる方ですから、そう簡単にスケジュールが調整できるわけではありませんので。何日か待って頂くことになるかもしれませんし、明日ぽっかりと時間が空くという可能性もあります。申し訳ありませんが、面会の期日が確定するまで、片山さんにはここで待機して頂ければと思います」


 そんな重要人物に会わせるのなら、俺の方の待遇ももう少し改善してくれてもいいだろうに……と思いつつ、俺はこれまで通りの「せまっ苦しい監禁部屋」で待機することを渋々受け入れた。これが「唯一無二の存在」に対する扱い方とはとても思えないが、「これまで見たことがないケース」ということは、すなわち「これから何が起きてもおかしくない」ということでもあるわけで、カオリの本能が出かかっている気配も感じられた以上、監禁され監視の目が行き届く環境に置かざるを得ないってことだろう。つまり、俺がいつ「凶暴化」しても対処できるようにしておく必要があるということだ。


 俺自身も、「これからのこと」を考えて、ここにいた方がベストではなくともベターだろうなと思い直した。「監禁している者にクスリを与えているとわかったら大問題ですから、くれぐれも内密に」という断り書きのもと、待機中も橋本がクスリをくれるようだし。まあ、ここで待機している以上、誰かにこのことをペラペラと喋ることも出来ないのだがな。


「明日からはもう、尋問や『白い部屋のイベント』もありませんから。どうぞご安心下さい」

 橋本はそう言い残して、監禁部屋から去っていった。尋問もイベントも、その目的を果たしたわけだからな。明日からは少々、退屈な日々が続くってことか……。



 こうして俺は、本当に色んなことが起きて色んな事実を認識させられた怒涛の一日を終え、収納式のベッドを倒し、そこに横たわった。そして、お偉いさんに会う時のこと、その後のことを考えようとしていると……そこでふと、何かの「気配」を感じ取った。


「お疲れ様。今日は色々大変だったね、史郎」



 狭い監禁部屋の中で、俺が横たわるベッドの端に「ちょこん」と腰かけているのは、カオリだった。……そう、カオリはいつだって、「気が付いたら、そこにいる」んだ……。


「でも、あたしが史郎に感謝してるって言ったのは、私の本心よ? 史郎のおかげで、あたしはこうして『生きていられる』。そのことに、変わりはないんだもん」


 確かにその通りだ。だが、カオリのおかげで、俺も生きていられる。それもまた、疑う余地のない事実だ……。


「SEXtasyの投与も、今日までのように毎日されるわけじゃないみたいだから、その点は安心よね。もし中毒症状が出そうになったら、とっておきのカインをくれるみたい。日野さんのデータがあるから、そのうちここで量産体制に入るかもだけど、希少価値が売りのクスリだし、あえて大量生産はしないかもね。

 それでも、『同じ系列の薬物』ってことで、SEXtasyの中毒症状を抑える意味ではある程度の効果があるらしいし、なおかつ誰かを食べちゃうような状態に進行するのも防げるってことで、橋本さんは期待してるみたいね。その効果がどれだけ持続するのかはわからないけど、まああたしも史郎も色々初めてのケースが多いから、ある程度実験材料的な扱いをされちゃうのも仕方ないでしょ」


 カオリにしては、随分と「理路整然と話をするな」と感じていたが、俺が「もう1人の自分」だと認識したせいもあるかもしれないな。ひょっとするとそう認識したことで、俺とカオリの「境界線」が、あやふやになって来ているのかも。それはそれでヤバい状態になり得る可能性もあるが、逆にそれはそれで、面白いことにもなりそうだ。



「あたしが、部屋から出て行こうとする男たちを『食べちゃいたい!』ってふと思った時も、史郎の顔を見て正気に戻れたから。多分それだけあたしは、史郎に『依存』してるのね。あたしが史郎にしてあげられることは何もないし、もしかしたら、このまま自然と『消えてっちゃう』のかもしれないけど。でも、何かの弾みにでも、ひょこっとあたしのことを思い出してくれたら嬉しいな。その時はまた、こんな風に話が出来たらいいな……」



 あたしが史郎にしてあげられることは、何もない……何言ってんだ、その逆だ。カオリのおかげでジャンキー状態から抜け出せたのに、今の俺がカオリにしてやれることは、何もない。岩城が死んだことを知り落ち込む俺が「1人になりたい」のだと察し、自分から「今日は帰るね」と言い出す。それ以前に、岩城の死をテレビで知った時も、直接ではなく「カオリを通して知る」ことで、自分のダメージを最小限に抑え込んだ。俺が無意識のうちに作り出した「分身」なのだから当たり前かもしれないが、カオリはそれだけ俺にとって「都合のいい存在」なんだ。そんな彼女に、してやれることがないなんて……。



「とりあえず今日は、ゆっくり寝たら? それまで、ここにいてあげるから。今日は、『1人でいたい気分』じゃないでしょ? あたしにはわかるもん、史郎のこと……」


 ああ、その通りだ。カオリは俺のことを、なんだって知っている。全てをわかっている。俺は、カオリに優しく髪を撫でられながら、眠りについた。俺自身のこと、橋本のこと、これから会う「お偉いさん」のこと……そんな、心がささくれ立つような様々な要素を、まとめて癒すような、カオリの優しさに包まれながら。



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