18


 カオリは、ガラスの向こうにいるのが俺なのだと確認して、しばし固まっているようだったが。男の方は俺のことなどかまわず、激しく腰を前後に動かし続けていた。そしてカオリは、背後から激しく突かれながら、そして両側の男から乳房を揉みしだかれ、別の男の性器をしごきながら。ベッドから降り、少しずつ少しずつ、「俺のいる方」へと歩み寄って来た。


 俺は内心、『やめろ……やめてくれ』と思っていたが、カオリにそのつもりは全くないようだった。ほとんど全身を周囲に群がる男どもに支配されているような状態で、ギクシャクとぎこちなく歩きながら、カオリは俺のいる個室の、ガラスの目の前までたどり着いた。



「……史郎? そこいるのは、あっ、史郎よね? あたし、あっ、あたし、史郎にもう会えないかと思って……あっ、ああっ!! でも、こうしてまた会えた。嬉しいよ、史郎。だから、そんな顔しないで……ああ、あああああっ!!」



 その時の俺は、果たしてどんな顔をしていたのだろうか。正直、ガラスにバン! と両手を突いて、「カオリ、カオリ!!」と泣き叫び。「やめろ、もうやめてくれ!!」と奴らに懇願したかった。出来るものならこのガラスを今すぐブチ破り、カオリに群がっている男どもを、片っ端から叩きのめしたかった。しかしそれは、あまりに「非現実的」な話だ。


 ガラスがマジックミラーだったことを考えれば、向こうの音声は個室に届いているが、個室内の声は向こうには聞こえていないだろう。そして、ここで俺が何を喚こうとも、俺を「痛めつけること」が目的の奴らが俺やカオリを解放するはずがなかったし、見るからに分厚いガラスをブチ破るのも不可能に思えた。例えブチ破れたとしても、俺1人で10人の男を相手にするのは到底無理な話だった。それゆえに俺は、個室の中でじっと固まったように、座ったまま白い部屋の中を見つめていた。それが今の俺に出来る、唯一の「抵抗」だった。



「あたし、あっ、あたしね? あたし、史郎に出会えたから、こんな快感を感じていられるんだって、そう思うの。史郎のおかげで、あっ、SEXtasyのことを調べ始めて。そしてこうして、ああ、あああっ! その快楽に……あああっ! 溺れて、あああっ、ああああああ!!」



 カオリは必死に何かを俺に伝えようとしていたが、男の激しい動きにつられ、歓喜の嗚咽を止めることが出来なかった。その度に言葉が途切れ、俺はブツ切りになった言葉をなんとか繋ぎ合わせようと、懸命にカオリの声に耳を傾けた。


「ね、最初に会った時のこと、覚えてる? ……はあ、はあ。あの頃あたしはもう、はあ、クスリに溺れてお金もなく、捨て鉢な気分で、どうにでもなれって感じで。でも史郎は、そんなあたしを拾ってくれて……む、むうううううう」


 カオリが俺との思い出を語ろうとした時、カオリが性器をしごいていた男の1人が、やにわにカオルの髪の毛を掴み、自分の股間にカオリの顔を近づけた。カオリは股間のモノを強引に咥えさせられ、それ以上話すことが出来なくなった。男はカオリの頭を両手でがっしりと掴み、速射砲のように腰を動かした。「むううう、むううううう!!」カオリも苦しそうに目を閉じ、口からは悲鳴のような嗚咽が漏れている。そして男は急激に、ガクガクッ!! と痙攣を起こしたようになり。ようやくカオリの口から、自分の性器を「ズルリ」と引き抜いた。カオリの口から、ドロッとした白濁色の液体が零れ落ちた。



 カオリは零れた白い液体を手で拭おうとしたが、その前に別の男がカオルの手を取って自分の股間にあてがい始めたため、カオリは口の端から液体を滴らせたまま、再び俺に向かって語りかけ始めた。



「ボロボロのジャンキーみたいだったあたしを、史郎は理由も聞かずに受け入れてくれて……げほっ、げほっ!!(液体が喉に詰まったらしい)……はあ、はあ。そのおかげで、あたし、これまで生きて来れたの。だから……あっ、ああああああっ!!(ここで、カオリの背後から突いていた男が「達した」ようだった)はあ、はあ。だからあたし、史郎に感謝してるのよ。ほんとよ? だからそんなに、悲しい顔しないで。あたし、ここまで生きて来れて、そして……ああああっ! ああっ、あああっ!!(背後にいた男が入れ替わり、別の男が挿入してきた)こんなに、気持ちよくなってるんだもん。ほんとに凄いの、気持ちいいの! もう、あたしも自分を止められないの!! あああっ、あああっ、あああああっ!!」



 カオリの「言葉らしきもの」を聞き取れたのは、それが最後だった。その後もカオリはなんとか俺に語りかけようとしていたが、もう満足な言葉にはならなかった。俺はそんなカオリを見つめながら、いつの間にか目から涙を流し始めていた。奴らの監視している中で「泣く」など、言語道断だ。絶対にしてはいけないことだ。だが俺には、その涙を止める術はなかった。泣きながら、カオリの言葉にならない言葉を聞き続けていた。


 やがて、この日も饗宴の終わりが来た。疲れきった男たちが互いに目を合わせ、入って来たドアに向かおうとした時。カオリがその男たちを、「きっ!」と睨みつけた。その視線は、獲物を狙う獣のように俺には見えた。まさか、遂に……? 緊張しながらカオリの様子を伺っていると、カオリがふと、俺の方を「チラリ」と見た。そこでカオリの「獲物を狙う視線」の鋭さが、徐々に失われて行った。カオリは、ふう……と大きなため息をつくと、バッタリとベッドの上に横になった。


 そこで白い部屋の電気が消え、今日の饗宴は終幕となったわけだが。最後に見せた、カオリのあの表情は……恐らくカオリにも、「交尾した相手を食らう」本能が、芽生えたのではないか。だが、そこで俺が見ているのに気付き、その本能を表出する前になんとか踏みとどまった。俺はカオリの行動を、そう解釈していた。それは半ば、「そうであって欲しい」という、俺の願望でもあったが。相手を食らう本能が出てしまったら、もう助からない。その前であれば、まだなんとか出来る。これもまた、願望を込めた推測ではあったが、俺は「いつか訪れるチャンス」に備えて、カオリのことをそう考えていた。



 個室を出た俺は、そのまま監禁部屋に戻されるのかと思ったが、そうではなかった。今度は以前通った道筋を辿り、「尋問部屋」へと連れて行かれた。今日の俺の様子を見て、「畳みかける」つもりか……。確かにいま何かを聞かれたら、冷静に対処できる自信はなかった。もちろん全てを語ってしまうつもりは更々なかったが、いつもなら平然と受け流すような詰問に対して、動揺したり怒りをあらわにしてしまうかもしれない。そうやって俺を「通常ではない状態」に追い込み、情報を得ようとしているのだろう。


 さて、果たしてどこまで耐えられるか……と考えながら、俺は改めて両手を拘束され、尋問部屋の質素なイスに腰かけた。そこはあたかも、ひと昔前の刑事ドラマに出てくる「取り調べ室」を再現したような部屋で、俺の前には小さなテーブルがあり、その上にはアンティークな蛍光ライトまで置いてあった。誰かを尋問するには、こういった環境が必須だと奴らは考えているのだろうか。



 俺が尋問部屋で待っていると、ドアを「こんこん」とノックする音が聞こえた。ノックしてから入るなんて、礼儀正しい尋問官がいるもんだと俺は可笑しくなったが。「失礼します」とドアを開けて入って来たその男を見て、俺は「なるほど……」と納得させられた。



「お久し振りです、片山さん。思ったよりお元気そうで、何よりです。とはいえ、今は少しお疲れのようですが……」



 1人で待っていた俺に対し、1人きりで尋問部屋に入って来て、尋問すべき俺に対して腰の低い態度を取っている、その男は。礼儀正しい言葉遣いが「相変わらずだな」と思わせる、橋本だった。


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