硝国のカファロベアロ

ファーアウト

1章 僕だけが感じる違和感

第1話 彼だけが感じる違和感

カチ… カチ… カチ… カチ…



…またこの音だ。


眠りから目覚める間際、時折聞こえる不思議な音。


眠っているのに…、何故か分かるんだ。

自分は今とても深い眠りの中に居て…

そして、…『目覚めたくない』と望んでいると。



カチ… カチ… カチ… カチ…



……何故、そう思うんだろうか。





ピー! ピー! ピー!



「…!」



 目覚ましの音に少年は目を開けた。

途端に『音』は何処かに消え失せ、少年は目元に腕を乗せゆっくりとため息を溢し、枕元に置いてある拳程の大きさの石をトン!…と叩いた。

 また静かになった世界でボーッと天井を見つめ、少年は小さく溜め息を溢した。



「……そりゃ、目覚めたくもなくなるよね。」



 そして鬱々と体を起こすと、洗面所に赴き顔を洗い、歯を磨き、朝の仕度を整えた。


 鏡に写る自分の瞳をじっと見つめると、少年は首を一捻りした。



「なんでなんだろ。」



『まあいいか』…と手に持ったのは毛染めスプレーだ。それを髪に満遍なく噴射し茶髪に染めると、今度はカラーコンタクトを目に入れた。


 こうして、普段は白グレーなのに陽を浴びると虹色の様に輝く不思議な髪の毛と、燃えるような深紅色をした元々の見た目を隠すのが、彼の朝の日課だった。


『茶髪に茶色い目』となった今の彼こそ…、彼を取り巻く世界の彼そのものだ。

 品行方正で知的なオーラは、カラコンを入れる事で童顔けが増し、茶髪もそれを増加させた。



「……あっ…と。」



 身仕度をしていたらチェストに腕が当たり、少年は暫しじっと棚を見つめた。

そして時計をチラッと確認すると、『まだ余裕あるよね?』…と一番上の引き出しを開けた。


このチェストは成人祝いとして、彼の出身である孤児院のシスターがくれた物だった。



…カタン。



 引き出しを開けると、小さな音を立てながらクラスター型の石が棚の中を転がった。

どうやら乗せていたクッションから引き出しを開けた衝撃で転がってしまったようだ。

 その石は普段は水に黒の絵の具を溶かしたような薄い黒色なのだが、自分の髪の毛と同じ様に太陽の光に当てるとキラキラと白く輝き虹色に光る美しい石だった。

形もクラスター型で男心をくすぐる。

サイズはそんなに大きくなく、太さ3センチ、高さ6センチ程の物だったが、『出自不明な自分が唯一持っていた物』で…、愛着があり、少年はこの石を大切にしていた。


 少年は石を手に持ち、…目を閉じた。



………カチ…  …カチ…



 するとまた『あの音』が脳裏に甦ってきた。

目覚める間際のまどろみで聞こえるあの音が…

不思議とこの石を持てば耳の奥で鳴り出すのだ。


 正確に一定の間隔で鳴るその音は、聞いているととても心地好く、不思議と朧気に記憶する母親の姿を自分に思い出させた。



「………」  (……きもちいい。)



『ずっと聞いていたい』『この世界の中に居たい』。

そんな感覚に浸り、ふと目を開け時計を確認すると……



「!?ウッソでしょ!?」



 彼が家を出ねばならない時間をとっくに過ぎていた。

少年は『うわわわ!?』…と慌てて石を棚に戻し乱暴に閉め、鞄をガシッと掴むと猛ダッシュで家を飛び出した。


 彼が時計と呼んだ物は、丸い石の中心に太陽のような彫り物がある、針の無い物だった。

針の代わりに島のような形のシミが動き、時を報せてくれる。


…これが、この世界の『時計』だ。




タッタッタッ!  ガラッ!!



「おはよ…!!」



 裏道を駆け抜け、人の家の塀を乗り越え…。

そうやってショートカットしたお陰か、どうにか仕事の時間に間に合う事が出来た。

 彼の職場は家からそう遠くもないカフェで、マスター、その奥さん、そして同級生が一人働いているだけの小さなカフェだった。

二階建てで、一階がカフェに。二階はマスターと奥さんの住居スペースとなっている。


 遅刻寸前で飛び込んできた少年に、同級生であり同じ孤児院出身の『ヤマト』はニヤニヤ笑い、「ギリセーフ!」…と背を叩いた。



「なになに寝坊~?」


「違うよちゃんと起きてたよ!」


「じゃあなんでギリギリなんだかっ?」


「……ちょっと、……ボーッとしちゃって」


「おうオハヨウ?」


「あ、マスター!」 「おはようございます。」



 この店のマスターは非常に体躯が良く、イカツい。

上背は190センチ超え。

鍛え上げられた体は『固い』『ヤバイ』『ザ・漢』…とでも言うかのように筋骨隆々で…、正直カフェのマスターというよりも、ファイターや警護業。…もっと言うなら傭兵の方が似合うような男だった。

 名前は『茂』(シゲル)。…名前も渋い。

…が、非常におおらかで優しく面倒見が良く、この辺りでは『シゲちゃん』という愛称で愛されている、御年50才の御仁だ。



ズモモォ…  ←マスターが近寄った音



「なーんだよ湿気たツラしてよお?

また寝不足かコレ食えってんだよ『オルカ』~?」


「あ、…いいんですか?」


「なに、お前またメシ食ってこなかったん?

…こりゃアレだな。マスターに賃金上げてもらわにゃ?」


「あ…?、俺ぁテメーらにゃたっぷりくれてやってんだぞ有り難くコレも食えやチビガキ共ぉ?」


「べ…別に金欠じゃないよ!

…本当にちょっとボーッとしちゃって。」


「……お前ってボーッとしてばっかな(笑)?

ガキの頃からしょっちゅうボーー。…ボーー。

ボケェ~~?? …ってさ!」


「ザケんなよヤマト!?」


「…てか、磁場のせいじゃね?」


「…え?」



 ヤマトに差されて店の時計を見てみると…

時間を表す島の形のシミが妙な動きをしていた。

今さっきまで朝を示していたのに…、今や半日戻り深夜を示している。

 オルカは『道理で』…と項垂れた。



「『磁場狂いの時期』だったか。」


「まあよくある事じゃん?

よく起こるってことは当たり前って事!

つまり?、磁場狂いの時期の遅刻だの寝坊はノーカンってね? …ドンマイっ?」


「………うん。」



 オルカは『よくある事』『当たり前』というヤマトの言葉に、そうだろうか。…と口を閉じた。



(この世界は、何かがおかしい気がする。)



「すみませーん!」


「あ…はーい!」



 オルカは『いかんいかん仕事しなきゃ』…と頭を切り替えた。


 彼は今までずっとこんな『違和感』と共に生きてきた。


 オルカは物心ついた頃には孤児院に居たのだが、活発な子供だったのにある程度大きくなるまで外で遊ばせてもらえなかった。他の同い年の子も、年下の子も、年上の子も外で遊べるというのに…、何故か彼だけは屋内でシスターと過ごした。


 シスターは当時その理由について、『珍しい髪の毛と目の色だから皆がビックリしちゃう』…とオルカに説明していた。

『ビックリなんてしないよ』とムーっとはしたが、あまりシスターを困らせてはいけないと、オルカはずっと我慢し続けた。

皆が外から帰ってくれば遊べたし、彼の制約などその程度だったのでどうにか我慢できたのだ。


 そんな幼少期を終え小学校の入学を控えると、シスターが彼にプレゼントをくれた。

それこそがカラーコンタクトと髪染めスプレーだった。



『コレで上手に髪を染めちゃえばお外行けるよ?』


『ほんとっ!?』


『ええ本当。…茶色…で、よかったかな?』


『うん!…うんっ!!』



『茶色い髪』『茶色い瞳』というのはこの国では最も多い配色だった。

 今思えば、きっと値段も一番安かったのだろう。

それでもオルカは心の底から喜び、シスターに言われたようにしっかりと髪を染める練習をした。

毎朝毎朝やらなければならないのは大変ではあったが、外に行けるという感動の方がよほど勝り、オルカはすぐに地毛を隠せるようになった。


 苦戦したのはカラーコンタクトだ。



『…ほら、ちゃんと冷やして?』


『……もういいかな?』


『うん。じゃあ指先に乗せて…そーっとね?』


『…………  …こわいっ!!』


『ほら頑張ってっ?』



 そのカラーコンタクトは特殊な硝子で出来ていて、温度の高い物にペタリと密着する物だった。

故に、目に入れる前に指の温度を冷やさなければ、眼球に張り付ける事は出来ない。

外す時は逆に指先を温めコンタクトに軽く触れれば、簡単にペロリと指にくっついてくれる。

…そんな仕様だった。

これが子供にとってはなかなか恐ろしい作業で、髪染めとは違い四苦八苦したが…、やはり『外に行きたい』という気持ちが強く後押しし、どうにかマスター出来た。



『いーいオルカ?、外に出る時は必ず髪を染めて、コンタクトを入れてからよ?

これが出来ないならお外に出ては駄目。…いい?』



 シスターは何度も何度も、口が酸っぱくなる程そうオルカに言い聞かせた。

『皆がビックリしてしまうから』

『驚かせたら可哀想でしょ?』

『オルカだって、目の色が珍しいってだけで意地悪されたら嫌でしょう?』


 シスターの言葉には半信半疑のオルカであったが、いざ外に出てみて、痛感した。

本当に自分と同じような色の瞳、髪を持つ人が居なかったのだ。


金髪、茶髪、白髪……などなど、人々の髪は色とりどりではあったが、誰の髪も太陽の光で輝く事はなく、色も変わったりはしなかった。

瞳の色についてもそうだ。

青、グレー、茶…など、やはり色んな瞳の色があったが、自分のように『深紅の瞳』、『赤い瞳』というのは自分一人だけだった。


 幼いながらにオルカは『シスターは正しかった』と思った。

 孤児など珍しくはなかったが…、やはりイジメの標的にされやすく、立場としては弱い。

 普通の家の子供のように家庭教師を雇ったり…なんて当然出来る筈もないし、普通の家の子が勉強しているような時間、シスターの手伝いをしている事も多い。


『学力の差』『孤児というレッテル』。

 只でさえ弱い立場の自分が『おかしな見た目だったなら…』と考えたら、オルカがシスターの言葉を疑う事はもう無かった。


 そんな見た目の違和感に始まった違和感は、度々オルカに首を傾げさせた。


 例えば、小学校一年生の時だ。

それは地理の授業だったのだが…、『自分の国を知ろう』という授業が行われ、黒板に地図が張られた。

 地図は四隅を白モヤで曖昧にされており、その白モヤの中に少し横長の大陸が書かれていたのだが、それを見たオルカは授業中だというのに笑ってしまった。



『なんか『オーストラリア』みたいだねっ?』



 クラスメイトも『ほんとだー!』…とくると思っていたのだが、クラスは一瞬でシンとしてしまった。

先生が首を傾げ、友達も首を傾げ…『オーストラリアって何?』…と笑った。


 オルカは『えっと!?』…と焦った。

クラスメイトだけならまだしも、先生まで笑っているのだから。



『……えっと、……なん…だっけ💧』


『なにそれー!』 『へんなの~!』


『ほーら皆静かに~!

きっとオルカは夢でそこを見たんですよ~!』


『そ、……そう…かも…しれません💦!』


『ふふっ!、よく寝るのはいいことだけど、今は授業に集中してねっ?』


『は…は~い。』



 …顔を真っ赤にしつつよくよく考えてみれば、確かに『オーストラリア』なんて…覚えが無かった。

それが何を差す言葉なのかすらよく分からなかった。

それなのに口を突いて出て……

オルカ自身、とても不思議だった。



 他にも山程の違和感と共にオルカは生きた。


 この世界の『時計』はとてもザックリで…、先にも話した様にシミの位置で時を計る。

故に彼が今朝抱いたような遅刻だのの概念はとても緩く、多少の誤差など誰も気にはしないのだが、皆ザックリな時計の中のシミの絶妙な位置でそこそこ正確に時を計っているので…、大幅に遅刻してしまえば怒られてしまう。


 『朝』とは朝日が昇った頃を差し、『昼』は太陽が真上にある時を差す。

『夜』は夕日が沈んだ頃を差すので…、『正確な時間』という概念が無い。


更には磁場により狂いさえ発生する。


これにさえ皆慣れっこで気に止めもしない。

生まれた時から『こう』なのだから…

そんなもんだ…と順応している。


だがオルカは、それがひたすら違和感だった。



(『時間』ってもっとこう、…正確で。

『時計』も…もっとこう…繊細な…形をしていて。

……こんな、全国共通の形、機能じゃなくて…

もっとこう、……こう………… )



 …だが、正確なビジョンは浮かばない。

これもオルカにとっての違和感だ。


何かがおかしい、何か違う気がするのに…

『じゃあどんなのが普通なの?』…と問われても答えられないのだ。


 彼はずっとこんな、漠然とした違和感と疑問を感じ生きてきて、そしてこの先もずっと、こんな疑問と違和感に付き纏われるのだろうと思っていた。





第一話読んで頂きありがとうございました!


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