第5話 天馬鳳凰号

「おい、爺!」

「何ですかの?」


「当然乗り物は用意しているんだろうな? この広い天界を歩くのは嫌じゃぞ!」

「はいはい。もちろん用意しておりますのじゃ」


「おい、爺さん。そんな乗り物を用意してくれているのか?」

「ふぉふぉふぉ。わしはこう見えて出来る奴なのじゃ。安心せい。天馬鳳凰号を用意しておる」


「おおっ! 天馬鳳凰号か!」


 そのなんかカッコいい乗り物の名を聞くと、今まで不機嫌だった女神がテンションを上げ、目を輝かしている。


「爺、でかした! 我は早速用意をしてくる。おい人間! お前も用意をしておけ!」


 そう言うと、女神は急いで小屋の中に入って行った。


 天馬鳳凰号。なんて神々しい名前なんだ。一体どんな乗り物なんだろう? もしかしてオープンカーみたいな物か? それともカッコいいバイクか?


「では、早速天馬鳳凰号を用意するかの」

「おお。俺も早くその天馬鳳凰号って奴を見たいぜ!」

「ふぉふぉふぉ。そう急くな、急くな。今、出してやるからの」


 爺さん。本当はいい奴だったんだな。俺はさっき爺さんに酷い事をした自分を殴ってやりたいぜ。


 先程の非礼を後悔している俺の前で、爺さんが杖を上に掲げた。すると、杖の先から一筋の光が出て、小屋の前にある空き地にその光が集まりだす。


 くっ。眩しい。今からここに天馬鳳凰号が現れるのか? なんて神々しいんだ。流石その名に恥じない天界の乗り物だ。


 その神々しい光がどんどん物を形成していき、俺の目の前に天馬白鳳号が姿を現した。


「ふぅ。どうじゃ? いい乗り物じゃろ?」

「……おい」

「ん? なんじゃ? かっこよすぎて感動したのか?」

「おい。何だこれは?」


 俺の目の前には、人が数人程度乗れるほどの広さがある、4つの車輪を付けた木製のリヤカーが置かれてある。


「だから、さっきから言っておろうが。物覚えの悪い奴じゃのぉ。これが、天馬鳳凰ごいっだだだだだだだだっだ!」


 俺は先程の謝罪を前言撤回し、爺さんの顔を力一杯握り締めていた。


「離せ! 離せ! いったん落ち着いて手を離すのじゃ!」


 そう言うと、爺さんは顔を俺の手から引っこ抜いた。


「おー、いたたたたっ。いきなり何をする? 本当に乱暴な奴じゃ」

「おい。あれは何だ?」


「ん? だから天馬白鳳号じゃと言っとるじゃろ」

「何だよその名前は⁉ 何処に天馬⁉ 何処に鳳凰⁉ 何処にそんな要素があるんだ⁉ 何処⁉ ねえ! 何処になの⁉」

「何を言っておる? ほれ、そこにちゃんとあるじゃろ」


 爺さんはそのリヤカーの一部に指をさす。


「ん?」


 そこには下手な絵で、角が生えた馬鹿みたいな馬らしき生物と、羽を広げ口をあんぐり開けた鳥らしき生物が描かれていた。


「それは、ベル様自身がお書きになられた絵じゃ。どうじゃ、可愛らしいじゃろ?」

「これが天馬と鳳凰か……」


 俺が大きな期待から突き落とされ俯いた時、後ろの方から意気揚々とした声が聞こえて来た。


「おお! 我が天馬鳳凰号ではないか! 久しぶりじゃの!」


 その声のする方に振り向いた時、俺はまたその場にいる者に驚かされた。


 そこには大きな風呂敷と布団と枕を両手に、美しい女神が仁王立ちしていた。


「よし! では早速準備に取りかかるぞ!」


 すると、その女神は広いリヤカーの上に布団を敷き、枕や風呂敷をその上に置きだす。


「あと、これも必要じゃな」


 そう言って布団の横に一人用のソファー椅子を置く。


「ふぅー。これで完璧じゃな」


 一仕事を終えた風に息を吐き、満足げに見据えるリヤカーの上には、人一人が怠惰に暮らせる引きこもり部屋が出来ていた。


「おい。爺さん」

「何じゃ?」

「もしかして、このポンコツ車を引くのは俺じゃねーだろうな?」

「何を言っておる?」 

「ふっ、そうか。そりゃそうだ。あんなのいちいち引いていけるかって―の」


 胸をなでおろしている俺に向かって、爺さんは笑顔を見せる。


「お前さん以外に誰がおる? あれが自動で動く様に見えるのか?」

「そうか、そうか。その通りだ。…………って、待て! 待て! 待て! ふざけるな! あんな色んな物が乗っている重い物を引けるわけねーだろ! せめて馬とか何か引くやつ貸してくれよ!」


 俺の真っ当な意見を聞いた爺さんは、鼻で笑う。


「あ~。無理じゃ、無理じゃ。ここは天界じゃぞ? そんな動物に負荷をかける行為なぞ許されん。動物愛護団体に訴えられるわい」

「俺ならいいのかよ!? っていうか天界に動物愛護団体なんているの!?」


 俺のまたまた真っ当な抗議をしていると、後ろから高圧的な声がしてくる。


「おい! 人間、何をしておる! 我はもう支度を済ませたぞ! この高貴な女神を待たせるなど罰当たりな奴め。早くせんか!」

「くっ……まじか……」


 本当にこんなポンコツ車にあの傲慢女神を乗せて、奴隷の如く引っ張って旅をするのか?


 しかし、俺には将来の夢の様な生活の為には選択肢は無かった。


 ……しょうがない。とっとと神というものを見つけ出して、今の不遇の分以上の幸運を手に入れるんだ! そう考えよう。少しの我慢だ。


 決心を固め、女神の元に向かおうとした時、爺さんの杖で肩を軽く叩かれた。


「ん? 何だ?」

「ちょっと耳を貸すのじゃ」


 爺さんは俺の耳にひそひそ話をしてくる。


「いいか。女神様はどの方もとても純粋な方達なのじゃ。だからの、くれぐれも自分の言動には気を付けるのじゃぞ。適当な事を言っても信じてしまうからの」

「あっ、ああ」


 爺さんの要領を得ない忠告を聞き終えた俺は、再度女神の方を見る。


「何をしておる⁉ 早く来んか!」


 そこには地面に地団太を踏んでいる女神がいた。


 あれが純粋な女神なのか? いや、見方を変えれば純粋(子供?)なのかもしれない。


「じゃあ、頑張って探してくるんじゃぞ」

「ああ、行ってくる」


 俺は軽くため息を吐きながら女神の方へ歩みを進めた。


 くそ、いきなり上手くいかねーな。ほんと俺って……いやいやネガティブになるな。


 何か懐かしいこの現状の巡り合わせに、俺はいつも思っている心の声を塞ぎつつ顔を上げた。


 何もかも最初から上手くいくことなんて滅多に無い。こんな苦悩もすべてが終わればいい思い出話だ。そうだ……。


「そうだ! 俺の、俺達の旅はまだ始まったばかりだ‼」

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