第6話 運命の出会い

 それは僕達が魔物を殺すようになってから間もない頃、パーティ戦の初の実戦としてナックルベアを討伐するために大森林バロンへと足を運んでいた。


 皆、初めての実践に緊張しながらも、自分達の実力がこの世界では優秀であるために、数分後には余裕で複数のナックルベアを討伐していた。


 そんな時だった、あの熊が出現したのは。


 通常の熊が持つ青い毛とは違い、まるで戦いの返り血で浴びたような赤い毛で通常種とは二回りも違うそれは僕達の前に悠然と現れ、目の前で剥ぎ取り前のナックルベアを食べ始めた。


 こちらには眼中にないとばかりに食事をするそれを見て、その異様さに僕達は恐怖を抱いた。


 だが、その時は強くなったと変な実感がこの異様な熊にも勝てるんじゃないかという気持ちにさせ、戦いに挑むことになった。


 その結果は見事は敗北だった。


 熊一匹にその時いたクラスの全員がなんらかの負傷や戦意喪失、魔力切れなどを起こし、ただ蹂躙されるのを待つ他なかった。


 幸い、その時は妙に討伐に時間がかかっていることに違和感を感じた騎士団達が助けに来てくれて助かったが、今回は違う。


「レッドアーム......」


 特有の赤い籠手のような硬質化させた毛の特徴からそう名付けられたナックルベアの特殊個体。

 当時敵わなかったが、今なら違う―――などと思うはずもなく、今感じるのは死神に心臓を握られたような息苦しさだけ。


 ナックルアームはこちらに標的を向けると口に咥えているグランウルフを落とした。

 そして、四つん這いになると王の貫禄とばかりに悠然と歩いてくる。


 僕達は一刻も早く逃げなければならない。

 だが、逃げる素振りを見せればすぐさま殺られるような直観も感じる。


 この場を乗り切るとすれば、確実に一回はレッドアームの攻撃を躱さなければいけない。

 だが、この場にいる正規戦闘員は康太の一人だけ。

 しかし、盾すらない今では康太も僕達と同じ非戦闘員である。


 ゆっくりと近づいて来る。

 唸り声すら上げず、ただこちらにスッと目線を向けるだけ。

 こちらに出来るのは静かなあとずさりのみ。


 だが、その対処法はあくまでもとの世界に住む熊と対面した時だ。

 もうすでに人に慣れている異世界こちらの熊には意味がない。


 ―――ガッ


 レッドアームが勢いよくこちらに向かって走り出した。

 その巨体に似合わずとてつもなく速い。

 ずっと目が合っている。

 まるで自分に狙いを定めたように。

 ひたすら真っすぐに。


 しかしその時、レッドアームの足の向きが僅かに左に傾いたような気がした。


 その瞬間、まるで走馬灯でも見るかのように世界がゆっくりに感じた。

 いわゆる体が必死に生にしがみつくための超集中状態。

 そのせいかひたすら頭が回る。


 今向かってきているレッドアームに対し、僕達は左に糸青君、右に薫、康太と横に伸びた状態で立ちすくんでいる。


 その状態でレッドアームは僕に向かって走ってきている。

 だけど、その足の向きだけはどちらかというと糸青君に向かっていた。


 過去にレッドアームは自分を襲うかもしれない敵の前で平然と食事を始めるということがあった。

 それが出来るということは、相手と自身に明確な力の差を理解しているということになる。


 つまりはその力の差を理解して無視できるほどには頭が回るということでもある。

 ということは、もしレッドアームが僕達の様子をどこかで観察していたとしたら―――


「蓮!」


「律!?―――っ!」


 僕は咄嗟に動き出し、蓮に向かってタックルをかました。

 すると、予想通りにレッドアームは蓮に向かって進路変更して突進してくる。


 仮にレッドアームが僕達のことをどこかで見たとしたら、誰がこのメンバーの中で厄介な敵かを理解していると思った。


 騎士やグランウルフに追いかけられていた時、康太は何もしなかった。

 つまりは何もできないと判断した。


 薫は魔法を使っていたがせいぜい転ばす程度で、レッドアームからすれば気にするほどでもない。


 僕は陣魔符で攻撃していたが、恐らくその発動魔法の威力から自慢の防御力で優に突破できると判断した。


 しかし、蓮は糸で転ばせていただけだがそれで絡めとられて拘束される可能性もあると判断しての攻撃。


 だが、馬鹿正直に向かえばもし罠を張っていればそのまま突っ込むことになる。

 だから、僕を狙うというブラフをかけ、一気に進路変更することで仕留めようとした。


 だけど、僕の読みの方が一枚上手だったな!


「ぐあああああ!」


 しかし、そんな心の見栄に何の芋もなく、蓮を弾き飛ばした僕はそのままレッドアームに撥ねられた。


 まるでトラックに直撃したかのような衝撃が全身を貫き、意識がぶっ飛びそうな霞む視界からは十数メートル吹き飛ばれたと感じる。


 引きずられるように地面に叩きつけられた。

 肺の空気が無理やり出され、衝撃で呼吸がほぼ出来なくなる。


 幸い、まともに受けたのは左腕だけで命は助かってるみたい。

 けど、もう見るからに左腕がめちゃくちゃだ。

 一周回って左腕の痛みすら感じない。


 とはいえ、全身の打撲も酷いだろう。

 すぐには立てないほどどこもそこもめちゃくちゃ痛いし、口の中も血の味が凄いする。

 とはいえ、僕も左腕を犠牲にする甲斐があったかもしれない。


「皆! 今のうちだ! 走れ!」


 泣き叫ぶような痛みを堪えて叫ぶ。

 なぜなら、当たる直前に左腕を犠牲にしてレッドアームに張り付けたのは<麻痺>の陣魔符。

 効果があるかは一か八かだったけど、どうやらあるみたい。

 しかし、いずれは時間経過で解除される。

 だから、逃げるなら今のうちしかない。


 そう想っていると皆が僕の方に向かって走ってくる。


「大丈夫か!?」


「酷いケガだよ!」


「ごめん、動けなくて。盾ならおいらの役目なのに......」


「僕は生きてるから大丈夫......っ。それよりもすぐにでも距離を取ろう」


 歯を食いしばって出来るだけ気丈夫振舞う。

 こんな状況で痛がってはただ闇雲に生きる希望を奪うだけ。

 だからこそ、僕は頑張って強がる。


 そして、僕は康太に背負われるとそのまま全員で走り出した。

 すると、先ほどのことについて蓮が感謝を告げてくる。


「律、助けてくれてありがとう。お前のおかげで今の俺がある」


「ハハッ、それは言い過ぎだって......痛たたたっ」


「ごめん。上手く安定させて走れない」


「気にしなくていいよ。こっちが我慢すればいいだけだから」


 とはいえ、振動がめっちゃ傷に響く。

 左腕の感覚が死んでいるのが幸いだが、それでも全身のいたるところが痛い。


 そう感じていると薫が何かを取り出した。

 それは試験管のようなものに入った透き通った緑の液体。

 これは......。


「この回復薬を使って。なんだったら全部」


「ありがとう。でも、いざってときのために数本を残して置こう」


 僕は右手で回復薬を1本ずつ取るとそれをグイっと飲んで2本目へ。

 そして、数本飲んだ後は保険として作っておいた<自然治癒>と<治癒>の陣魔符を自身に張り付けていく。


 これでかなり痛みも引くはず。

 さすがに左腕の回復には明らかに治癒効果が足りないけど。

 専門じゃないし、魔力もないし。


「グオオオオ!」


「来やがった!」


 後ろから明らかに怒ったような声が聞こえてくる。

 その声に少しだけ振り返ると地面を蹴って砂埃を巻き上げながら猛追してくるレッドアームの姿が。


「皆、光が見えてきた!」


 康太の声に正面へ顔を戻すとその先はまるで希望への入り口かのような森から差し込む光が見える。

 そして、その希望に縋るように森を抜けるとそこはただの開けた道であった。


「ここはガラーバ街道だ!」


「ということは、ワンチャン助けが来てくれるってこと?」


「いや、そんな希望的観測に縋る余裕はなさそうだ。

 どうにも相手は殺るき満々みたいだからな」


「ねぇ、こっちからもナックルベアが.....!」


 薫の声に振り返ると街道の反対側の森から恐らく血の匂いに釣られたナックルベアが3匹も現れた。


 痛みが耐えれる程度には引いたので康太に下ろしてもらう。

 でなければ、康太は自衛すらできないだろうし。


 とはいえ、自衛するにも状況は絶望的。

 レッドアーム一匹を相手するにも命がけだというのに、背後からナックルベアに襲われかねないとうこの状況。


 僕達はきっとどこかで死を覚悟していた。

 玉砕覚悟でかかっても倒せるのはナックルベアのみであろう。


 その時だった―――二人組の声が颯爽とこの場を駆け抜けたのは。


「おお! 今日は大物がいるな! それに襲われてる奴らもいるみたいだ」


「なら、さっさと片付けるわよ」


 反対側の森から現れた民族的な服を着た男と和服のようなデザインの服を着た少女は背後からナックルベアに奇襲をかけると一撃で3匹とも絶命させた。


 そして、そのままの勢いでレッドアームへと近づいていくと槍を持った男はそれを思いっきり投げ飛ばす。


 勢いよく飛んでいった槍をレッドアームは手で跳ね返したが、その間には懐に潜り込んだ男がレッドアームの顎に向かって掌底した。


 すると、その男よりも大きく重たいレッドアームの体が簡単に地面を離れて浮いていく。

 そこに少女が両手に持つ剣でレッドアームの胴体をクロスに斬り、死に体のレッドアームの腕を掴んだ男がそのまま一本背負いで叩きつけていく。


 そして、最後は少女が高く跳躍してからの真下に向かった突き刺しで、僕達が死の感覚すら味わったレッドアームを巧みな連携であっさり倒してしまった。


「いや~、大量! 大量! おっと、お前らは無事だったか?」


「一人ケガしてる奴以外はね」


 その時、ようやく僕は先ほど素早くてハッキリと見えなかった二人の姿をこの目に捉えた。


 淡い水色の和服を肩が露出するまでに着崩し、銀髪のツインテールで顔にかかるような長い前髪の隙間から見える鋭い目つきの紅い瞳。


 そして、額から空に伸びる二本の角が特徴的な少女。

 この角は確か鬼人族の特徴だって本で読んだ。


 それから、男の方は獣の皮で作ったような袖なしのジャケットを上裸の上から着て、濃い緑の髪に同じ色の瞳、両耳には羽の耳飾りをつけている。

 浅黒い皮膚にこめかみ辺りから伸びる二本の角の特徴は確か......魔族!?


 僕はこの時、敵だと思っていた魔族に対面し、驚きのあまり言葉を失っていたが、この時の二人の出会いが僕の運命を大きく変えるとは思ってもいなかった。

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