4部 3話 望まぬ再会

雪子はバイパスの上を走る。

普通に走るだけなら、渋滞待ちをした方が早いに決まっている。


だけど雪子は、渋滞待ちをするよりも足で移動する方が早いと判断した。

両手を前に出して妖力を手に込める。


「氷菓、氷蘭。力を貸して」

雪子の指に付けた指輪が光り、氷の剣に形を変えた。


妖気を解放し、剣精霊達に身体強化される。

人間の身体能力では、車の速度に勝てるわけが無い。


だけど妖力によって身体強化された体で、しかもアメリカのような大国ではなく、島国の速度制限が100キロ以下の日本では車の潜在能力を充分に発揮出来ない。


故に50キロで走り続けることが出来れば車が無くても移動には困らない。

剣精霊の力によって、今の雪子は最高時速60キロを出すことが出来る。


体力だって並ではない。1時間くらいなら同じペースで走ることが出来る。

だから、1時間圏内である目的地に行くとなると車がなくても移動することが可能だ。


時間的に大体、20分程で目的の山に到着した。

「ここから禍々しいオーラを感じる」

妖気の漂う山、1度入ってしまったら抜け出せなくなるような危険を感じる。


入るのを躊躇してしまいそうになるが、そう言ってはいられない。

拓狼の妹である春香が人質に取られているのだから。


家族を失う苦しみをよく知る雪子。花子達に同じ思いをさせたくない。

身寄りのない自分を受け入れてくれた、そんな優しい家族のために、怖いのを我慢して山の中に入った。


辺り一面真っ暗だが、見えないことは無い。

いや、むしろ昼よりはっきりと、視界に映っている。


これも妖怪の力なのだろう。

今まで人として生きて来た時は感じなかったが、妖気を解放したことによって妖力が徐々に己の身に定着していったのだと。


だけど、それはそれで見たくもない嫌なものを見ることもある。

30分くらい森の中を歩き回っていると、何かに足を取られた。


「イタ、何よ一体」

つまづき転んだ雪子、何に足を取られたのか、気になって視線を向けると、それは白骨化した人間の死体だった。


「え、嘘でしょ」

こんなところに人の死骸があるなんて思ってもみなかった雪子。


白骨化した死骸は元の顔の形を留めていないから男か女か全く検討もつかない。

着ている服が所々解(ほつ)れているがハイキング用の服とトレッキングポールと言う杖が2本置いていあるだけ。


登山中に道に迷ったのだろう。そう思えるが山登りに慣れた人間がそう簡単に山の中を遭難する訳が無い。


「やっぱりこの山おかしいわ」

そして気がつけば、雪子も山の中で方向感覚を失いつつあった。

「あれ、私、どっちから来たんだっけ」


妖気の濃い森の中、戸惑いながらも雪子は足を進める。

所々に人の死骸が転がっていて、恐怖が増して来る中、己の身に悪寒がした。


いや、これはどちらかと言うと、殺気に近いものだ。

「氷菓」


素早く指輪を剣に変えて、殺気の方向に向けて振り上げると、キン、という音がして何かを弾いた感覚がした。


辺りに視界を向けると地面に弓の矢が突き刺さっていた。

「この弓矢は、まさか」

その矢に身に覚えがあった。


「貴方、こんな山の中に1人で来て、どういうつもりかしら」

聞き覚えのある声。


その方向に視線を向けると、真凛が弓矢を持ってたっていた。

「私はただ、攫われた女の子たちを助けに来ただけよ」


「そんな言い訳が通じるとでも思ったの、さっきの狼男もそうだけど、下手な嘘を付いて同情を誘おうとする変な妖怪ばかりね」


「狼男、まさかそれ」

拓狼が来ていた。やっぱりと思った雪子は声を荒立てて話し始めた。


「ねぇ、その狼男。どこに行ったの」

「知らないわよ。私の油断を誘って、目を離した隙にどこかに消えていたわ」


この森の中は簡単に迷う。

真凛も迷った人間の内の1人だ。

「さては、さっきの狼男は貴方の仲間ね。妖術を使って人間の方向感覚を狂わせて、どうするつもりよ」


「どうするつもりって、私がこの結界を貼ったわけじゃないわ」

「言い訳しないでよ。あなたじゃなくてもあなたの仲間がこの結界を貼ったんでしょ」


雪子がどんな言葉を出しても、聞く耳の持たない真凛。

自分の思考を簡単に曲げない人間だからこそ、拓狼は説得するのではなく逃げる選択肢をとったのだ。


「学校の時は、昼間であり、結界内とはいえ人が多い所ところだからあんまり大事(おおごと)に出来なかったけど、今回は思う存分やらせてもらうわよ」


そう言って、真凛が霊符を持ち力を込めた。

すると真凛の髪色が黒から鮮やかな紅色に変化していく。


明らかに闘争心が剥き出しになっている。

「これは私も本気でやらないといけないわね」

真凛の様子を見て雪子も力を込め、髪色が白に変わり本気になる。


昼間の戦いとは違い、真凛は本気の表情をしている。

相手を殺そうとする。そんな殺気が全身に漂っていた。


『殺る気で戦わないと。こっちが死ぬ』

そう直感した雪子。

左手にも氷蘭を構えて、臨戦態勢を取る。


「火矢雨」

無数の火の矢が再び雪子に襲いかかる。

しかも今回は以前の戦闘時とは比べられないほどの数が降ってきた。


「おりゃ」

雪子は氷菓を力を込めて矢の飛んでくる方向に振り回す。

それが氷の刃となり、炎の矢を、全て弾き飛ばした。


「2回も同じ手が通用するか」

そう言って視線を戻すと、真凛の姿がその場から消えていた。


「うそ、何処に」

辺りを見回すけど、何処にも見当たらない。

「いや、移動して隙を狩るなら、取る手は2つしかない」


首で見回せる所にいるわけが無い。

しゃがんで懐に入る戦法は、身長差がある場合に限り有効あり、ほぼ同じ身長差の相手には決定的な有効打にはならない。


だから後ろに回り込むか、上空から攻撃を仕掛けるかの2択しかない。

周りの音に全身を持って耳を傾ける。相手を見つけられない以上、1つの音の聞き逃しが、命取りになる。


(何処から仕掛けてくるのか音で判断するのよ)

すると微かにだが後方上空から木の揺れる音、そして何かで風を切る音がした。


雪子はその場でしゃがみながら後ろに振り返ると、真凛が小刀を空振りしている。

「気づかれた」


追撃が来る前に右手に持った剣で、反撃にかかる雪子。

だけどそれを見切られてしまい、仰け反りになりながら剣先を交わす真凛。


そのまま後方へ、体制が崩れないようにバク転を2回ほど繰り返す。

距離を取り再び殺気を向けてくる真凛。


「意外とやるわね」

気を抜いた瞬間に首を駆られる場面。

この戦況の中で雪子は確信した。


この戦いどっちかが死ぬまで終わらない、真凛は雪子を殺すまで戦いが止めないという事を。

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