第30話 ご対面

 ─ところ変わってここは『安土城天守閣』。


 織田信長こと魔王はウキウキしながらある人物が来るのを首を長くして待っていた。

 もう日も傾き始めているから、多分そろそろだろうとソワソワも止まらない。

 そこへ

 「君さ、今日まる一日仕事もしないで何考えてるの?また僕の仕事増やしたいわけ?」

 と、羽柴秀吉(だが、中身は吸血鬼)が腕を組みながら部屋に入って来た。

 魔王は

 「例の『ブツ』が今日届くのを待ってんだよ。仕事は明日やるよ(多分)」

 と、言ったが、ワクワクもソワソワも吹っ飛んだ。

 「ああ、一流の『茶器』とか言うやつ?いつから茶器そんなものに興味持ったのさ?」

 吸血鬼は呆れ顔だ。

 「一流は一流の物を持ってこそ一流なんだよ。」

 魔王は鼻を鳴らしてドヤ顔をした。

 それを見た吸血鬼はため息をついて

 (一流って…こだわってんのそこかよ。)

 と、思ったが呆れて言葉を失っていると


 ─ドタバタドタバタ!


 と、物凄い足音をたてて誰かが天守閣ここに上がってきた。

 吸血鬼と魔王は足音のする方を見ると、そこには息を荒げた明智光秀(の皮を被ったヴィリー)がいた。

 「ヴィリー?なんか用か?」

 と、魔王。

 「ヴィリー、もっと静かに来られないの?」

 と、吸血鬼。

 「おめぇたちに用はねぇ。ちょっと廻縁まわりえん借りるぞ!」

 ヴィリーは部屋を突っ切って廻縁に行くと、手のひらから『蝶』を召喚した。

 物凄い数の蝶は城下町中に広がった。

 「どうやら何か探し物みたいだから放っておこう。」

 と、吸血鬼はコイツはコイツで自分勝手なヤツだな、と言いたげな顔をしたが、どうせ言うだけムダだと分かっているのでそれだけ言った。

 すると、魔王の小姓がすっと現れて

 「信長様、『近江屋』が参りました。」

 と、告げると、魔王の顔は「パァ」っと明るくなり

 「すぐ呼べ!あと秀吉、お前ももう下がっていいよ。」

 と、言った。

 「はいはい、分かったよ。」

 吸血鬼はそそくさと部屋を出ると、『近江屋』と呼ばれていた男がいた。

 男は大きな籠を背中に背負い、手には木箱を持っている。

 「秀吉様、お世話になっております。」

 と、近江屋は深々と頭を下げた。

 狸っぽい見た目のぽっちゃり系のオッサンだが、決して性格は『狸親父』ではなく、品行方正で街の為に商売を行っている商人だ。

 「近江屋も大変だね、信長様はワガママだろ?」

 吸血鬼は近江屋の肩をポンと叩いた。

 「いえいえ、信長様の『13条の掟書』のお陰で、尾張と同じ様にこの町でも商売ができます。ありがたい事でございます。」

 と、近江屋は深々と頭を下げた。

 「そう?それならいいけど、あまりにもわがままが過ぎるようなら僕に言ってね?何とかするからさ。」

 吸血鬼はニッコリ笑ってその場を去る。

 近江屋は部屋に入って、今度は魔王に挨拶をする。

 「信長様、お待たせして申し訳ありません。こちらが例の『茶器』でございます。」

 と、木箱を魔王に差し出した。

 魔王はニコニコして

 「おお!これが!」

 と、木箱を開けて中身を取り出す。

 手に持って食い入るように茶器を眺めていると、近江屋が

 「信長様、いかがですか?」

 と、ニコニコしながら聞いた。

 魔王は

 「うん、気に入った!」

 と、言ってはみたが、実のところ良さはさっぱり分かってはいない。

 『模様が気に入った』と言うだけである。

 何しろ『一流』であればなんでもいいのだ。

 魔王はふと、近江屋が持ってきた籠に目を移した。

 「近江屋、それはなんだ?」

 茶器をそっと横に置きながら聞く。

 すると近江屋は籠を魔王の前に出して、

 「実はですね…私の友人が坂本の町で商売しているんですが、最近『化け猫騒ぎ』が頻発しているらしく、様子を見に行ったのです。」

 と、少し困り顔をした。

 「化け猫ねぇ…。誰かが『猫の恨み』でも買ったんじゃないのか?んで、その化け猫が何かしたのか?」

 魔王はしれっと言う。

 「あー、いえ…それが…。その化け猫を見たものは全員口を揃えて…『織田信長はどこだ?』って聞くだけなんだそうなんで…。」

 近江屋が恐る恐る言うと、魔王は首を傾げて

 「俺?俺猫に恨み買うような事したかな?どんな猫だ?」

 と不思議そうに天井を仰いだ。

 「見たものの話だと、いつも暗がりからこっちを見て、目だけしか見えなかったようで、どんな模様なのかも分からず…ただ分かっているのは『人に化ける』って事くらいでして…。」

 近江屋は俯いて頭を掻いた。

 「ほほう?人に化けるのか…って事は『化け猫族』か『猫又』か…?で、それが人でも襲ったか?」

 魔王はあぐらをかき直し、茶器を木箱にしまいながら聞いた。

 近江屋は否定する仕草をしながら

 「いえいえ、襲われたという事はないのですが、その話が瞬く間に広がって、その町では客足が…。」

 と、言うと、魔王は

 「まぁ化け猫くらいなら光秀が何とかするだろう。」

 と、ヴィリーに聞こえるように言って丸投げる。

 廻縁で話をコソコソ聞いていたヴィリーはビクッとした…と魔王の脳内で動くヴィリーの反応にほくそ笑む。

 「ええ、私もそう思って友人にそう伝えて帰る途中で、この子を拾ったのです。」

 と、近江屋が籠の蓋を開けながら言う。

 「大分腹を空かせていたらしく元気がなかったので、私は猫好き…。人は襲わない化け猫が猫を襲わない保証もなく、ほおっておけなくて…。」

 近江屋の籠の中には目がクリクリの猫の姿があった。

 魔王が身を乗り出して籠の中の猫を見ると、猫は魔王の顔をじっと見つめて

 「にゃーん?」

 と、鳴いた。

 「か…かわいい!」

 魔王の顔がゆるんでにんまりする。

 「とりあえず、家に連れ帰ってご飯をあげたら元気になったのですが、家内が大の猫嫌いでして、うちで飼うこともできずにいたのですが、信長様は大の猫好きと聞きまして連れてきたのです。」

 と、近江屋は猫を籠から抱き上げると、そこにはきれいな毛並みの『三毛猫』が姿をあらわした。

 「三毛猫!」

 魔王の顔はさらに緩む。

 「はい、しかも雄です。『三毛猫の雄は福を呼ぶ』と言われています。信長様に福を運んでくれると思います。どうかここにおいてやって頂けませんか?」

 と、近江屋が言うと、三毛猫が少し首を傾げて目をクリクリにしてまた

 「ニャー」

 と鳴いた。

 魔王は

 「任せろ!コイツは俺が面倒みるぞ!」

 と、ノリノリで答えると猫を抱きかかえた。

 「ああ、それは良かった!猫を捨てるのも忍びなかったので、これで安心できます!」

 近江屋はそう言うと、すくっと立ち上がると

 「では、私は仕事が残っておりますので、これで…。」

 と、頭を深々と下げた。

 「ああ、ご苦労さん。化け猫の件はヴィ…じゃない、光秀に伝えておく。」

 と、魔王が言うと、近江屋は

 「ありがとうございます!」

 と、再び頭を下げて部屋を出て行った。

 近江屋を見送った魔王は抱いていた猫を下ろすと、猫は毛繕いを始める。

 「やったぜ!猫飼うの夢だったんだよね!お袋が猫嫌いだから、昔人間界にいた『でっかい猫』を拾ったのに、「捨てて来い!」だもんな…ヒドイ話だよ…。」

 と、言いながらも魔王のニコニコは止まらない。

 「名前は何にしようかなー?」

 魔王が独り言のつもりで言うと、突然声がした。

 「わっちにはすでに『ミケ』って名前がありんすよ。それにわっちはお前さんに飼われるつもりはありんせん。」

 その声に驚く魔王。

 「え?」

 猫は毛繕いをやめて、魔王を睨みつけて

 「やっと会えたでありんすね、織田信長。わっちはお前さんを絶対に許さないでありんす!」

 と、猫は背中を丸め耳を尖らせ目を吊り上げたと思った瞬間、猫は人の姿になって魔王の前に立ちはだかった。

 

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