第48話 慈悲深いベル様

「ちょっ、ちょっと待て」


 俺は膝を震わせながら、なんとか立ち上がる。そして、ベルの方を向き先程の子供に指さした。


「本当に、あの子供が神なんですか?」

「何を言っておる? あれが神以外に何に見えるんじゃ?」

「……七五三を迎える、ピカピカの一年生」

「神の雷!」


 その言葉と共に、俺の頭上から稲妻が落ちた。


「うぎゃあああああああああああ!」


 全身を稲妻で貫かれた俺は、再び崩れ落ちた。


「ふん! 無礼者には神罰を下すぞ」


 いや、もう下していますし。


「神よ、もうそれぐらいにしといてくれ。このままでは、我が駄犬がホットドッグになってしまう」


 ベルが珍しく、俺を庇うように一歩前に出る。


「ん? 誰かと思えばベルではないか。それにその他も見知った者達じゃの」

「神。ご無沙汰しております」

「よお、神。この前のリベンジに来たぜ!」

「ああ、我が愛しの神よ! あなたに会えて僕の心には翼が生えそうだよ!」


 それぞれの女神が親しそうに、神の元に集う。


「それで、お主らは何をしにここまで来た?」


 その問いに、俺は再び立ち上がり答える。


「あなたを迎えに来たんですよ!」

「ん? 何故だ? わしは迎えなど頼んでおらんぞ」


 俺はその無責任な言葉に、頭に血が上った。


「貴方のせいで、どれだけの人に迷惑をかけているのか分かっているんですか⁉」

「ほう。それで、どんな迷惑がかかっているのじゃ?」

「貴方が天界にいないせいで、天界の仕事がうまく回っていないんです! そのせいで、罪なき人間にあらぬ不運が降りかかったりしているんですよ! この俺も、不当な不運のせいで苦しい人生を歩まされて、結果ほぼ死んでしまったんですよ!」


 俺は今までのうっ憤を晴らすかのように、神に向かって叫んだ。それを聞いた神は、平然としたまま頷いた。


「ほう、ほう。それで、お主はわしにどうして欲しいのじゃ?」

「それは! ……あなたに天界に戻ってもらって、ちゃんと仕事をして罪なき人の不運を取り払って幸せに――」

「なぜ」


 俺の熱弁に、これまた平然とした圧力のある言葉が割って入った。


「なぜ、わしがその罪なき者を幸せにしないといけないんじゃ?」


 神のその何もかも見透かしたような、冷徹な視線が俺に向けられた。


「そっ、それは……それが貴方の仕事だから」

「いつ。いつそのような義務がわしに課せられたのじゃ?」

「そっ、それは……」


 まるで喉元に刃物を突き付けられた様な気分にさせられる言葉に、俺は言葉を失う。すると、神は軽くため息を吐いた。


「お主ら人間はいつもそうじゃな。いつもいつも、すぐに神を頼る。何かを欲すれば、すぐに神に頼み。何かに追いつめられると、すぐに神に助けを求める。そして、自分の思い通りにならないと、これまた神のせいにする。お主らの声はわしによく届いていたぞ」


 ジトリと神の視線が俺を貫く。


 そして、俺はその言葉で地上やこっちに来てから、自身に起こった不運に対する神への叱責を思い起こした。


「そんな、そんな身勝手な者達の為に、なぜわしが働かなくてはいけない? なぜ幸運を与えなくてはいけない? なぜ不運から守ってやらなくてはいけない? これらをするにあたって、わしに何のメリットがあるというのじゃ?」


 そうだ。俺は何故か不運は受け入れられず、幸運を享受するのが当たり前と思っていたが、神の言う通り幸運を与えないといけない義務なんて存在しない。


 俺を守らないといけない義務なんて存在しない。


 俺はその問いに対する言葉が無かった。


「……そうか、答えてはくれんか」


 そう言うと、神は俺に背を向けた。


 駄目だ。俺にはこの神を連れ帰る言葉が無い。


 その時、思いもよらない人物が前に出た――ベルだ。


「神よ。そう頭ごなしに否定せんでもよかろう。人とはか弱き存在。力強き者が、そんな者の為に耳を傾けてやるのが度量というものではないか?」


 それは今までのベルを思い起こすと、とてもではないが出てくる言葉ではなかった。


「ベルよ。そういえば、なぜお主がここにいる?」

「それは、この人間の案内の為……」

「ほう。それは珍しいの。昔のお主ならいざ知らず。今のお前が人助けなど……変わったことがあったもんじゃ。それとも、その人間に何か特別な……」


 神の視線が再び俺に向けられる。


「おい、人間。お主の名は何という?」

「か、神代幸太です」


 俺はその問いの真意は分からないまま、ただそのまま告げた。すると、神は少し笑みを浮かべた。


「そうか、そうか。そういうことか……。お前はあの時の……ほう、デカくなったな小僧」


 何かに納得したそぶりを見せた神は、ベルの方を見る。


「罪滅ぼしのつもりか? 前にも言ったが、あれはお主のせいではない。あれは誰にもどうする事も出来ない事じゃ。自然の摂理というもの……」

「わ、我は別にそんなこと!」

「ふふっ、まあよい。……おい、幸太!」

「は、はい!」

「ベルの顔に免じて、お主にチャンスをやろう」

「チャンス?」

「そうじゃ。明日、ここでわしと勝負しろ。もしそこでお主が勝ったら、お主の望み通り天界に帰ってやる」


「本当か!?」


 その提案に喰いついたのは、俺ではなくハーデス様だった。


「聞いたか、幸太君⁉ 君が勝てば全てが上手く収まる! この魔界の将来は君の肩にかかっているぞ!」


 知らない間に、天界だけでなく魔界の将来まで、俺の肩にかかっていた。


「ふっ、それでは明日同時刻ここで会おう。それまでは長旅の疲れがあるじゃろ? ゆっくり休み英気を養え」


 そう言うと、神はまた椅子に座りゲームの続きを始めた。


「幸太君、僕は君の味方だ! 何でも言ってくれ、出来る限り君のサポートをするよ! そうだ、早速この魔界で一番いい部屋を取ろう! 決戦当日も僕がセコンドに就くよ!」


 魔王をセコンドに就けて、神と決闘。


 ここに来るまでには思いもよらない展開になった。というか、こんな展開を誰が予想できるのか?


 俺達はひとまず魔王に取ってもらった部屋に行く為に、この部屋を出て行った。


 ちなみに、アテナは明日の決闘までここに残り、神にリベンジをすると言った。神も暇つぶしに良いと言って、その提案を受け入れた。


 神を連れ帰る機を手に入れた俺は、そこまでの喜びは無かった。


 もし神を連れ帰れば、当初の目的である幸せなセカンドライフを手に入れられるとしても。


 何故なら、俺は神に勝てる気が全くなかったからである。


 神という強大な存在に人間である俺がとか、そんな問題以前に今の俺は自信が無かった。


 俺はこのチャンスを作ってくれた張本人である、横を歩くベルに視線を送る。


「ベル様……」

「なっ、なんじゃ? 我は別にお主の為にではないぞ! ただ、ここまでの道のりを無駄足に済ませたくなかっただけで!」


 ベルは頬を赤く染めて、言葉を紡ぐ。


「ベル様にも慈悲ってあったんですね」


 俺はベルに、顔面を思いっきり殴られた。

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