11


「とんでもねえ……」


 USBの映像は、岩城がそう呟いて、カメラ付きの眼鏡を外したところで、「プツン」と途切れていた。恐らく岩城も、使命感に駆られてここまで「部屋の中」を見ていたが、さすがに「もう見たくない」と嫌気が刺したのだろう。そして俺も、すぐ脇にいた橋本も日野も。ただ黙って、パソコンを置いたデスクの前に座り込んでいた。



「これは……どういうことなんだ? さっき橋本君が言ったように、わしもこの映像は、SEXtasyの見本市のようなものかと思っていたんだが。途中までは、確かにそうだった。しかし……女の方が、狂ったように男を貪り食い始めてからは……そんなレベルじゃない。ただの悪趣味な、ゲテモノ市だ。こんな効果を生む危険な薬物を、誰が買おうって考えるんだ?!」


 日野が、何かを訴えるかのように、俺と橋本に問いかけた。女の行動を「狂ったように」と表現した日野だったが、それは恐らく、岩城と同じように個室に入って「これ」を見ていた奴ら、そして「見せようとした奴ら」のことも言っているのだろう。こんなものは、正気の沙汰ではないと。



 俺は少し考えてから、「あくまで、俺なりの考えでがあるが」と前置きをした上で、日野に告げた。


「たぶん……こういうものを『見たがる奴ら』が、いつの時代にも、一定数いるんだと思う。それは今に始まったことじゃなく、何百年も前からずっと続いている、いわば人間の『負の歴史』みたいなもので。サーカスの見世物小屋なんてのはいい例で、手足の欠損など『普通の人間と見てくれが違う者』を、皆が金を払って見に行っていた。そんなビザール的な『見世物小屋』は、サーカスの名物とも言える代物だった。それだけじゃない。


 十字架へのはりつけとか、ギロチンでの絞首刑とか。そういった刑罰にかこつけて、人はいつだって『残忍なもの』を見たがり、それに喝采を送って来た。それは近代化と共に禁止されてきたが、その一方で。今も地上のどこかで行われている戦争の現場では、リンチやレイプなどの残虐行為が当たり前のように行われている。人間ってのは、どこまでも残忍で、残酷な生き物なんだよ。


 見かけ上は、高度なシステムにより管理され、平穏極まりないように見えるこの国でも。貧富の差は開くばかりで、裏では今も違法薬物が取引されている。そんな中で、自分の欲望を満たしたいと考えている金持ち連中が、SEXtasyのウワサを聞きつけて。自分たちの欲望を満たすために、こんな『現代の見世物小屋』を作ったんじゃないか……俺は、そう考えている」



 日野は俺の言葉を聞き、「はあ……」と深いため息をついた。そんな馬鹿なと思いながらも、俺の言ったことを否定出来ずにいるのだろう。そして橋本も少し悩んだあげくに、自分の考えを口にした。


「先ほど、日野さんの言った通り。途中までは、ウワサに聞いていたSEXtasyの効能を目の当たりにして、興奮するような思いでした。しかし……その後の映像は、ただもう衝撃でしかなかったです。どこでどう間違えて、こんな薬物を作ってしまったのか……性的興奮を極限まで高め、経験したことのない快楽を味わうことが出来る。その代償が、あの突発的なカニバリズムということなんでしょうか……?」



 そこで日野が、「まあこれも、片山さんと同じく。今ふと思いついた、あくまでわしの考えではあるんだがな」と、橋本の疑問に対する「日野なりの解答」を語り始めた。


「性的興奮を高めたり、精力を増進させる薬品を開発するために、昔から使われていたのが『野生動物のエキス』だってのは、知っての通りだが。『赤マムシドリンク』や『スッポンの何たら』など、昔からその手の精力剤のたぐいには、たいがい何かしらの動物の名前が、冠として付いている。これは、現代に於いても変わらない。やはり、人間がとうの昔に失ってしまった『野生』が、求めてやまない興奮を呼び起こすという思いもあるのだろうがな。


 だからSEXtasyの開発段階で、そういった性的興奮や性的満足度を高めることを、第一の目標に定めていたとしたら。試験的に何らかの野生動物のエキスを用いたであろうことは、想像に難くない。そしてそれは、予想以上に服用後の効能として発揮されたが。同時に思わぬ副作用も生んでしまった。それが、恐らく……『交尾の後に、交尾した相手を食う』という、『野生の本能』の現出だったんじゃないか。


 よく知られている例としては、交尾を終えたカマキリのメスが、オスを食べてしまうという『実例』がある。これは、メスが産卵するために必要な栄養分を、オスを食らうことで接種しているという説が有力ではあるが、実際のところ詳しいことはわかっていない。カマキリ以外には、ある種の蜘蛛にもそういった『交尾後の共食い』が見られる。例えばタランチュラの中には、人をも殺す猛毒を持つ奴もいるからね。そして、そういった『猛毒持ち』の動物のエキスの方が、精力剤としては有効だったりするんだ。マムシの例を挙げるまでもなくね。


 つまり、SEXtasyの効能を高めるために用いられた、何かの動物のエキスが。その動物が持っていた、交尾後に相手を襲って食ってしまうという『本能』をも、SEXtasyに内包させてしまったのではないか……。少々強引な考え方ではあるが、今はそれくらいしか思いつかんな。さっきの映像の女は、まさに『本能の命ずるままに』男を襲い、貪り食っていた。少なくともわしには、そうとしか見えなかった」



 なるほど、な……。SEXtasyの名が知られる一番の理由でもあった、「未知の快楽を体感出来る」という、夢のような効能と同時に。このブツは、恐るべき副作用を持っていた、ということか……。それは、開発を指示した政府筋の奴も、必死に隠蔽しようとするはずだ。逆に、その「夢のような効能」のウワサだけを故意に流して、SEXtasyに関する危険性、それに関する情報を遮断するのが狙いでもあったんだろうな……。



 それまで俺と日野の話の「聞き役」だった橋本が、ここでようやく「自分の意見」を述べた。

「それでは、岩城さんの映像で見たものは、見本市なんかじゃなく。片山さんの言うような、見世物小屋みたいなもの、なのだとしたら。しかも貪り合うようなSEXだけではなく、その後の『実際に相手を貪り食う』のも、SEXtasyによるもの、SEXtasyの持つ副作用だとしたら。この見世物小屋は、本当に『限られた者』にしか知られていないはずですよね? ここに招待されるには、『主催者側』からよほどの信頼感を得ていないと、到底無理だと思います。


 その『到底無理な道のり』を、岩城さんはわずか数日で成し遂げた。私がさっき言ったように、昔からのコネがあるのも大きいとは思いますが。それだけではやはり、『絶対的な信頼度を得る』には至らないでしょう。そのためには……」


 そこで橋本が、「はっ」と思いついたように顔を上げた。


「そのために、カインを相手に渡し。『今後の在庫も手配出来る』と、相手に思わせた。片山さんが岩城さんに渡した『純正品のカイン』なんて、そうそう手に入らない……いや、『ここ』でしか手に入らないかもしれないですからね。つまり……岩城さんの死が、奴らの手によるものだとしたら。もしかすると、カインの製造元である『ここ』も狙われているかも……?」



「なんだと……?!」

 日野が立ち上がって、研究室の外を伺おうとドアの方へ歩み寄ろうとした。そのタイミングで、カオリが「かちゃり」と外側からドアを開けた。


「もうビデオ終わった? なんだかさ、さっきチラっと外見たら。怪しい奴が、辺りをコソコソしてたのよね……」



 それを聞いて、日野と橋本の顔色が「さっ」と変わった。そして俺は密かに胸の内で、「やはり、来たな……」と考えていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る