第27話 報告

「では、改めたお話をしたいのですが――璃々夜はどうして叔父さんの膝の上にいるの? 降りて」


 遅めの昼食を終えて、先ほどの璃々夜に添い寝をする件を改めて話し合うつもりらしいが、改める必要がある案件なのか、これって。


「どうして? おじちゃんはリリヤが乗ってたらイヤ?」


 麗羅の言うことを聞きたくないのか、璃々夜はオレを見上げて、迷惑じゃないか問いかけてきた。


「嫌かどうかって聞かれたら」


 嫌なはずない。だが、真正面に座る麗羅の顔をチラッと見ると「はら、早く降ろしてください、話が進みません」と無言でも言っているのが伝わってくる顔をしている。

 でも、璃々夜を見下ろすと、純真無垢な瞳が「イヤなの? イヤじゃないよね?」と問いかけてくるようだった。


「嫌じゃない」


 璃々夜をオレの膝から降ろすなんて、そんな非情なことできるはずねぇだろ!

 麗羅の視線は気になる。しかし、オレは璃々夜を膝の上に残すことを決断した。

 膝というか胡坐の上だが。


「おじちゃんっ! ふふぅん、これで文句ないよね? レイラお姉ちゃん」


 本人が嫌じゃないんだから、文句言わないで――とでも言いたげなドヤ顔に、麗羅は面白くなさそうに頬を膨らませた。


「叔父さん……」


 いや、そんな顔されても困るんだが……仕方がないだろ! 


「お兄さんは璃々夜に甘々ですね。因みにわたしが乗せてもらった場合はどおなりますか?」

「重いので降りてもらうか」

「お姉ちゃん裁判長、お兄さんにはロリコンの疑惑があります。即刻有罪判定を! まだ夕刊に間に合います!」

「おい、ちょっと待って」


 とんでもない発言にオレは慌てて、有紗に手を伸ばした。

 そもそも裁判長ってなんだ。いつから裁判になったんだ。話し合いなんだろ!

 あと、オレはロリコンじゃない! その疑惑は一切……ないとは言い切れないな。あの事を考えると――。


「気持ちはわかるけど落ち着いて。ロリコンはけして私たちに都合の悪いことじゃないでしょ」

「それは……主張は取り下げます。でもお兄さん! 女の子に重いなんてデリカシーのない発言はよくないと思いますよ」


 麗羅の発言に悩む素振りを見せ、有紗は同意するように頷いた。

 何に共感したのかいまいちわからないが、夕刊に載らないのであればオレに文句はない。


「璃々夜と有紗じゃ身長も違うんだから、体重だって違うだろ。こういうのは小さい子の特権っていうか、けして侮辱する意味で言ったわけじゃない」

「それはわかってますけど、乙女としては抗議します。次はありませんからね」


 笑顔で忠告された。

 その笑みの裏に一体どんな感情が隠されているのか……今後は気を付けよう。


「璃々夜のことはこの際、目をつむります。気にしてたらいつまで経っても話が進みません」


 麗羅が大人の対応をすることで、この場では不問となるようだ。


「それでは璃々夜と寝る件についてですが」

「何か問題があるのか?」


 オレはできるだけ平然を装って返した。

 いきなり言われた時は、変に意識してしまったが、落ち着いて考えてみれば八歳児に添い寝なんて変なことじゃない。

 これが血の繋がりもない赤の他人なら話は別だが、オレと璃々夜は叔父と姪の関係で、今では璃々夜を含める三人の娘たちの親代わりだ。


「あります。どうしてわざわざ一緒に寝る必要があるんですか?」

「そりゃ璃々夜にお願いされたからだろ」

「叔父さんは女の子にお願いされたら一緒に寝るんですかっ」


 なんで血相を変えたように言うんだ。別に変なことをするつもりは――誓って言うが、無いからな。さすがに璃々夜を相手に変なことはしない。


「別におかしいことじゃないだろ。昔は麗羅もせがんできた」


 実家や兄さんの家に泊まる際は、必ずと言っていい程、麗羅はオレと寝たがった。

 それが無くなったのは、一緒に風呂に入らなくなった時期と同じだ。

 つまり麗羅が一歩大人に近づいて、羞恥心とかが芽生えた頃だろう。

 末っ子の璃々夜はまだそこまで成長してないから、無邪気に言っているだけだ。それはかつての麗羅と何も変わらない。


「それは……いつの話ですか」

「麗羅が五年生になるまでだったか? 璃々夜は今何年生だ? 今年で三年生だろ」

「それはそうかもしれませんけど……」

「はいはい! なら、お兄さんはわたしが一緒に寝てくださいって言ったら、一緒に寝てくれるんですか?」


 言い淀んだ麗羅をフォローするように、有紗が手を挙げてそんなこと言ってきた。


「……一緒に寝たいのか?」


 けしてやましい意味はないからな。


「はい。是非そのままわたしを女にしてくださいっ」

「有紗っ!」

「却下するっ!」


 オレが拒否するよりも早く、麗羅が怒った。


「じょ、冗談、お姉ちゃん冗談だから」


 有紗は苦笑いを浮かべながら、冗談を強調して言った。


「おじちゃん、アリサお姉ちゃんは女の子だよ? どうして女になる必要があるの?」


 有紗の言葉の意味が理解できない璃々夜は、小首を傾げて尋ねてきた。


「えっ、やっ、それはだな……」


 純真無垢な子になんて説明すればいいんだっ。

 男性と肉体関係を持つとか、処女じゃなくなるとか、男を知るとか、色々言い方はあるが、更にその意味を深堀して追及されたら説明するのが難しい。

 璃々夜の歳ではまだ知る必要のない知識だ。

 オレは同性である二人に助けを求めるように視線を送った。

 すると二人も戸惑った様子になり、麗羅は「有紗が余計なこと言うから」と叱っていて、その有紗は両手を合わせて「ごめんね叔父さん、任せます」と全て放り投げていた。


「あぁ~、きっと有紗は璃々夜たちのお母さんみたいになりたいって意味のことを言っているんだと思うぞ」

「お母さん……おじちゃんはアリサお姉ちゃんをお母さんみたいにできるの?」


 できないことはないだろう。

 倫理的にアウトだが。世間が許しはしないが、できないことはない。


「(お母さんを女にしたのはお父さんだけどね)」

「(有紗は黙ってて、あなたのせいで叔父さん大変なんだから)」

「で、できるぞ! 男にはその力があるっ」


 オレは一体何を言ってんだ?

 璃々夜が成長して言葉の意味を知った時、オレがいかにバカなことを言っていたのか、きっと知ることになる。

 その頃にはオレが苦し紛れで言っていたことも理解してくれるか?


「じゃ、リリヤも! リリヤもおじちゃんに女にしてもらうっ!」

「「「…………」」」


 さすがにそれは無理っ! 頭を抱えてもいいよなっ!


「り、璃々夜、そういうのは好きな人にだな――」

「リリヤはおじちゃんのこと好きだよぉ」

「それはありがとう――じゃなくてだな……」

「あぁー、それはまだ璃々夜には少し早いって言うか(わたしとお姉ちゃんだってまだなのに、末っ子が一番最初とかないよ)」

「そうね、璃々夜にはまだだいぶ早いから(有紗にも早いからね。叔父さんに変なことしないでよ)」


 オレが言い淀んでいると、さすがに二人も助け船を出してくれた。

 それがどれだけ効果があるかはわからないが、嬉しい限りだ。

 この状況を作り出した原因が二人にあるとしてもなっ。


「なんで? アリサお姉ちゃんは良くてリリヤはダメなの?」

「有紗もまだダメだからね。ねぇ、そうでしょ?」

「あ、うん。冷静に考えるとわたしもまだだった、かな?」


 疑問形にするな。間違いなく有紗もまだ早いだろっ。


「なら、レイラお姉ちゃんは?」

「そりゃ麗羅もまだだろ。ってことは全員まだ早いってことだ。だから璃々夜も気にせずにもっと大きくなってからだな」

「……叔父さん」

「なんだ?」

「いえ、何でもありません」


 全然何でもないって顔には見えないが。

 不満そうにして、プイって横を向くな。

 今時はオレが子供の時よりも早めに経験する子が多いことは知っているが、だからって麗羅がそれにならう必要はない。

 父親代わりとしては、高校を卒業、いや最低でも中学を卒業するまでは認められない。

 そしてその相手はオレであってはならない。

 だから……もうあんなことしたら絶対にダメだっ。


「うん……残念、リリヤお母さんみたいになりたかったのに」


 しょんぼりした様子の璃々夜の頭をオレは手を置いて、割れ物を扱うように力加減をして、ゆっくり撫でた。


「それはオレが手を貸す必要がない。璃々夜は義姉さんに似て、美人になるぞ」

「ホント?」

「ああ、何たって兄さんと義姉さんの子供だからな」


 今がこんなに可愛いのに、将来綺麗にならないなんて考えられない。

 そりゃ顔立ちは成長の過程で多少なりとも変化するかもしれないが、璃々夜なら――いや麗羅と有紗、三人とも将来は絶対に義姉さんのような美人になる。

 きっと周りの男たちが裏で壮絶な取り合いをすることになるはずだ。

 どんな奴が三人の心を射止めるのか――そんなことを考えると今から鬱になりそうだ。

 兄さんみたいな人なら、オレも文句は言わないが、間違っても変な馬の骨だけは見つけないでほしい。


「そっか……でも、お母さんにみたいになれなかった時は、おじちゃんがお母さんみたいにしてね」

「お、おう、その時は任せ――ていいのか?」


 いいわけないだろ。ダメだろ。

 危うく勢いで頷くところだった。


「叔父さん……」

「お兄さん……」


 ほら、麗羅と有紗が文句言いたそうな顔になって――


「私もお願いしますっ」

「わたしもお願いしますねっ」


――揃ってお願いしてきただろ。


「ほら、二人もこう――うん、なって?」


 聞き間違い……だよな?

 オレが自分の耳を疑っていると、三人はよく似た笑みを浮かべて――


「「「お願いします」」」


――と声を揃えた。


 ◇


「そりゃとんでもない予約が入ったね」


 数日が経ち、学生で言う新学期が始まった。

 それは同時にオレの休みの終了を意味している。


「笑い事じゃないですよ。オレの人生に関わります」


 姪っ子に手を出す変態か、常識人であるかが問われている。

 当然、自分では後者だと主張させてもらう。

 多少、後ろ暗いことがあるとは思うが、一線は超えてないはずだ。


「近親相姦の変態野郎か、ロリコンの変態野郎か、二者択一だ」


 出勤したオレは、寮の学生たちを見送り、寮内の掃除や学生たちの洗濯物を干してひと段落したところで、この休みの間のことを風吹さんに説明した。


「どうして手を出すことが前提の選択肢なんですかね」

「そりゃ初恋の人の娘だしね~。日暮さんの理性がいつまで持つか、私と賭けよっか」


 ニヤニヤしながら、風吹さんはそんな提案をしてきた。


「そんなの賭けになりませんね。手なんて出すつもりないんで、オレの一人勝ちです」


 実は既にアウトな案件もありそうな気はするが……言わなきゃバレないはずだ。


「なら、私は1年後の今日までに何かしらの手を出す方に」

「ちょっとなんですか、何かしらって。内容が曖昧です」


 それに思っていたより期間が長いっ。


「何かしらは何かしらだよ。寝ている所にいたずらしたり、一緒にお風呂入った時にいたずらしたりとか」

「…………」


 まさか、ウチにカメラとか仕掛けられてないよな?


「あれ? どうして黙っちゃったの? もしかしてもう――」

「呆れて何も言えなくなっただけです。勘繰らないでください」


 本当は「既にアウトです!」なんて口が裂けても言えない。


「なら、賭けは成立ってことでいいね?」

「はい。掛け金はどうしますか?」

「そうだね……勝った方の言うことを何でも聞くっていうのは?」

「定番ですね」


 大人だからお金のやり取りかと思ったが、そうではないらしい。


「そうだね。でも、私たちは大人だし、この場合の何でもは本当に何でもにしよっか」

「それって――」


 わざわざ意味を深めるような言い方に、オレは風吹さんの言う〝何でも〟の内容を考えた。


「あ、でも『死ね』とか『金出せ』はやめよっか。あと犯罪行為になるようなことは無し」

「まぁ、当然ですね。もちろん、そんなこと要求はしませんけど」

「だよね。けど、それ以外――エッチなこととかは可で」

「…………」


 まさか風吹さんの口から言ってくるとは思わなかった。まさにオレが一応確認しようとしていた内容だ。


「あれれ? もしかして想像してる? 私に何させるか。いやぁ~一体日暮さんの脳内で私はどんな目に遭ってるのかな?」

「想像してません。エロいことだってオレは要求しませんから」


 確認しようとしていたのは、そんなことを要求するためではない。あくまで何でもの許容範囲を探るためだ。


「へぇ~、まぁ、私は要求するつもりだけど?」

「風吹さん……」

「子供に手を出すような変態には、大人の良さってもんを教えて、更生させてあげる」


 どんな反応をすればいいのかわからず、オレは戸惑ってしまった。

 そんなオレを見て、風吹さんはおかしそうに笑う。


「そんな深く考えないでよ。お互い初めてってわけでもないのに、一度や二度、大した意味ないって」

「…………」


 すみませんね。実はオレ、まだ童貞で……。

 この歳になれば初めては好きな人となんて幻想は抱いてないが、そんな簡単には割り切れない。

 でも、やっぱり風吹さんは経験あるのか。

 慣れたような言い方だし、豊富なのか?

 そりゃこれだけ美人なら、男共が放っておくわけないか。


「まぁ、そうですね。オレは要求しませんが」

「頑なに言われると傷つくなぁー。まるで私に魅力がないみたい」


 義姉さんと比べれば見劣りするが、けして魅力がないわけじゃない。

 もしオレが義姉さんと出会わず、そんなこと言われていたら、オレが勝ってもそんな要求をするかもしれない――ってくらいには美人だ。

 でも、義姉さんを考えると……。

 だが1年後、オレの考えが変わっている可能性もあるので、今否定していてもちゃっかりなんてことも考えられる。

 もう絶対に手が届かなくなったことで、多少なりとも変化は起るかもしれない。


「それで結局末っ子ちゃんとは一緒に寝たの? そしていたずらはしたの?」

「いきなり話戻しますね……残念ですけど、期待には応えられませんよ。一緒には寝ないことにしたんで」

「えぇーそりゃどうして?」

「義姉さんみたいな大人の女性になりたければ、一人で寝なさいって言っときました」

「……この常識人めっ」


 風吹さんはつまらなそうだ。


「この賭け、オレの勝ちですかね」


 余裕たっぷりの笑みを浮かべ、オレは勝ち誇って見せやった。

 そう、オレが姪っ子たちに手を出すはずがない……たぶん、きっと……。



※あとがき※


 なろうさんみたいにあとがき欄を作ってほしいと要求していますが、作っていただけるのか……

 一応このお話で文庫一冊分なので、オチになってないですけど、オチのつもりで書かせてもらいました。

 15話ぐらいまでは書きたいこと書いていたので手応えあるのですが、それ以降は詰まりながら書いたのであまり面白くないと感じる人も多いと思います。ハートの数を見ても、「うん、そうだな」って納得の内容です。

 次回からは学園でのお仕事、メインは陸上部のつもりです。新キャラは三人出てきて、現在予定しているヒロイン?は全員登場って感じです。

 またしばらくは書きたいことを書けるようになる予定ですので、多少は面白くなると思う(個人的な予想です)

 ここまで読んでくれてくれた方でフォローまだの方、今後も読んでみようと思えるのでしたらフォローお願いします。ついでい評価もしてくれると嬉しいです。既にしてくれている方たちはありがとうございます。今後もよろしくお願いします。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る