第6話 都合の良すぎる世界2

「お前は疑問に思った事がねえか?」


「!」


「例えば、…『食料』について。」


「……… …え?」



 自分の考えていた疑問と違う角度の疑問を投げ掛けられ、オルカはキョトッと瞬きをしたが、とにかく店主の話を聞こうと思った。

今彼が話してくれているものは全て、オルカにとっては授業より何よりも楽しい話だったのだ。



「食料に、…疑問?」


「そうだ。お前だって好きだろ?『肉』。」


「……うん。」


「そのまんまステーキで食ってもウマイ!加工も出来てハンバーグにも煮物にもパイ化ける…みーんな大好きなお肉!

…あれ、そもそも何だか知ってるか?」


「……え?」


「ありゃな、…『動物』なんだ。」


「………えっ!?」


「俺らはな?、『生き物を食べてる』んだよ。」



 オルカは驚愕しバシッと口を塞いだ。

 この世界には市場が存在し、人々は生活に必要な物をそこで買い、日々生活している。

食料だって主にそこで購入する。

肉、野菜、フルーツ、それらが食べ物であり必要不可欠な物というのは誰だって理解していた。

だが、それらが元々どんな物だったのかを知る者はいない。

元々はどういう形をしていて、どんな生物だったのかなんて、誰も知らないし気にも止めない。


例えば今店主が話したように、肉と呼ばれる物が生物であったことは疎か、動物だったなんて…、寝耳に水もいいところだ。



「ど、動物は、……絶滅したんじゃないの…?」


「ああ。ほぼほぼな。」


「…じゃ、じゃあ、……え?

なん…何を、…『動物を食べてる』…って、……」



 言葉にならない程驚愕し顔色を悪くしたオルカに…、店主は強い眼差しで向き合った。



「………逃げるな。」


「…!」


「いいかオルカ。生物っていうのはな?、必ず他の命に生かされているんだ。」


「……他の…命…」


「そうだ。このトンボだって他の生き物を食べて生きていた。」


「!」


「これは、どんな生き物にも共通する理だ。

命を繋いでいくには命が必要なんだ。

…この石まみれの無機質な世界に囲まれ見失っているがな、『生きるとは食べること』であり、『食べるとは命を取り込む』ということなんだ。」


「…… ‥」


「それをしっかり理解しねえといけねえ。

だから手を合わせ言うんだ。『頂きます』ってな。

これは命を取り込む儀式なんだ。

自分を生かしてくれる生物への感謝なんだ。」


「!! ……感謝。」


「お前は今まで食べられること。…すなわちお金があることに感謝していたろ。

…それは間違ってはないが、正しくはない。

本当の頂きますっていうのはな?

自分を生かす全てに感謝することなんだよ。」


「…………」


「…それなのに、この事実を誰も知らない。

…お前が好きな肉の正体は『牛』だ。」


「!!」


「牛っていう動物だ。…この地区の遠い遠い端の方でな?、家畜として育てられている。」


「……『ウシ』…『カチク』…」



 店主は頬杖を突き、おかしな話だろ?…と眉を寄せた。



「この世界ではなんでか家畜は動物ではないんだ。」


「! ……だから…」


「そうだ。動物は絶滅したことになってる。

…それなのに誰もが当たり前に食ってるんだ。」


「………」


「野菜だって生物だ。

…そこの木と同じ植物なんだ。

人が食べる為に作ってるのを野菜と呼んでいるだけ。

大きく分けりゃ植物なんだよ。」


「…………」


「……俺が分かんねえのはな?

何故動物も植物も絶滅したこの世界で…、何故家畜と野菜だけは存在しているのか。だ。」


「…!」


「……それは余りにも、人類に都合が良すぎなんじゃねえか?」


「……………」




……彼の言う通りだと思った。


本当にウシという動物が存在しているなら…

動物は絶滅していないじゃないか。


野菜が植物だなんて。……

そんなの、一度も聞いたことが無い。

学校の授業でも、慈善講習でも、…一度も。


もし、もし彼の言う事が事実なんだとしたら…

本当に…都合が良すぎる。

あまりにも、人類に都合が良すぎるだろ。




 動揺し、深くゆっくりと息を荒げながら必死に思考するオルカに、店主はクスッと微笑んだ。



「…まっ!、その辺もひっくるめてロマンなんだけどなっ?」


「!」


「頑張って制服着てよ?、いつか地域を越えてみろ?

この世界にはな!お前の知らねえモンがいーーーっぱいあんだから!」


「…!」


「……お前らは可哀想だ。

昔は地域を横断なんて誰だって出来たのによ?

今じゃ制服を着なきゃ地域から出ることさえ許されないときた。

まあ俺らみたいな商人なら許可証さえ買えば出入り出来るがな?

ハッキリ言って破格だ。…オススメは出来ない。

…誰もが政府を盲信しているが、俺には出来んよ。

……まるで、飼い慣らされてるみてえで。」


「!」


「お前は俺のロマン仲間だろ?

だからなんつーのかね? ……

知っていてほしかったのさ。」



 それなら、本当に分かる気がした。

『あのさ!』…とオルカが口を開こうとした瞬間、店主はピッと時計を指差した。



「つーわけで閉店でーす!」


「……あっ!?」


「はは!、悪いな長話に付き合わせちまってよ!」


「あ…ううん!  …楽しかった。」


「…!  …そうかい。」


「うん♪」



 ホクホクと…ドキドキと、…ゾワゾワと。

不思議な鼓動を抱えつつ、オルカは鞄を持ち名残惜しそうに化石達を見つつドアに向かった。



……ガチャン。



そして開けると、ふと振り返った。



「……ねえ店長?」


「…ん?」


「『冒険』て言葉、……知ってる?」


「!」



 店主は微かに目を大きくすると、パチパチと瞬きをした。



「…なんだそりゃ?」



 オルカは『なんでもないよ?』…と、目を閉じて笑った。



「なんとなく。」


「…そっか。気ぃつけて帰れよ!」


「うんありがと。また来るね!」



 トアが閉まると店主は鼻で溜め息を溢し、店じまいし、『…焼き肉でも食うか。』…と家を出た。





コツ…コツ…  タッタッタ!



 オルカは無性に駆け出したくなった。

なんとなく体がソワソワと興奮し落ち着かないのだ。


 玄関の鍵を開けると真っ直ぐに化石コレクションの前に座り、ホタル石をつけた。

明かりを浴びてキラキラと輝く化石達が、『私達はちゃんと生きていたんだよ?』…と訴えてくるようで…、胸に熱が燻った。



「……あんな疑問を抱える人も居るんだ。」




…そうだよね。…そうなのかもしれない。

みんな口には出さないだけで、本当は色んな事に疑問を抱いているのかもしれない。




 妙に嬉しい気分だった。…救われた気分だった。

『自分だけじゃないよ』と言ってもらえたような。

こんな熱が胸に宿るのは、初めてだった。






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