【10】
気が付くと、俺は新聞部の部室にいた。
長岡に襲われた生徒達も皆席に座って眠っていた。
「大変でしたね、神崎さん」
「東雲さん!?」
部室のドアの横に、東雲さんが立っていた。
「長岡君は私が取り込みました。彼は色々な幽霊を呼び寄せていたようで、半妖になりかけていました。本当に助けるのが間に合ってよかった。あのままだったら神崎さんは死んでいたでしょう」
半妖……。霊感の無い指原さん達にも長岡の姿が見えていたのはそういう事か。
「長岡に取り込まれた生徒達の魂は?」
「すでにそれぞれの肉体に戻してあります。じきに目覚めると思いますよ」
「それは……ありがとうございます。でも東雲さん、どうしてあなたがここにいるんですか?」
「実はニュースで長岡君が自殺したことを知って、私はお参りするつもりでここに来たんですよ。顔写真を報道で見た時、あの時の学生だとわかりましたから。ちょうど学園祭で一般人も入れたので。そしたら、幽霊の気配を多く感じて、それを辿って来たらここに着きました」
長岡が自殺したニュース。俺は見ていなかったな。
「この部室は長岡君が生み出した異界と繋がっていました。神崎さん達が彷徨さまよっていた、あの赤い空の学校です」
「異界?僕達は違う世界に行っていたんですか?」
「そうです。彼が半妖になって身に着けた能力でしょうね。ところで、高木君は一緒ではないのですか?」
「いえ、アイツは事務所にいます。一応護身用のお札はもらっていたのですが」
「まったく……。彼には私から直接言っておきます」
「ありがとうございます」
「うっ……うぁ」
指原さんが目を覚ました。
「……!ここは?」
「新聞部の部室だよ」
「あ、神崎さん。……長岡君は?」
「あそこに立っている東雲さんという人が祓ってくれた。彼女は僕の上司みたいな人だよ」
「どうも」
東雲さんは指原さんと目が合うと小さく会釈した。
「そうですか。じゃあ長岡君はもういないんですね……」
そう言う彼女の顔はどこか悲しそうだった。
「指原さん……?」
「実は……、長岡君とは知り合いだったなんです」
「えっ?」
「彼も私と同じ新聞部で、何度か遊ぶこともあったくらい仲は良かったんです。今回の怪談企画も、元々は彼が企画したものでした」
「この企画を?」
「はい。長岡君は自殺する前日に、私にその話をしてきました。学園祭の日に新聞部の部室で7人で怪談話をしてほしい。そうすれば絶対に幽霊が現れる、って。そして次の日、彼は学校の屋上から飛び降りました。私はその企画を彼の遺言だと思って、部長を説得して企画を通しました。でも、少し怖くもありました。もしかしたら、長岡君は幽霊になって部室に現れるつもりなんじゃないか、そう思いました」
「だから
「はい。でもまさかあんなことになるとは……」
「あぁ、まったくその通りだね……」
「でも、長岡君を責める気にはなれません。だって彼は何も悪い事なんてしていないんですから。いじめた人達は彼が自殺したことを気にも留めていない……、こんなのあんまりです……」
「学校の先生達はいじめについてどんな反応をしているんですか?」
今まで話を聞いていた東雲さんが口を開いた。
「みんな形だけの反応です。口ではいじめについて調べるとは言っているけど、どこまで本気なのか……。実際、いじめを行っていた生徒達に何の罰則も指導もしていません」
「そうですか……」
東雲さんはそう言うと携帯電話を取り出し、誰かに電話をかけ始めた。
「夜分遅くに申し訳ありません。東雲です。記憶処理をしてほしい者がいるんですが。―――5、6人です。場所は上村高校。はい、ではよろしくお願いします」
携帯電話をしまうと、東雲さんは指原さんに話しかけた。
「指原さん、正直に答えてほしいのですが、今回の事件、長岡さんのこと、忘れたくありませんか?それとも忘れたいですか?」
「……忘れたくありません」
「今日あったことは誰にも言わないと、約束できますか?」
「はい、できます……!」
「それはよかった。決して誰にも言ってはいけませんよ?」
「はい。あの、それで長岡君の幽霊はどうなったんですか?」
「詳しくは言えませんが、私の中にいます。もうあのようなことはしないでしょう」
「長岡君は、成仏したんですか?」
指原さんの問いに、東雲さんはしばらく口を詰まらせた。
「ごめんなさい。これもまた詳しくは言えませんが、大事なのは彼のことを忘れないことです。だから時々でいいので、長岡さんのことを思い出してあげてください」
「はい……」
俺は、もう一人の霊能力者が来るまでの間、指原さんを慰めてあげることしか出来なかった。
学園祭の片づけ中なのか、校内のいくつかのクラスからはまだ騒ぎ声が聞こえていた。
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