第三伝 VS 錯覚トリックアートスケバン






両者の距離は2m程、木刀がある分リーチのアドバンテージは瑠衣にある。


「まあ、怒っていようがいまいが私には関係ない事だ、来ないのならこちらから行かせてもらう」


先に動いたのは愛宕、圧倒的な速度で距離を詰め瑠衣の左側に入り込む。


「速ッ───!?」


「ガラ空きだな」


瑠衣の左脇腹に愛宕の右拳が直撃する寸前、咄嗟に瑠衣は木刀を下げ柄の部分で防御する。


しかしインパクトの瞬間、愛宕の拳の軌道がズレて、瑠衣の脇腹にめり込んだ。


「ガッ───!!」


そのまま吹き飛ばされ地面を転がるが、すぐに立ち上がり体勢を整える。


しかし、クリーンヒットした一撃は重い。


脇腹を押さえるが、ズキズキと痛みが走る。


「ってぇ、折れたか…? それより何だ今の、拳が消えた? いや移動したのか? そういえば八雲が何か言ってたような…」


「どうだ、私の拳は痺れるだろう」


右手の甲を見せるように持ち上げる愛宕をチラリと見上げる瑠衣。


「全く厄介な能力そうだな…っと」


まだ脇腹が痛むが無視して立ち上がり、再び木刀を持つ。


「ただ、それでも私が勝つ」


「ふむ、それでこそ倒しがいのある敵だな、白鳥二香を倒したというその腕前、存分に楽しませてもらう」


ダッ、と同時に二人は距離を詰める。


今度は瑠衣から先に動いた。構えていた木刀を下に向け、向かってくる愛宕に右下から斬り上げる。


「!?」


しかし、攻撃は愛宕に当たることは無かった。


それどころか、瑠衣の持っていた木刀が、愛宕の身体に当たる寸前の部分から完全に左側に折れてしまっていた。


だが、瑠衣の手には当たった感触はおろか折れた衝撃も加わってこない。


(愛宕は何もしてないはずなのに、私の木刀が折れてる…一体何が起きた!?)


突撃の出来事に混乱する瑠衣。その隙を愛宕は見逃さない。


「隙だらけだ」


目の前の愛宕が再び拳を握り、無防備な瑠衣の右脇腹に直撃させる。


バキッ、と嫌な音を立て、またしても吹き飛ばされる瑠衣。


ごろごろと地面を転がるが、その勢いで身体を起こして再び構える。


「ガフッ……今のは効いた、それにしても今の攻撃…場所が違ったな」


「蓮水瑠衣、お前の身体が軽すぎるせいで私の連撃を叩き込む事ができない、ただ二発でコツは掴んだ、次は全身に浴びせてやる」


「…そりゃ楽しみだな」


そこまで言って、ふと瑠衣は自らの手元を見た。


両手で掴んでいる木刀が目に入る。


二度吹き飛ばされても手放さなかった武器だ。


「…試してみるか」


おもむろに瑠衣は地面に落ちていた小石を拾う。


「えい!」


そしてそれを愛宕に向かって投げた。


すると小石の軌道は愛宕を避けるように左にずれ、ポトリと地面に落ちた。


「今の不自然な軌道、やっぱり光か」


「…」


「愛宕、お前の能力は多分自分の周りの光を曲げる能力だな、攻撃を絶対に当てさせない能力かとも思ったが、見ろ」


そう言って、瑠衣は自分の持っていた木刀を見せる。


その木刀は折れていなかった。


「折れてないんだよ、つまり愛宕が光を曲げていたからそこに近付いた私の木刀が折れていたように見えてたって訳だな、変な角度に曲がった拳も、曲げていた光を解除したんだろう、それに今の攻撃も私が見えていた拳と当たった感覚のある場所がズレてたよ、少しだけどな」


そこまで言うと、黙っていた愛宕が口を開いた。


「だが蓮水瑠衣、私の能力が分かったところで、お前に私の位置を把握するのは不可能だろう?」


「位置なら分かるよ、大体ならな」


得意げに言う瑠衣にフンと鼻を鳴らす愛宕は右手をポケットに突っ込み、左手で帽子を目深に被る。


「では試してみるんだな」


愛宕が瑠衣に向かって走り始めた。


対する瑠衣はその場から動かない。


木刀の先端部分を左手で持ち、頭の上から背中に回す。


瑠衣の正面には愛宕がいるが、勿論これは光を曲げて作り出した愛宕の像である。


本物の愛宕は瑠衣から向かって右側から迫っていた。


(真上からの攻撃とは舐められた物だな、確かに場所をある程度絞る方法はある、だがそれは私が封じさせてもらう!)


先程ポケットに手を突っ込んでいた時に取り出しておいた爆竹を投げつける。


爆竹は瑠衣の胸の辺りに当たりポトリと地面に落ちた。


「既にその爆竹に太陽光を集めて着火してある」


直後、パン!パン!パン! と爆竹が破裂する音が鳴った。


(これで私の足音は聞こえない、そして今度こそ私の連撃を叩き込む!!)


まだ爆竹が爆発している所に臆すること無く飛び込み、瑠衣へ拳を振りかぶった。


が、その瞬間、瑠衣の身体が愛宕の方へと向きを変えた。


見えてないはずの瑠衣と目が合う愛宕。


「何ッ!?」


瞬間、瑠衣が背中に回していた左手を真上から振り下ろす───!!


「うッうぉぉおおおおお!!!」


直撃するかに思われたが、愛宕は脅威の身体能力で左側に飛び、紙一重で避ける。


(危ない!! 一体どうやって私の位置を───)


その時愛宕の目に移ったのは振り下ろされた瑠衣の左手だけだった。



木刀を握っていない……



まだ、瑠衣の攻撃は終わっていない。


「何処に───」


直後、木刀が愛宕の身体の左脇腹に直撃する。


バキバキバキィ!! と木刀が折れる音。


それ程の勢いで殴られた愛宕の身体は、横にくの字に曲がり、そのまま壁へと叩きつけられた。


「グッ…グァァアアアああああああ!!!」


あまりの痛みに脇腹を抑えのたうち回る愛宕。


瑠衣は折れた木刀を見るとため息を着いた。


「後で二香に謝らなきゃな…」


「ッ!! グッ…な、何だ今の攻撃は…!!」


愛宕からしてみれば真上から来るはずの木刀が消え、横から出現したように見えていただろう。


「はは、仕返しだよ」


後ろに回した木刀を背後で右手に持ち替え、左手だけを振り下ろす事で愛宕に錯覚を起こす。


その間に死角から木刀での一撃。


カウンターにはカウンターを、錯覚には錯覚を、これが瑠衣の戦法だった。



更に、石を投げた時にどの程度曲がったかを覚えていた瑠衣は、愛宕の像からそれと同じ距離ズレた所に本物の愛宕がいるはずだと目星を付けていた。


当てずっぽうだったが、それが功を奏した。


仮に愛宕の位置がズレていたとしても瑠衣の横凪の一撃は直撃していただろう。



柄の部分から折れてしまっている木刀を地面に置くと、瑠衣は腰に手を当てながら聞く。


「まだ闘う?」


「…当たり前だ、私はまだ闘える」


口から血を垂らしながら激痛に耐え、愛宕は立ち上がった。


脇腹を抑えていた手を離し再びポケットに手を入れ爆竹を取り出す。


「音を出すだけならケータイでも使えば良いのに」


「フッ、ケータイなんて投げて地面に落ちた時に画面が割れたらどうする?」


「アハハ、言えてる」


闘いの最中に笑い出すスケバン達、勝負の終わりはすぐに始まる。


「「やろうか」」


愛宕が爆竹の導火線に太陽光を屈折させて火をつけ、走り出す。


(さて、木刀は折れちゃったし、どうするか…)


「私の能力は光を曲げる能力だ、だからこういう事もできる」


愛宕の声が聞こえたかと思うと、突然瑠衣の視界が真っ白になる。


次いで目に激痛が走った。



「グッアアアアアアアあああああああ!!!」



思わず瑠衣は目を抑える。


「光をお前の瞳へと曲げた。これでお前は視界を奪われたも同然、ついでに聴覚も奪ってやろう」


爆竹を瑠衣の足元へと投げつけると、すぐに爆音が響き渡った。


更に愛宕は握り締めた左拳を寸分狂わず先程と同じ場所に直撃させる。


またしても嫌な音が鳴った。


二度も同じ場所を殴られ、瑠衣の身体が硬直する。


愛宕は、見逃さない。


「私の連撃で灼かれろ」


愛宕の拳が瑠衣の全身に炸裂した。


「オラアアアアアアアアああああああ!!!」


何も見えない瑠衣だが、咄嗟に腕を前に出して身体を守り続ける。


「うをぉぉおおおおおオオオ!!!」


(くそォ、何も見えない…今は防御に徹するしかないか!)


瑠衣が身体を屈め腕を上げてガードしている間も愛宕の連撃は留まる所を知らない。


(これだけの連打、打ってる愛宕の体力が持たないはず…今は耐えるしかない!!)


「こんなものか蓮水瑠衣!!」


愛宕は止まらない。


凄まじい拳の嵐に瑠衣は身体を固めることしかできない。


(い…いつになったら終わるんだ!? そろそろ腕が持たない…)


既に瑠衣の上半身はボロボロ、腕もミシミシと音が鳴り始めるようになっていた。


(右に飛んで取り敢えず避ける───!!)


「逃がさない!!」


右に飛ぼうとした瑠衣の身体を愛宕の左拳が捉える。


「ガフッ!!」


更に同じ右脇腹に拳を叩き込まれる。


その衝撃で再び瑠衣の身体の位置が戻った。またしても連撃。


(ひ、左に…!)


「無駄だ!!」


愛宕の右拳が瑠衣の左脇腹を。


(う、後ろに…)


「見えてる!!」


瑠衣の髪の毛を強引に引っ張り頭を引き寄せ顔面に膝蹴りを喰らわせる。


抜けた髪の毛がパラパラと空を舞った。


反動で頭が上がりガードが緩くなる、そして嵐は更に加速していく。


(に、逃げられねぇ…逃げようとすると余計にダメージを喰らうことになる…)


「言ったはずだ、逃がさないと!!」


既に連打の数は百を優に超えてるだろう、しかし愛宕に疲れは見えなかった。


勿論、瑠衣には何も見えていないが。


(ダメージ覚悟で強引に逃げるしかないか…!!)


その時だった。


「瑠衣ー! 愛宕の動きをよく見ろォォォオオオ!! 左が弱いッ!!」


爆竹は既に音を発していなかった。


声を出していたのは八雲だった。


校舎の方から走りながら向かって来ている。


「この声さっきの男か、戻ってきた所でどうにも───!?」


愛宕が手を引き抜こうとした瞬間に、瑠衣が左手で愛宕の手を掴んだ。


例え見えて居なくても、攻撃を食らった瞬間なら、腕を掴むことは容易い。


掴もうとすることで無防備になった身体に一撃入れられる事を覚悟すれば、容易な事だった。


とはいえ一撃入れられる『覚悟』は並大抵の物ではないだろう。



掴む力は愛宕の手の骨がミシミシと音を鳴らす程だった。


「くっ…離せ!!」


自由な右手で瑠衣を殴ろうとすると、そのまま瑠衣は左手を握り締め、グイッと引っ張り愛宕の身体を強引に引き寄せた。


「八雲に言われて思い出したよ、連撃が重すぎて忘れていた……愛宕、左手で殴る時腹痛いだろ、右に比べて威力が弱かった、速さも、私が掴める位に…」


そう、愛宕にはまだ瑠衣に攻撃を喰らった時のダメージが残っていた。


「今の私には目が見えていないが、大体の位置は分かるよ、さっきと同じだな」


目を閉じたままの瑠衣を見ながら苦笑いをする愛宕。


「……蓮水瑠衣、お前の右脇腹、ガラ空きだぞ」


「そりゃ愛宕もだ」


言わばガンマンの早打ち勝負、先に攻撃を喰らった方が負けである。


「「うぉぉおおおおおらああああああああぁぁぁ!!!!」」


バキバキバキ!! と骨の折れる音が響き渡った。


「ガブッ……痛い…」


ドサリと崩れ落ちたのは泉坂愛宕。


瑠衣は無言で拳を空に突き出す。



勝利宣言だった。




「瑠衣ィー!! 無事か!?」


八雲が瑠衣に駆け寄る。


「ああ、八雲か、そんな事よりさ…見てよ私、勝ったよ」


「そんな事よりって、こんな血だらけで…いや、そうか勝ったか、よくやったな」


「ははは、褒められちゃった…いえーい───」


瑠衣もドサリと地面に倒れる。


慌てて八雲が瑠衣を抱き起こすと、寝息を立てていた。


「…取り敢えず、保健室に運ぶか…二人とも」





スケバン勝負これにて決着ッ!!


勝者、蓮水瑠衣 !!




◇◇◇




スケバン図鑑②


なまえ:泉坂愛宕


属性:錯覚トリックアートスケバン


能力:周囲の光の屈折を操る事ができる


備考:お化けが苦手

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