第1話 初恋は捨てがたい

♦♢♦




 遥夏と初めて会ったのは3年前、俺が高校1年生で、遥夏が高校2年生の時だ。

 高校生活が始まると、クラス内で芸能人の話題が流行った。

 俺の通う高校には、芸能人コースが学年に1クラスだけ設けられている。


「律貴。加藤遥夏が2年の芸能クラスにいるんだって! 凄いことだよな」

「加藤遥夏って?」

「え? 知らない?」スマホを取り出して動画を見せてくれた。


 一見、凛とした人だけど、ライブでは凄く明るくて楽しそうだった。


「可愛いだろ」

「え、あ、まあ」

「俺たちも芸能人だったら会えるのにな」


 俺はただの一般生徒で芸能人でもなんでもない。それなのにどうしてこの高校に来たのかというと、偏差値が高いからという理由で父さんに薦められたからだ。

 父さんは大手芸能事務所の社長を務めていて、とてつもなくプライドが高い。だから小さい頃から塾に通わせられて、良い高校、良い大学に行くようにしつけられた。


 あの人の前では良い一人息子でいた。


 一方で、母さんは風俗嬢で、自分が良ければなんでもいい。でも甘えられた。勉強をしたくないと言えば、その日は塾に行かないで好きなことをしていいと優しくしてくれた。俺が怪我をしたら凄く心配してくれた。


 それが、俺を利用して将来の生計を立てるためだとしても、嬉しかった。


 高校生活が始まってから1週間が経つと、父さんは俺の入学祝いにレストランへつれていってくれた。基本、勉強や将来の話以外は口を閉じる父さんだけど、俺の人間関係を心配してくれた。


「友達は、できたか?」目は合わせないけど、おそるおそる聞かれた。


 なんとなく、父さんの不器用な面を見れた気がする。


「う、うん! できたよ。一人だけど、立花広樹っていう子。眼鏡かけてて真面目そうに見えるんだけど、フットワークが凄い軽くて。あ、アイドル事務所の社長やってるんだって」


 父さんは安心したように息をついた。


「よかったな」


 それからは話さなかったけど、久々に俺の心配をしてくれたから嬉しかった。今度は母さんと3人で来たいな。

 レストランを出ると、空は真っ暗だった。車に乗ろうと足を動かしていると、父さんが俺の後ろで立ち止まっていることに気づいて急いで足をとめた。


「父さん?」


 怖い顔をして、スーツを着た男性とにらみ合っていた。二人はだんだん距離を縮めると、笑顔で話し始めた。


「これはこれは、もしかして息子さんの入学祝いですか? 中村社長」

「ああ、そうだ。板橋プロデューサーは担当アイドルとお仕事かね。最近、売上が落ちているから頑張らなくてはな。あ、すまない。私が彼女の仕事を奪ってしまったせいだったな。ははは」

「ふっ。そちらのアイドルは枕営業をしているという噂がありますね。何度か証拠写真を撮られているというのにどうして報道にならないのでしょう。まさか金でもみ消しているとか……」気に入ってそうな眼鏡をクイッとあげる。


 二人の口論はまだ続きそうだった。

 ため息をつくと、隣からボソッと声が聞こえた。


「馬鹿みたい」


 小さく呟いたつもりだと思うけど、すぐ隣にいた俺にははっきりと聞こえた。黒い帽子を深く被っているから顔はわからないけど、小さい頭と肩の下まで伸びた綺麗な髪の毛は、まさにアイドルを想像させた。

 彼女は俺の視線に気づいてこちらを向いた。


「なによ」思いっきり睨まれた。


 ひいいいい。って、あれ? どこかで見たことがある。


「あ」


 加藤遥夏さんだ。立花が見せてくれた動画と顔が一致する。

 よく見ると、うちの高校のセーラー服を着ていた。


「こっち見ないで」

「……そういう一面もあるんですね」

「は?」

「面白いです。はは」


 いや、初対面で何言ってんだ、俺。

 黙り込んで何も話さなくなってしまったから、流石に謝らないと失礼だった。


「す、すみません。初対面で……、生意気ですよね」


 首に手をあてながら挙動不審になっていると、「はい、これ」なにやらポケットから名刺を取り出して俺にくれた。


「名刺?」

「裏」


 裏を見ると、右下にメールアドレスが書かれていた。

 加藤さんは、後ろに停まっていた車に乗ろうと俺に背中を向けて歩き出した。でもこの意味がわからなかったから、すぐに声をかけた。


「あの、これ……!」


 彼女は軽く振り返って、口角を軽くあげた。



「ちょっと気に入ったかも。生意気君」



 この時、俺は生まれて初めて恋をした。




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