【06】

 通報をした十数分後、パトカーに乗った警察官2名が公園に駆け付けた。

 警察官が着くと同時に、楓さんを拘束していた狐が煙のように姿を消した。


 高木は到着した警察官に通報の経緯を説明した。


 探偵である高木と俺の二人が和也さんから娘の遺品を探してほしいと依頼を受け、この公園を探していたところ、娘さんの遺品らしきものを見つけた。

 そのことを夫妻に連絡して現地に呼び、遺品を確認してもらったところ、奥さんである楓さんが突然ナイフを取り出して和也さんから遺品を奪い取ろうとした。なので仕方なく拘束して、警察を呼んだ。


 もちろん、これは嘘っぱちだ。

 俺達は人形の怪異について相談されたのであって、真冬ちゃんの遺品探しなどではない。

 とはいえ、その依頼内容を言うわけにはいかないのだろう。


 なぜなら、一般人に幽霊の存在を教えてはいけないから。

 俺が高木の下で働くようになってから、何度も言われたことだ。

 もし、人形が独りでに歩いてこの公園に着いて、指示通りに地面を掘ってみたら真冬ちゃんの遺品が出てきました、なんて話を警察官に話したらどうなるか?


 十中八九信じてはもらえないだろう。

 いや、信じてほしくはないから、それはそれでいいのだが、俺たちの頭が正常かどうか疑われてしまう。

 いらぬ誤解を与えると、俺達が警察に連行されてしまうかもしれない。

 だから、高木は嘘をついているのだろう。


 高木の話を聞いた警察官二人は、その内容を和也さんに問いただした。

 和也さんは、初めよくわかっていなさそうな表情をしていたが、高木と目が合うと、「えぇ、私が依頼しました」と、高木の嘘に話を合わせた。


 その後、楓さんは警察官に連行されパトカーに乗った。事情聴取のため、警察署に向かうらしい。

 空き缶に入っていた液体と、ビデオテープも押収された。警察が調べれば、液体の正体もすぐにわかるだろう。


 警察官が現場を去った後、俺はまず、高木にあの狐について聞いてみることにした。

「あのでかい狐は何だったんだ?斎藤夫妻にも見えていたようだけど」

「ん?あぁ、あれは妖怪だ」

「よ、妖怪……?」

「何千、何万っていう数の魂が混ざり合うと、どういうわけか一つの生き物になる。それが妖怪。霊感の無い奴でも妖怪は見ることができる。俺が呼び出したのは半妖だけどな」

「あの狐はお前の言うことを聞くのか?」

「あぁ、俺が五体満足の間はな。どうもあいつは俺と気が合うらしい。ま、飼い犬を飼っていると思ってもらえればいいかな」


「今は姿が見えないようだが、どこに行ったんだ?」

 俺がそういうと、高木は自分の胸を指さした。

「普段は俺の中にいる。これもどういうわけか分からないが、姿を出したり、消したりすることができる。だから、何もないときや、妖怪の姿を見られたくない時は隠しておいている」

 随分便利な飼い犬だな。楓さんを取り押さえた手際の良さ、あれならば屈強な男に襲われたとしても対処できるだろう。


「さて、無駄話はこれくらいにして」

 高木はそう言うと、和也さんの方に歩いて行った。俺もついて行く。

 和也さんは、公園のベンチに人形を持って座っていた。


「和也さん。その人形のことを、誰にも言わないと、誓うことはできますか?」

「……どうしてでしょうか?」

「できますか?できませんか?」

「わかりました。誰にも言いません」

「ありがとうございます。それならば、その人形を祓う必要は無さそうです」


 高木はさらに続けた。

「その人形にはやはり、真冬ちゃんの魂が憑りついています」

「娘がこの人形に……?」

「はい。ですが、おそらくあと1週間ほどで魂は消えてしまうでしょう」

「なぜですか?」

「詳しくは説明できません。そういうものだとご理解ください」


「……高木さんは真冬と話すことができるのですか?」

「出来ますけど、何か?」

「今日だけで構いません。私に真冬と話をさせてもらえないでしょうか?」

 高木はそれを聞くと、俺をちらりと見た。面倒くさそうな表情をしていたが、「それくらい手伝ってやれ」と、俺は高木に言った。


 その後、俺達は和也さんの家に戻った。

 次の日、和也さんは会社を休んだ。

 真冬ちゃんが大好きだったフランス人形と最初で最後のお話をするために。

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