これからもきっと、いい日が続く。

 あくまで〝次期〟地母神とはいえ、さまにも神通力が使用できる。しかも初代の地母神さまに匹敵するほどの力らしい。空を自由自在に操り、山を削り取り、地を揺るがすほど。手を振れば太陽は沈んで月が現れ、呼び掛ければ月は隠れて太陽が浮かびくる。


「地母神にならなくてもいい方法、考えてよ。――だって、なっちゃったら一生ここから出られなくなるでしょう?」


 そう言うさまの表情は、ホッケーマスクが邪魔じゃまをして見えない。オレは周りに誰もいないのを確認してから「たとえば、ここから出て行くとか?」と声をひそめて提案してみる。さまが地母神の座に着任する儀式を終える前に、オレがこの第三御所から連れ出せばいい。


『それから?』


 さまがオレのノートに書き込む。

 その文字列の下に『にいちゃんのいるトウキョーへ行こう』と続けると、さまはトウキョーを丸で囲った。何重にもぐるぐると丸を描く。やがてその手を止めて、えんぴつが折れてしまいそうなほどの筆圧で大きくバッテンを被せた。


「どうして?」


「二人で一緒なら、一生ここにいるのも悪くないかなって」



【7日目】



 さまの素顔を、オレは知らない。共に暮らしてはいるけれど、風呂や睡眠時はもちろん、食事の時ですら別室に連れていかれる。よっぽど素顔を見せてはいけないらしい。よくよく考えてみれば、オレは現在の地母神さまのお顔も拝見したことがない。現在の地母神さまがオレたちにそのお姿を現すときには、必ずキツネのお面をつけた状態で登場する。キツネのお面に真っ白いお着物、というのが、地母神さまのデフォルトのお姿。


「前の子守りは、なんでクビになったの?」


 数学の勉強中にふと問いかけると「あー、アイツ?」と座椅子を並べて左側のさまはえんぴつの削っていないほうで自分のアゴをコツコツとつついた。

 さまは普段、オレの通っていた中学校の制服を着ている。ポロシャツとスカート。ホッケーマスクで顔を覆われていなければ、教室にいてもおかしくはない。


「御花見団子先生の神作品を『ただのラノベ』って言いやがったから、クビにしてやったわ」


 やがて地母となる存在がを〝神〟扱いしているのを聞くたびに、気恥ずかしいようなくすぐったいような気持ちになる。事実は小説よりも奇なり。


 そう、オレは一作品だけ運よく書籍化していただいた書籍化作家しょせきかさっかだ。ペンネームは『御花見団子』で、トウメイ先生という神絵師の超すんばらしい表紙と挿絵さしえのイラストのおかげでそこそこ売れているんだとか。かあちゃんととうちゃんにはナイショで、トウキョーに住んでいるにいちゃんが保証人的なものになってくれた。売れたお金はにいちゃんが預かっていて、オレが成人になったら渡してくれるっていう約束になっている。


「神作品だなんてそんな」


「なんでアンタが照れるのよ」


 着任してから本日で7日目。何事もなく今日が終わって明日になれば、オレは最長記録保持者となる。とても恐れ多くて口に出しては言えないが、オレは――たとえ、ホッケーマスクを外した顔がどれだけみにくいものだったとしても――さまのことが好きだ。こんなにオレの小説を気に入ってくれて、熱心に読み込んでくれて、オレの気付いていなかった新たな切り口で今後の展開を予想してくれる。最高のファンがこんなに近くにいた。


「オレのにいちゃんは、さまの大好きなラノベを書いている作家の御花見団子なんだ」


 だから、ウソをつく。


 きっと、さまはオレが書いているって知りたくないだろうし。さまと離れている時間に続きを書いているから、さまは気付かない。学校への登下校の時間がないから、子守りになる前よりも執筆時間は確保できている。


御手洗みたらしの兄なのに名字は御花見おはなみなんだあ」


「御花見はペンネームだから……」


 オレがツッコむと「わかってるわよ!」と左手で肩を叩かれた。照れ隠しだと思う。それにしても痛いけど。

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