雪が降る季節。白い大地に赤い花びらが散っている。いや、近くでよくみると、それは雪に染み込んでいた。変化した啄木は血に濡れないよう、獣型の妖怪を切り伏せている。血に濡れたくない理由は、妖怪としての力を半減させないためだ。また人の血は組織の半妖を狂わせる。浴びすぎると暴走してしまうからだ。

 彼は白い吐息を吐き続け、獣の妖怪が倒れて消える。太刀を鞘に納めて、啄木は妖怪の始末を終えた。魂を食べた妖怪だから倒したのである。魂は無事に黄泉路についた頃だろう。

 啄木は帰ろうと思ったが、ふっとまゆみの顔が頭に横切った。途中でもまゆみの元へよれる距離だ。口だけ覆うのではばれてしまうだろう。目も覆う仮面を用意してかぶり、人としての気配を隠す術もかけておく。啄木は宙に浮かぶ。

 空高くになると、真っ直ぐと夏椿の丘まで向かった。一つの背の高い夏椿の木が見え、まゆみの気配を感じとる。静かに降り立ち、雪の大地に雪を被った夏椿の樹をみた。雪を被っているのは可愛そうに思え、啄木は言霊を吐く。


「散」


 言霊を吐くと、樹にのっていた雪が弾けて大地へと落ちていく。夏椿の樹に近付いて、啄木は目を丸くする。


「っ嘘、だろ。これは……」


 声を発した時。


《この気配──あの時の……》


 声が聞こえて、彼は真正面をみる。まゆみが彼の前に顕現をした。いつものような人ではなく、透き通った姿で現れた。冬の夜であるせいで、力が発現しにくいのだろう。まゆみの本体が見えるほど透き通っている。啄木は声が出なくなった。


《何故、ここに来たの? 何が目的で》

「……なんで、ここまで放っておいたんだっ!?」


 まゆみの言葉を遮って、声色を変えずに啄木は声を荒げていた。彼女は目を丸くして、仮面をした彼を見続ける。正体をばれるのがお構いなしに啄木は怒りを露にした。


「何故、隠していた!? 貴女の本体がいつ枯れてもおかしくない状態にまで、何故隠していたんだっ!?」

《……!》


 彼の指摘にまゆみは驚愕した。夏椿の樹の幹の黒ずんでおり、元気とは言えるような状態ではない。この夏椿の樹は病に犯されている。近くで見ていなかったからわからなった。まゆみが啄木達を近付かせないようにしていた節もある。

 植物は病や害虫に犯されない限り、長く生きる。椿は長く生きることができる種の植物だ。まゆみのような強く長生きな木霊ならば、害虫をはねのけることも、差し木で木の引っ越しも可能のはずだ。木霊にもそれぞれ考え方がある。病や害虫によって寿命を削られることを自然の摂理と受け入れるものもいる。だが、まゆみは比較的に人に寄っている木霊だ。つまり、わざと自分の寿命を削っているのだ。

 彼女を大切に思うもの、大切にしているも者いる。治さなくてはならないと、啄木は樹に近付いて樹に手を当てた。彼から力を感じたのだろう。まゆみは目を丸くし、瞑って叫んだ。


《やめてぇぇ!》

「っ!」


 一瞬だけ樹が光り、啄木を吹き飛ばした。啄木は回転して宙に浮かぶ。ゆっくりと地面に降り立ち、仮面越しでまゆみを見る。まゆみは涙目で啄木を睨む。


《やめてっ! 治そうとしないで! 私は長く生きたくない、生きたくないの!》


 長く生きたくないと聞き、啄木は怒りが湧き上がる。子供たちに思われており、尚且つ生を大切にしようとしてない。長生きしなかった母のこともあり、まゆみの姿勢に啄木は怒られずにはいられない。


「ふざけるなっ!」


 彼は歩みよりまゆみの前に来た。彼女は逃げようと身を引く。すぐに彼は手を握って引っ張り、顔を近付かせた。


「何故、己の命を削ろうとする!?

貴女ほどの木霊ならば虫などの追い払いは可能だろう!?

挿し木など人に頼めばいいだろう!」

《……っなんで、そんなことを聞くの!? 貴方には関係ないでしょう!?》


 確かに、今の姿の啄木は関係はない。だが、彼は隠していることを忘れて、奥歯を噛み締めて勢いよく口を開いた。


「あるんだよっ! まゆみさんっ!」


 一部の人しか知らない名前。呼ばれた名前にまゆみは目を丸くして、啄木は我に返って彼女の手を離す。しまったと思ったときは思ったが遅かった。


《……えっ、名前……えっ……その声……嘘……もしかして……》


 名を呼ばれる前に、啄木は勢いよく空へと舞う。遠くから声が聞こえた。振り返らずに、彼は元の場所に戻るため雪降る中、空をかけていく。今の姿を啄木だとは知られたくなかった。仮面をしているため、雪に顔が当たるはずがない。なのに、頬は濡れていた。




 啄木は机に突っ伏している。

 バレてしまったと、落ち込んでいるのだ。帰ってきた後、適当にご飯と風呂と睡眠を済ませた。朝も適当に食べて部屋に戻って、ぐったりとしている。二日間同じ状態が続いていた。部屋に浴衣を着た八一がやって来て、啄木の部屋を覗く。


「たくぼっ……おお……死んでる」

「……生きてるよ」


 覇気のない声で応えた。八一は笑いながら隣に座ってくる。


「どうしたどうした、たくぼっくん。この八一くんが相談に乗ってあげようか?」

「相談するほど、人生詰んでねぇくせに言うな」

「風の噂でたくぼっくんは夏椿の木霊さんにベタぼれらしいけど?」


 無視して話を進められ、啄木しか知らないことを指摘される。顔をあげて啄木は深い溜め息を吐いて、八一に首を向けた。


「お前、風を通して盗み聞きしてただろ。……はぁ、いいよ。一つ言っておくけどベタ惚れじゃないからな」


 否定をしておくが。


「惚れ込んではないけど、惚れてはいるんだろ?」


 再び八一に言われて動きを止める。頬を赤く染めて啄木は睨む。意地悪な微笑みが目に入り、彼は苛立つ。


「ほんっっと、お前は性格悪いよな」


 手で狐の指を作り、八一は手首を動かし狐の手を頷かせる。


「一葉先輩よりかはましだと思うけどな。けど、心配してきたのは嘘じゃないぜ。昨日から元気なかったし……ほんと何があった?」


 本気で心配して聞いてくる。八一は性格は悪いが根から悪い奴ではない。自分を落ち着かせた後、啄木は彼に打ち明けた。夏椿の木霊と出会って、今日までの出来事ほぼ全てをかいつまんで話す。抱いていた自分の思いも全て。彼の話を全ての話を聞いて、八一は考える。


「……長寿の妖怪が死に急ぎ、自分の正体がばれる」


 啄木を見つめて、八一は答えを出す。


「啄木、いっそのことばらしたら?」

「はぁ!? お前組織のことをばらせってか!?」


 驚き声をあげるが、八一は首を横に振る。


「そうじゃない。組織のことはばらさず、自分の正体を打ち明けろってこと。向こうが深入りしそうになったら誤魔化せ。大事の事情だと察しさせて、詮索しないように仕向けろ。その後は、お前なりの誠実さを示せばいいと思うぜ。啄木」

「……なるほどな」


 納得をして啄木は口を紡ぐ。今のまま隠し通すよりも、明かしておいた方がまだ誠実さがある。しばらく黙った後、啄木は立ち上がる。


「……外出許可得てくる」


 踏ん切りがついた彼に、八一は白い歯を見せて笑う。


「おっ、お出掛けか? 盗み聞きしないからいってこい」

「……やっぱり盗み聞きしてたんじゃねぇかっ!」


 顔を向けて啄木は怒り、彼はしまったと口を手でおおう。ばらしたのはわざとだろう。手を振って「いってらっしゃい」の送り出す八一。親友に呆れながらも、啄木は部屋を出ていった。

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