「岩城……!」


 俺はテレビ画面に映し出された顔を見て、思わず絶句していた。だから、用心しろと言ったのに……。だが、十分に用心をした上で「こうなった」という可能性も否定できない。問題は、「なぜ、こんなことになったのか」だ。



 まず俺はテレビのニュースだけでなく、ネット上での情報もかき集めて、遺体が発見された時の詳細を確認した。発見時間はおよそ、朝の6時頃。ボランティアで町の清掃をしていた老人会のメンバーが、側溝に挟まっている「気味の悪いもの」を見つけた。両の手足がいずれも「あらぬ方向」へねじ曲がっていたので、最初はマネキンか何かを捨てたのかと思ったが、他のメンバーと側溝から取り出そうとして、本物の「人体」だと気付いた。


 それ以降は遺体を動かすことなく、警察へ通報し、現場検証が行われることになった。遺体が発見された場所は、町はずれにある水路の出口付近で、岩城の住むアパートの近所でもあった。恐らくは、酔っぱらった勢いか何かで出口にある水門の上に登り、足を滑らせて側溝に落ちたのではないかと考えられていた。つまり死因は、「事故によるもの」であると。


 いずれ岩城が、合法化されていない薬物の取引に関わっていたと判明し、体内から薬物が検出されれば、事故死という認識は確定的なものになるだろう。だが、俺には。岩城の死はどう見ても、「第三者による、故意のもの」にしか思えなかった。俺たちと「重要な件」でやり取りをして、その実行に取り掛かっていたその最中に、悪酔いしたあげくの転落死などあり得ない。



 だが、ならばなぜ岩城は「消された」のか……? 当初の予定では、SEXtasyのことには触れず、あくまでカインをエサにして政府関係者を「釣る」予定だった。しかし、話しているうちに好感触を掴み、これならいけるかもしれないと、SEXtasyのことも口に出した可能性はある。そこで、「知ってはいけないこと」を知ってしまったのか……?


 いずれにせよ、こうして「犠牲者」が出てしまった以上、俺たちの今後の行動も、更に慎重にならざるを得ない。俺は橋本と連絡を取り、「今後の方針」について話し合った。


『ええ、私もテレビを見てビックリしました……そうですね、私もこれは事故死ではないと思います。もしそうなると、彼が持っていたカインを元に、私たちの存在も嗅ぎつけられる可能性があります。ですからしばらくは、ヘタに動かない方がいいでしょうね。

 しかし逆に、奴らは情報が洩れることを恐れているでしょうから、積極的に奴らの方から私たちに接触はしてこないのではないかとも考えられます。その活動範囲を広げることは、それだけ情報が漏洩する危険が増えるということでもありますからね。ともあれ、用心するに越したことはないですね』


 橋本は日野にも連絡をして、警戒を怠らないよう伝えるとのことだった。橋本との電話を終え、俺は俺自身が「どうすべきか」を、改めて考えていた。……橋本の言う通り、しばらくの間、目立った動きはすべきではないだろう。SEXtasyに関する追及はひとまず小休止して、ほとぼりが冷めるのを待つか。せめて岩城が接触しようとしていた奴の名前でもわかれば、その線から追っていくことも出来るのだが。それが不可能な以上、こちらでやれそうなことは、今はほとんどないかも……。



 俺たちの「作戦」が、一時中断することをカオリも悟り。そして、俺が岩城の死に少なからずショックを受けていることを悟ったのか、カオリはいつもよりも早く、「今日は帰るね、またあした」と、ペントハウスを出て行った。こんな時、俺はひたすら内に籠るばかりで、自分が傍にいてもなんの慰めにもならないことを、カオリも承知しているのだろう。何か事態に進展があるのを期待して、毎日ペントハウスに来ているのだろうが、橋本にも当分会えないだろうし、カオリの足も少し遠のくかもな……。


 そんなことを考えていると、カオリから携帯に電話が入った。まだペントハウスを出てから、5分と経っていない。何か忘れ物をして、今から屋上に戻るのも「めんどい」し、俺に届けてくれってことか? などと想像し、「やれやれ」と思いながら電話に出ると。やはりカオリは想像通り、まだこの建物の1階にいたのだが。その要件は、想像とは全く違ったものだった。



『ねえねえ、帰る前に、何気にあなたの郵便箱、覗いてみたんだけど。なんだか、きっちりフタが閉まってないような感じがしたからさ。そしたら、郵便というか、小包みたいなのが届いてて……無理やり押し込んだから、フタが閉まらなかったのかもだけど。で、差し出し人を見たらね……”岩城”ってなってたの。これ、もしかしたら、死んだ人から来たものってこと?』



 死んだ岩城からの、小包。やはり何か「ヤバい雰囲気」を感じ取り、口を封じられる前に、急いで投函したのか……?!


 俺はカオリに、急いでペントハウスまで戻ってもらい、その中身を確認した。入っていたのはプチプチでくるんだUSB端末で、恐らく何かしらの情報が記録されているのだろうと思い、俺は急いで部屋のノートパソコンで、中身を確認することにした。これはいわば、岩城からの「ダイイングメッセージ」なのかもな……と思いながら。



 USBには、ひとつの動画が入っていた。俺は緊張しながら動画のアイコンをクリックし、再生を始めた。そして……。俺の横で、動画の映像を一緒に見ていたカオリは、途中から「うわあ……」と呻くような声を漏らし、両手で顔を覆った。かくいう俺も、少なからず喉の奥に、「うっ」とこみあげてくるようなものを感じていた。岩城が俺に残した最後のメッセージは、それだけ衝撃的で、凄惨なものだった。


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