第50話 一方的で純粋な願い

 俺は小さい時、よく通っていた場所があった。そこは俺の家の近所にある小さな教会だった。


 別に何か特別な宗教に入っていたとかそんな事ではなかったが、俺はそこに足繁く通っていた。


 なら何故そこに通っていたかというと、そこに特別な理由があったわけではなく、ちょっとしたきっかけからだった。


 それは両親が散歩の途中で、俺をその教会に連れて行ったことから始まった。


 俺は様々な美しい色で、キラキラ輝く教会内に子供心をくすぐられ好奇心を持った。


 そこで俺は、母さんに『ここは何をする所なの?』と単純な質問をした。


 母さんは少し考えると『ここには神様というみんなを見守ってくれる凄い人が住んでいて、私達がその人に日頃の感謝とちょっとしたお願いをする所なの』と教えてくれた。


 子供時分の俺は、それを聞いて驚いた。自分の周りにはこんなにも人がいっぱいいるのに、そんなみんなを守ってくれるなんて、なんて凄い人なんだろうと。


 母さんは俺に『コウ君は何かお願い事ある?』と尋ね、俺は好きなお菓子や当時欲しかったおもちゃ、そして母さんや父さんとずっと一緒にいたいと言った。


 それを聞いた母さんは俺に笑顔を見せて『ならいつもいい子にして、神様にちゃんといつも守ってくれてありがとうございますって言わないとね』と言った。


 それから俺の教会通いが始まった。


 周りの友達はテレビに出てくる戦隊ものに憧れていたが、俺にとってのヒーローは神様だった。


 友達は見たいテレビを見る為に学校が終わると家に帰るが、俺は教会に祈りに行っていた。


 教会の祭壇で今日した良い事と、いつも守ってくれてありがとうございますという感謝の言葉、そして何か良い事がありますようにという大雑把な願い事を伝えに。


 その行いのお陰かは知らないが、俺の生活は特に悪い事も無く幸せなものだった。


 しかし、そんな生活もあることで急激に変化した。


 母さんが病に倒れたのだ――。


 いつも家にいた母さんは病院に移り住み、父さんは仕事と母さんの看病の為に家を空ける事が多くなり、俺は一人ぼっちの時間が増えた。


 少し寂しかったが、不安はなかった。


 何故なら、俺には神様が付いていると思ったからだ。いつも良い事をして、感謝をして、お願い事をしているから、そんな俺達を神様はきっと助けてくれると。


 時々お見舞いに行くと、母さんはいつも笑顔で迎え入れてくれた。そこで俺は、母さんにいつも教会に行って感謝と母さんが元気になることをお願いしていると伝えた。  


 それを聞いた母さんは『じゃあ、コウ君のお陰ですぐに元気になるね』と喜んで、俺の頭を撫でてくれた。

 

 けど母さんはすぐには帰ってこない。


 俺は良い事がまだ足りないと思い、毎日進んで良い事をたくさんした。


 俺は感謝がまだ足りないと思い、毎日教会で感謝の言葉を何度も言った。


 俺は願いがまだ足りないと思い、毎日教会で母さんのことを何度もお願いをした。


 けど母さんはまだ帰ってこない。


 俺は信じて毎日教会へ祈りに行った。

 

 けど母さんは二度と戻ってこなかった――。


 俺は裏切られた気持ちでいっぱいになった。


 雨が降る母さんの葬式の後、俺は再び教会に足を運んだ。びしょ濡れになった俺は祭壇の前に行き、神が祀られる像を睨みつけ――


『嘘つき! 僕は毎日良い子にして、毎日ありがとうって言って、毎日母さんを助けてってお願いしたのに……お前は何もしてくれなかった! ……お前なんて……お前なんて、何も意味がない!』


 そう言って、俺の教会通いは終わりをつげた。

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