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 俺と橋本はそのまましばらく、互いに口を開くことなく、じっと見つめ合っていたが。やがて橋本が根負けしたかのように、「ふう……」とため息をついた。そして、「まあ、さすがというしかないですかね」と、先ほどまでの「善人のポーズ」とは明らかに態度を変えて、俺の問いに答え始めた。



「腹を割って話したいというのであれば、そうしましょう。ここで否定しても、いつかはバレることでしょうからね、あなたほどの人でしたら。あなたが言った通り、こうしてSEXtasyを扱う政府関係者と深い繋がりを持つことが、私の最大の目的でした。


 さっき言った、正規のバイヤーとしての活動に限界を感じ始めていたというのは、私の本音ですよ。だからこそ私は、より大きな販路と利益を求めて、SEXtasyを追いかけようと考え、その開発に関わった政府関係筋にコンタクトを取ろうと思いついたのです。片山さんと日野さんは、その目的を叶えるために願ってもない人材だと確信していました。これもまた、私の偽らざる本音です」


 橋本は、表向き「本音を語り始めた」ように見せかけているが、まだ「隠している部分」があるはずだと、俺は独特の嗅覚で感じ取っていた。本音で話すことに同意したんなら、その「隠してること」も話してもらわなくっちゃな。


「正直に言ってもらえて、嬉しいね。だが、いま言ったことの全部が全部本音だとは、俺にはまだ信じきれないかな。俺と日野さんを、目的を叶えるために必要な人材だと考えていたことは本当だろう。だが、それはあくまで『考えていた』という過去形で。カインの製造元として日野さんの研究所を突き止めたまではいいものの、あんたが期待した『SEXtasyに通じる製作経路』については、確かな情報を得ることが出来なかった。だからあんたは、日野さんはもう『用済み』だと判断し。あの修理工場跡で、俺が別行動を取ったのをいいことに、日野さんを上手く『始末した』んじゃないか……?」



 俺のその言葉を受けて、橋本はしばし固まっているように見えた。俺のことを「さすがというしかない」とは言っていたが、日野の件まで見抜かれるのは想定外だったろうな。

 

 そして橋本は諦めたかのように、「やれやれ……」と首を横に振り。「これも、隠してもいずれバレることでしょうからね」と言い訳のように付け加えて、日野の件についての「解説」を始めた。



「日野さんが腰を痛めていたというのは、これもまた事実です。それを私は、事前情報として仕入れていました。なので私はあの時、山下さんに先に行ってもらい、その後に日野さんに車の中へ入ってもらったのですが……日野さんは明らかに、動きが鈍かった。車の中に横たわるだけで精一杯で、そこから先へ動くのは到底無理だと思えました。そこで私は、日野さんだけ車から出てもらい。私が先に入って日野さんを引っ張るような形を取ると油断させて、日野さんを殴って気を失わせました。


 そこで日野さんが持っていたカインのデータを奪い取り、山下さんの後を追いかけたのです。研究室に発火性のある薬品を撒いて、即席の時限装置を取り付けた上でね。マッチと細長い紐さえあれば、時限装置くらいすぐに作れることは、片山さんもご存じでしょう。そして、車の中を這うようにして『脱出口』を見出そうとしていた山下さんに、『日野さんは残ると宣言した』と言い伝えた……まあ、かいつまんで言えば、こういう成り行きです。あそこで日野さんもスムーズに脱出出来ていれば、あの時点で始末しようとは私も考えませんでしたよ。しかし、脱出の妨げになるのであれば、それは『排除』するしかないと判断したわけです」



 橋本は開き直ったかのように、正直にそう「告白」した。岩城の死はさすがに橋本は関わっていないだろうが、日野に関しては「自分が手を下した」と認めたのだ。俺は、そこまで橋本がアッサリと認めたことに対し、「まだ、何か裏がある」と思わざるを得なかった。


「まあ、あんたがどの時点で日野さんを排除しようと決めたのかは、この際どうでもいい。いずれにせよ、あんたは自分の利益を最優先に考え、行動してきたってことだ。そしてカオリはSEXtasyを投与されて、俺に精神的ダメージを与えるために利用され。残った俺については、あんたはいったいどうするつもりなんだ……?」


 果たして橋本はまだ、俺に「利用価値がある」と考えているのか。考えているからこそ、俺に「兵士工場」を見せたり、日野の件を告白したのだとも言えるが。それが「どの時点まで」かに関しては、俺にも予想がつかなかった。政府関係との繋がりを得た上で、まだ何か俺に、「利用すべき価値」があるというのか……?



 橋本は腕組みをしたまま、俺のことをじっと見つめていたが。やがて何かを決意したかのように、「すっ」と姿勢を正した。


「……予想より早かったですが、あなたに『真相』を話す時が来たようですね。あなたの勘の良さ、嗅覚の鋭さには、本当に敬意を表しますよ。そんなあなたの持つ、真の価値とは……あなたにも十分に納得して頂けるよう、ご説明したいと思いますので。度々申し訳ありませんが、再び私と一緒に来て頂いて、宜しいでしょうか?」



 また俺を、どこかへ連れて行くつもりか。今度は何を見せようっていうんだ……? 俺は、もう大概のことでは驚かないという自信があったが、ここに来て橋本があえて「真相」などと言うくらいだから、それなりの衝撃度を持った事項なのだろう。しかもそれは、間違いなく「俺に関すること」なのだ。俺はやや緊張感を抱きながら、橋本の後についていった。



 俺が連れて行かれたのは、この3日間「通いつめた」、あの「見世物小屋」のある通路だった。またここかよ……と思いながら、俺は3日目の今日、初めて入った個室に入るよう促された。そして橋本もまた、俺に続いて個室に入り。狭い個室に男2人でいるのは若干窮屈ではあったが、そこで橋本は俺に座るように伝え、自分は立ったままで、俺に話しかけて来た。


「まず、片山さんにお聞きします。あなたは山下さんとの『出会い』のことを、覚えていらっしゃいますか……?」


 ここでいきなりそんなことを聞くのは、いったい何の意味があるのかとも思ったが。カオリが男に突かれながら、俺との出会いについて語ったことが、もしかしたら関係しているのかもしれない。俺はそう考えて、記憶をたぐるようにしながら、カオリとの出会いのことを語り始めた。


「そうだな……あれはもう、2年くらい前になるかな。俺はもうペントハウスに住み始めていたんだが、ビルの1階に入る前に、グダグダになった若い女が、道端に座り込んでいるのを見つけた。ひと目見て、重度の薬物中毒であることはすぐにわかった。普段なら、そんな女と関りを持つと面倒になるだけなので、そのまま放っておくんだが。なぜかその時は、ちょっと手を貸してやろうかなと思いついたんだ。ちょうどビルの入口の真ん前でグッタリしていたのが、運命的に思えたのかもな……」



 それから俺は、ペントハウスでカオリを介抱し。クスリを欲しがるカオリをなだめすかし、中毒症状をある程度緩和したところで、「正しいヤクの打ち方」を教えてやった。このままだと、身を滅ぼすだけだぞと言い含めて。それは、俺のスパルタ的なやり方に嫌気が刺して姿を消した、岩城のことを思い出したせいかもしれない。若い女だったこともあったろうが、岩城のように厳しく接することなく、徐々に徐々に、カオリを危険な状態から遠ざけようと試みていた。


 その甲斐あって、カオリはペントハウスに通いながら、「以前に比べて、まともに近い薬物愛好者」として生活していたのだが。橋本は俺の話を聞き、「そうですか……」と意味ありげに頷くと。続いて、あまりに意外なことを俺に問いかけて来た。



「では、片山さん。あなたは今日ここで、『何を』見ましたか?」


 この「個室」で、何を見たのか。それを、俺の口から言わせようっていうのか……? 俺を怒らせようって魂胆かと、最初は思ったのだが。そう問いかけた橋本の目は、真剣そのものだった。そして、それが橋本の言う「真相」に繋がるのだと、俺は心のどこかで察し始めていた。


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