第10話 付き纏い

 昼休み。

 俺は同期で同僚の鈴峰絢香と一緒に会社近くの喫茶店を訪れていた。


「いらっしゃいま––––」


 ふと、俺たちを出入り口で出迎えてくれた店員さんの声が途切れた。何事かと思い、振り返ると、昨日居酒屋で余計なお節介を焼いていた大学生くらいの若い女性店員……自称:通りすがりの恋愛マスターさんだった。

 通りすがりの恋愛マスターさんは、また何かを誤解しているらしく、その表情は「信じられない……この浮気者!」と今にでも言いたげな様子。

 別に南とは交際関係の何者でもないし、かと言って、ほぼ初対面の相手に対してわざわざ誤解を解く行動を取るというのもおかしいため、無視する事にした。


「ん? あの子……もしかして東阪さんのお知り合い……とか?」

「いや、別に違うけど?」

「でも、すっごいこっちを睨んでるんだけど……?」

「気のせいじゃないか? とりあえず席に座ろ」

「う、うん……」


 俺たちは店内から外の景色が一望できる片隅の席に腰を下ろした。


「俺はコーヒーにするけど、鈴峰は何にする?」

「ウチもコーヒーで」

「わかった」


 そして、テーブルの片隅にある店員さんを呼ぶベルを鳴らすと、いかつい顔つきをした通りすがりの恋愛マスターさんが伝票を片手にやって来た。


「ご注文をお伺い致しますっ!」

「え、あ、コーヒーを二つ……」

「かしこまりましたっ! ふんっ! ごゆっっくりどうぞっ!」


 通りすがりの恋愛マスターさんは最後に俺のことをキッと睨みつけると、地ならしのごとく大きな足音を立てながら去って行った。


「なんなの……あの店員さん? お客さんに対しての感じ悪いし、後でクレームでも入れとこ」

「あー……うん」


 一瞬止めようと思ったが、あの通りすがりの恋愛マスターさんとは昨日居酒屋で出会ったばかり。ましてやまともに会話したことすらないため、庇う義理は当然ながらない。

 少し場をかき乱された感はあるが、俺はさっそく本題を切り出した。


「ところで鈴峰。今朝言ってたあれの意味はなんだ?」


 出社するや否や突如として鈴峰から「ウチの彼氏になってくれないかな?」と告白された。単純に考えれば、言葉のままの意味なのだが、おそらくは別に理由があるのだろう。

 鈴峰は小さくため息を吐くと、灼熱の炎天下にさらされた外を見つめる。


「ウチ、少し前からしつこく付き纏われてるの」

「付き纏われ……って、ストーカーか?」

「ストーカー……とは、少し違うかな? 言い寄られているというか、何度も断りを入れてはいるんだけど、なかなか諦めてくれなくて……」


 なるほど。要するに偽の彼氏を作る事によって、そいつが諦めるように仕向けようとする作戦か。

 だけど……


「大体の事情はわかったんだが、そういうのはまず人事部だったり、そいつが所属している部署の上長に相談するべきだと思うんだが?」

「そうしたいのは山々なんだけどね。相手が……」

「ん、誰なんだ?」

「営業部の葛山くずやま部長、なんだよね……」

「葛山……だと!?」


 一年半前。俺がまだ営業部のエリートとして活躍していた頃の直属の上司……葛山克彦くずやまかつひこ

 葛山は俺が直接左遷させられる原因になったあるミスに関して、言い分をなんぴとたりとも聞き入れてくれなかった。

 後々の話では当時俺が付き合っていた彼女との間で愛人関係が成立していたらしく、その元彼女は今となっては営業部の課長に昇進している。この事実から証拠はないにせよ、裏で俺を嵌めてどん底まで突き落としたのはこいつらなのではないかと考えてはいたのだが……


「と、東阪、さん? どうしたの? 怖い顔して……」

「え、す、すまん。なんでもない……」


 気がつけば、俺は手のひらに爪の跡が食い込むくらいの拳を作っていた。

 俺を嵌めたやつが葛山であるという確証がない現状としては、下手に復讐を考えない方がいいだろう。

 ––––とりあえずは葛山の手から鈴峰さんをどう守るかだけを考えよう……。

 葛山は上層部と太いパイプを持っているくらいに信頼度が高い。よって、人事部に相談したところで上手いように言いくるめられて、逆に鈴峰さんが不利益を被ってしまうということもあり得なくはない。


「俺ができることはたぶん少ないと思う……」

「で、ですよね〜」

「けど! できる限り、鈴峰さんに被害がかからないように守ってみせるから少しは安心してほしい」

「東阪さん……」


 鈴峰さんは頬を若干赤く染めながら、嬉々とした表情を見せる。

 と、その時、注文していたコーヒーが届いた。


「お・ま・た・せ・しましたぁ〜! コーヒー二つでございま〜す!」


 ドンっとカップの中に注がれているコーヒーが溢れてしまうのではないかというくらいの勢いで通りすがりの恋愛マスターさんはテーブルの上に並べてくれた。


「伝票はこちらに置いておきます〜。それではごゆっっっくりどうぞっ!」


 通りすがりの恋愛マスターさんが去って行った後、俺はコーヒーの中に備え付けのミルクとシュガーを投入する。


「ほんとあの店員さん態度悪すぎでしょ。ね、東阪さん」

「あはははは……そう、だな」


 視線を感じたため、チラッとそちらの方を見ると、あおすじを立てた恋愛マスターさんがジトーっと睨みつけていた。

 気にするだけ無駄だと思いながらも、コーヒーを飲むべく、カップを持ち上げた時、小さく折り畳まれたメモ用紙を発見した。

 さては悪口でも書いているのだろうかと思いながらも、中身が気になったため、鈴峰さんにバレないよう確認すると……


––––このヤリチン! 見損なったぞ!

                居酒屋にいた通りすがりの恋愛マスターより––––


「勝手に言ってろ!」

「え……急にどうした?」

「あ、いや、独り言、かな……あはははは」

「ふ〜ん……東阪さんも意外とお疲れなんですね〜」


 反射的につい思わずツッコミが口に出てしまった。

 というか、俺ヤリチンじゃねーし。なんなら、童貞だし……。

 二十六歳にもなってまだ一回も初体験をしていない俺、そろそろ風俗にでも行ってみた方がいいのだろうか。



【あとがき】

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 質問なのですが、1話あたりの文字数はやっぱり3000文字くらいあった方がいいですかね?

 漫画動画のシナリオ作成とかで結構時間が取れなくて難しいですけど……。

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