第10話 愛さえあれば何でも出来る!

「おっほん!」


 注意を引く為に、わざとらしい咳払いをすると、アスモは視線をこちらに向けてきた。


「やあ、アスモ君と言ったかな? 君に言いたいことがあってね。実は……」


 俺は喋っている途中で、言葉を失った。


 何故なら、目の前の男の顔が先程のキザったらしいものではなく、赤い血走った目を吊り上げ、口からは牙を剥き出し、隠しようのない怒りのオーラをまとったまさに悪魔といったものに変わっていたからである。


「えっ……えっと……」

「おい、貴様。我が愛しの姫に、誰の許可を得て腕を組んでいる?」


 アスモは立ち上がり、上から俺を見下ろしてきた。


 その時、恐怖でたじろいでいる俺の腕をヴィディーテさんがキュッと握った。


 それを見た俺はつばを飲み込み、覚悟を決めた。


「おい、あんた! 俺はヴィディーテの恋人だ! 見ての通り、俺達はお互いを愛している! あんたには悪いが、俺達は結ばれる運命なんだ! だから、もう彼女に付きまとうのは止めてもらおう!」


 俺は恐怖心に打ち勝ち、この迷惑悪魔にビシッと言ってやった。


 すると、俺の言葉を聞いたアスモは下を俯き小声で喋る。


「……そうだったのか……今まで気が付いてやれなくてゴメンよ。ヴィディーテ」


 おお、意外と素直だな。やはり、人間真摯に立ち向かえば悪魔にも通じる。


 そう思った時――アスモは両手を広げ、天を仰いだ。


「ああ! なんて可哀想なヴィディーテ! それに気が付いてやれなかった吾輩の罪の重き事よ!」


 ミュージカル口調に戻ったアスモは目を細め、ヴィディーテさんを見つめる。


「だが、もう安心するがよい。吾輩は全てを悟った……。ああ、君は苦しめられていたんだね!」


 アスモは鋭い目つきに変えこっちを睨み、俺に指をさし――


「このストーカーに‼」


 アスモの声が店の中に響き渡った。


「…………え?」


 俺は現状が理解できずに、自分を指さした。


「恥を知れ! この忌まわしきストーカーよ!」

「ちょっ! ちょっと待て! ストーカーはお前だろ! 何で俺になってるんだよ!」

「ふっ。ストーカーは皆そう言う。自覚が無いとは、ますます見下げ果てた男よ。見苦しい」


 何でこいつは勝手に理解して、勝手に見下げ果てているんだよ?


 このままだとややこしい方向に行ってしまうので、ヴィディーテさんに協力をしてもらおう。


「おっ、おい。ヴィディーテさん。あなたからも言ってください!」

「はっ、はい。幸太さんが言うように、私達は愛し合っています!」


 その言葉を聞き、アスモは憐みの目をヴィディーテさんに向ける。


「可哀想に……無理矢理そう言わされているんだね?」


 ダメだ、こいつ……人の話、全然聞かねー。


「今、助けてあげるからね」


 アスモはそう言うと、指を縦に伸ばした。すると、その指から鋭い爪が急に伸びだす。


「覚悟しろ! ストーカー!」


 そう叫ぶと、アスモはその爪を俺に向け突き刺そうとしてきた。


 ヤバい! 殺される!


 そう思った時――鋭い爪は俺の目の前で止まった。


 よく見ると、アスモの腕には鞭が絡まっていた。


「ぐっ! 誰だ!」


 アスモも誰に止められたのか分かっていないみたいで、鞭の出所の方を見た。


 その先には、鞭を片手に持っているベルがいる。


「おい。誰の許可を得て、我が駄犬に手を出しておる?」


 やだ! ベル様カッコいい! 俺は初めてベルに感謝した。


「きっ、貴様は!」


 ベルの顔を見たアスモは、何故かあからさまに動揺していた。


「なっ、何故貴様がここにいる!?」

「ふん、そんな事はどうでもよい。それより、相変わらず変わっておらんの。変態迷惑ナルシスト悪魔め」


 俺の心の中でちょくちょく毒ついていた呼び名以上のものを、ベルは面と向かって言い放った。


「こっ、これは吾輩とそこの人間の問題だ。貴様には関係のない事だ!」

「いや、奴は我の僕だ。我の所有物に手を出すという事は、我に手を出すという事と同義」


 ベルの中で、俺はもう僕という事が確定しているらしい。


「ほう。こやつは貴様の僕だったか」


 いや、違いますからね。


「ふっ、そうだったか……」


 すると、アスモは小馬鹿にしたような顔でこっちを見てきた。


「こんな卑しいストーカーが僕とは……ふふっ、僕の品格が主の品格を表しておるわ」


 いや、ストーカーはあなたですからね。


「何じゃと?」


 ベルがアスモの挑発に、眉の先を吊り上げさせる。


「そもそも、女の主に守ってもらう僕なんぞ……ふふっ、こんな僕を付けるなど、貴様の目は節穴だな」

「貴様……我を愚弄するか?」


 ベルは見る見るうちに不機嫌になっていく。それを見たアスモはニヤリと笑った。


「なら、その僕は吾輩よりも優れるとでも言うのか?」

「ふん。あまり役には立たぬが、少なくともお前の様なクズ悪魔には負けんわ」


 なんだ? この悪い予感は……。


「ほう……では、我が愛しのヴィディーテを賭け、決闘をしてもらおうか?」


 えっ……。


「かまわん。その申し出、受けようではないか」


 ちょっ、ちょっと待って。


「無論、貴様は手を出すなよ。これは吾輩とそこの僕の対決だ」

「当たり前だ。正々堂々と戦ってやろう」


 何で当事者を置いて、とんとん拍子に話が進んでいるの?


「では決まりだ! 3日後、この街の中央広場で勝負をつけようぞ!」


 ベルがこっちを見る。


「という事だ」

「という事だ、じゃねーよ! 何、勝手に決めてるんだ⁉」


「うるさい。愚弄されたままでいられるか。これは決定事項だ」

「でも、実際戦うのって俺だよね⁉」

「そんなの知らん。我の名誉の方が大事じゃ」


 天界の公務員様は、人の話を聞くことを知らないのか? 公務員は市民の声を聞く

のが仕事だろーが。


 すると、アスモが高笑いをしながら店の出口に歩いて行き、俺達の方を振り返る。


「いいか、ストーカー! 首を洗って待っておれ。吾輩が八つ裂きにしてやる! ヴィディーテ、楽しみに待っててくれ。3日後、君は吾輩のものだ」

「ちょっと待て! 俺は戦うなんて一言も! っていうか、少しくらいは人の話聞けよ!」


 アスモは当たり前のように人の話を聞かないまま、また高笑いをしながら独特な歩き方で店を出て行った。


「まあ、頑張れ」


 ベルは気のない励ましを終えると、再びゲームの電源を付け、続きを始めた。


 ……どうしてこうなった?


 途中までは順調に進んでいたはずなのに、気が付けばストーカーと罵られ、悪魔と戦う事になっていた。


 やはり俺の人生はいつもスムーズにはいかない。


 どんな所でもブラックホールに吸い込まれるように、不運な所に着地してしまう。


 落ち込んでいる俺の所に、ヴィディーテさんが寄って来る。


「あの……大丈夫ですか?」

「はっ、はい……なんとか」

「でも、相手が悪魔ですし……もし幸太さんが負けると魂を抜かれ、その身が消滅してしまいますよ?」

「えっ、でもここ天界ですよね? 一応もう死んでいる世界ですよね?」

「はい。ですから消滅すると、完全な無になってしまうんです」


 Oh……。事態はどんどん悪い方へ進む。それもいつもの事だった。


「ええい! またメタルスライムンが逃げおった! まったく今日はツイとらんの~」


 俺の消滅危機を生み出した張本人は、頬を膨らませ不機嫌になっていた。


 さっき少しでも感謝した自分を、今からでも殴りに行きたい。


「すみません。私のせいで……」

「ハッハッハッ……大丈夫ですよ、いつもの事ですし。それに、あなたみたいな美女を救うために戦えるなんて、光栄だなー……」


 申し訳なさそうにしているヴィディーテさんに、俺は空元気を出す様に声を絞り出す。


「び、美女だなんて……それに魂をかけてまで私のことを……」


 ヴィディーテさんは少し顔を赤らめ、恥ずかしがりながらボソボソ何かを言っていた。


「その代り、情報の方は宜しくお願いします」

「は、はい! そっちの方は任せてください!」

「でも、こういう店に情報なんて入って来るんですか?」


 すると、ヴィディーテさんは自信ありげな顔をする。


「ええ。この店には天界中から愛を求め、色々なお客様が来て下さるのです。そこで、私達メイドが聞けば、大体の事は教えてくれます。天界に住んでいる人はいい人ばかりですから、隠し事する人もいないですし」

「そうですか。それは助かりま――」

「そしてなんといっても、私達には愛の力があります!」


 何故かヴィディーテさんがヒートアップしてきた。


「そう、愛! 愛さえあれば何でも出来る!」

「ヴィ、ヴィディーテさん?」

「人生に必要なものはお金でも権力でも名誉でもありません! 愛なのです! 人は最後には愛に救われるのです!」


 ヴィディーテさんは鼻息を荒くしながら、俺の両手を掴んできた。


「幸太さんもそう思いませんか?」

「そっ、そうですね」


 この人も変わった人だな。天界にいる女神や悪魔はこんな人ばかりなのか?


 俺の形だけの同調を聞くと、ヴィディーテさんは満足そうな笑顔を見せた。


「では、当日も力を合わせて相手に打ち勝ちましょう! 私達の愛の力があれば、不可能な事なんてありません!」

「はっ、はい」


 私達の愛? まあ、とりあえずは置いておこう。

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