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 俺が個室から見た「白い部屋」に関しては、決してそれが「初見」ではなく、その前に岩城の映像を見ていたことを、俺たちを捕らえた奴らも承知だろう。岩城から送られてきたUSBは奪われているのだから、その中身を見れば一目瞭然だ。それゆえに、橋本がその詳細について語ったのは、自分が知っていたことを更に追及した結果だとも言える。


 だが、SEXtasyが人に与える影響というのは、これまではウワサの範疇に留まり、まだ「未知数のもの」だったはずだ。あくまでウワサから推測して、性的興奮を極限まで高めるものであり、なおかつ岩城の映像を見た段階で、野生的な本能の表出を副作用として持つのではないかと。その詳細を語れるというのは、詳細について「知っている者」から聞くしかない。つまりそれだけ今の橋本は、俺を捕らえた奴と「近い間柄にある」ということだ。



「SEXtasyの主だった効果は、投与した者の性的欲望、そして性的効果をこの上なく高めること。これは、私たちの予想と変わりません」


 俺の視線が、橋本を「ジロリ」と睨みつけていることに橋本も気付いていただろうが、あえてそれを無視するかのように、橋本は話を続けた。


「それに加えて、岩城さんから送られた映像を見たことで、私たちはSEXtasyに、『性交した相手を、性交後に食らう』という副作用があるのではないかと考えました。そしてそれが間違いでなかったことは、先ほどご説明した通りです。投与したばかりの状態では、その副作用が表出することはまずないですが。中毒症状が深まってくると、それが表れる可能性がある。ですがこの副作用は、主に投与の対象が女性だった場合に顕著な症状なんです。


 では、対象が男性だった場合は、どんな副作用が出るのか? これが、SEXtasyの知られざる、そして恐るべき一面でした。SEXtasyを投与され、中毒症に陥った男性は。女性と同じく『野生の本能』を表出させるのですけど、性交相手を食すのではなく。性交した相手に限らず、他人に対して凶暴性を発揮するようになるんです。ようするに、自分以外の人間に対して、攻撃性・加虐性をむき出しにし始めるんですね。


 これは恐らく、女性の場合は女性ホルモンの影響で、『胎児の栄養分にする』という本能が優先的に働くのではないかと思います。逆に男性の方は、『狩猟本能』を刺激されるということですね。SEXtasyの開発を指示した者たちは、ここに着目しました。


 2042年に、与党が満を持して行った国民投票の結果、憲法が改正され。『平和憲法』と呼ばれた第9条も大幅に改定されて、我が国も軍隊を持てるようになりました。この憲法改正の結果、与党の持つ権力が更に強化されることになったのは、大方の予想通りで。薬物合法化という突飛な法案が国会を通過したのもその影響であることは、片山さんもご存じの通りです。それ以降、自衛隊ではなく他国に攻め入ることも可能な軍隊の強化は、与党にとって必須事項でした。そこで、SEXtasyの『男性に与える副作用』を知った政府関係者が、軍隊強化にSEXtasyが使えるのではないかと思いついたのです。


 しかし、『自分以外の他者に、誰彼かまわず攻撃性を発揮する』という副作用は、味方をも危険に晒すのではないかという不安もありました。それを、自国の兵士に使うのはどうなのかと。そこで、日本人が本来持っている、『商売人気質』が生かされたのです。自国の兵士には、限定的に投与するに留めて。これを他国に『輸出』すればいいのではないか? と……」



 ここまでの話を聞いて、俺は橋本の「狙い」について、改めて考えていた。SEXtasyの開発を指示したのは政府関係者ではないかというのは、元々橋本の推理だった。そこから端を発して、SEXtasyの「恐るべき一面」まで知ることになったのは……橋本にとって意外な展開だったのか、それとも「予想通り、あるいは希望通りの展開」なのか。それが、俺の気になっていた点だった。



「政府関係者はこの考えに基づき、SEXtasyの『軍事的利用』を目的とした海外との取引を開始したのです。そしてもちろん、そのための見本市……購入者向けの『プレゼン』も考案されました。片山さんもご覧になった、あの『白い部屋』でのプレゼンとは別に。戦闘能力のアップした兵士による、デモンストレーションが行われたのです」


 そこで橋本は席を立ち、俺に向かって「両手の自由が利かないままで申しわけありませんが。私と一緒に来て頂いて、宜しいでしょうか?」とお伺いを立てて来た。どうやら尋問部屋を出てどこかへ連れて行くらしいが、両手は拘束したままでということか。「敵ではない」と言っていたが、俺がそれを信用しているかどうかは疑わしいってことだな。


 俺は素直に橋本に従い、尋問部屋を出て「これまで通ったことのないルート」に足を踏み入れた。どうやら俺のいる建物は、想像してたよりもはるかに広い敷地面積があるらしい。これは精神病院の一角とかそういうレベルではなく、「これ専門」の土地があると考えた方がいいかもしれない。ひょっとすると、こうして俺を監禁し尋問したりするスペースと、例の「見本市」用のスペースの他に、研究部門やら開発部門やらもあって、複数の学部を持つ大学くらいの広さがあるのかもしれないな……。


 俺の予想通り、橋本と俺は今いる建物を一度出て、渡り廊下のような通路を通って別棟へと移動した。やはり、かなりの敷地を持った場所らしいな。それを所有出来るくらいの、富も権力も持ち合わせている奴らの、「豪華な研究施設兼、隠れ家」ってわけだ。新しく入った別棟は、先ほどまでいた建物とは少し様相を変え、どことなく工場のような雰囲気を漂わせていた。建物内が部屋や通路で細かく分けられているのではなく、大勢が集まって作業をするような、そんな高い天井と壁で区切られた広いスペースが何か所か、入ったそばから設けられていた。


 俺たちが入って来てから、建物内には不思議なほどひと気がなかった。恐らく全ての作業員が、スペース内で仕事をしているのではないかと思われた。それだけ、皆が「内密な仕事」に就いているということなのだろう。出勤時と帰宅時、そして昼食時でもないとここで誰かに遭遇することはないのかもなと、俺はなんとなく想像していた。そして橋本は、別棟に作られた幾つかの「作業場スペース」の中でも、一番大きな場所に俺を案内した。作業場の外側に設けられた階段を登って、体育館の2階くらいの高さがある通路に入り、俺は思わず息を飲んだ。



「片山さんに見て頂きたかったのは、こちらです。先ほどお話しました、輸出用のデモンストレーションと。国内の戦力強化のために作られた、『兵士工場』です」


 広さから言えば、市民会館などの「大ホール」くらいはありそうな、広大なスペースに。ぱっと見100名ほどの横たわった人間がズラリと並べられ、そしてその人間たちに繋げられた細い配管から、断続的に「何か」を投与しているものと思われた。それは恐らく、いや間違いなく、「SEXtasyを供給している」のだと、俺は考えていた。



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