第17話 雨の日は官能的じゃない。 no.5

「茜 夏希として……」

「あぁ、頼む」


 分かってくれたのか、彼女は俺を誘惑するのは止め素直に座ると問いかけて来た。


「それで、私『茜 夏希』に何を聞きたいの?」

「俺は……どうしてそこまで、茜が俺を誘惑するのか知りたい」

「言ったでしょ、陰キャのアンタが陽キャの私に堕ちない筈ないんだからって。意地よ」

「嘘だ」

「嘘じゃない」

「いいや、嘘だ。茜の言葉遣いにはずっと違和感を感じてた」


 そう、例えば俺の呼び方が「アンタ」「楠」「真一くん」と状況によって様々だ。しかも、女の子言葉になったかと思えば、急に強気な言葉遣いになったり。


「そんなの、その場の雰囲気に合わせてるだけ。考えすぎ」

「確かに、考えすぎかもしれない。でも、俺はどうしても君が『演技』をしているとしか思えないんだ」

「……演技だなんて」

「教えてくれ、茜。本当の君を」


 彼女には二面性がある。多重人格ではない。

 もっとこう、社会的な何かだ。みんなの前で見せる顔、俺の前で見せる顔、噂で聞く顔……全部、違い過ぎる。


「俺は茜と友達になりたい。だから聞いているんだ」

「楠だって、今と遊んでる時じゃ全然雰囲気違うじゃん」

「俺はずっと考えていた。あんまり踏み込んで話をするべきじゃない、自分は茜と釣り合う程、立派な人間じゃないからって」

「……」

「でも、友達になりたいって思った。茜の事、もっと知りたいって、そう思ったんだ」

「ほら、やっぱり興奮してんじゃん。私とエッチしたいから、でしょ? セフレになりたいんだ」


 俺の本心を隠したままじゃ、彼女から本心を聞き出すのは筋が通らない、か。


「エッチしたくなかった、と言えば嘘になる。本当は君に興奮していた……最初に勃起してなかったのも、緊張していたからだ」

「だったら、今すぐ私を抱けばいいじゃん。御託を並べて言い訳しないで、エッチしてもいいんだよ」

「けど、今は違う。君が知りたい、身体じゃない、心が知りたい」

「心……楠は言ったね、好意がなきゃどれだけ性欲が合っても興奮しないって」

「100%嘘を言ったわけじゃない。現に俺は今、下着もつけず露出の激しい茜が隣にいても、一切興奮していない。この通りだ」


 彼女の視線が下に落ちる。

 俺は部屋着、薄いズボンだから勃起してれば直ぐに分かる。


「本当だ……」

「だろ? だから、教えて欲しい。茜の本心も」

「──ッ」


 そう告げると、茜は俯き両手を組む。

 沈黙の時間がしばらく続くと、ようやく重い口を開いた。


「ごめん、言えない」

「やっぱり、俺じゃあ友達になれないって、ことか……?」

「そうじゃない、楠も、林檎ちゃんも、今まで出会った誰よりもいい人で、噂なんか気にしないで接してくれたのは本当に感謝してる」

「だったら──」

「でも、言えないの。まだ、勇気がない……でも、私もずっと思ってた、だから行動してる、いつか全部話せるようになる為に」


 顔を上げ、ジッと俺の目を見つめ返してくる茜。

 覚悟を感じた、なんて大層な言葉はつかえないけど、充分に信頼できる、と思った。


「わかった、んじゃあその時にまた話して」

「いいの? 私、楠が思ってるような女じゃ無いと思うよ」

「茜こそ、自分が思ってるほど悪い女じゃないって俺は思うぜ」

「……ずっと、罪悪感があったの。私と一緒にいることで、楠にも悪い噂が付き纏っちゃってるって。それでも遊びに誘ったのは、友達になりたいって思った私のわがままだから」

「罪悪感なんていらない、友達なんだろ、俺達は」

「んっ……そうだね、これからもよろしく、楠」


 笑顔で差し出された右手を俺は迷いなく握りしめる。

 氷のように冷えていた手の平は、心地の良い暖かさになっていた。

 ようやく俺達は『友達』になれたと確信できる出来事だ。


 まだ、彼女に対する謎、秘密は尽きない。

 けれど今日しっかりと一歩前進できた。

 これから少しずつ、茜が話したくなったら聞きたい、そう思った。


「それでさ、楠……友達として相談なんだけど」


 上目遣いで申し訳なさそうに問いかけてくる彼女。

 友達として、その言葉が嬉しくて俺はルンルンで言葉を返した。


「どうした、改まって」

「この三日間、いろんなことがあって……凄く、不安なの」

「不安?」

「だから、協力してほしい」

「勿論、俺にできることならなんでもやるぞ!!!!」

「なら──」


 友情の為ならなんだってやる。

 俺は即答で茜のお願いを聞いた。そのお願いとは──


「……」

「すぅー……すぅー……」


 胸の中で気持ちよさそうに吐息を立てながら、眠りにつく彼女。

 同じ布団の中、身体を密着させ、俺は彼女の身体を抱きしめていた。

 胸が、太ももが、当たってる。俺の、身体に。

 柔らかい、さっき下着を着てないと言っていたが、本当みたいだ。

 より鮮明に、彼女の鼓動を感じることができた。

 あぁ、女の子の身体って、胸や尻、太もも、全部柔らかいんだ……ぁ、ヤバい。

 硬い一物が当たってしまう。

 せっかく「友達だ!」って恰好付けたのに、その言葉が汚れてしまう。

 でも、これは、無理だ……ッ!!


「んっ、楠……」


 もそもそと身体を蠢かせ、俺の名前を呟いた。

 思ったよりも、彼女の身体は簡単に俺の身体に収まってしまう。

 なんとなく、俺は彼女の頭を撫でた。

 すると、頬には一粒の涙が零れる。


 直感した、俺達の関係はこれから始まるのだと。

 でも、その前に──


「これじゃあ、寝れないよ……全く」


 ビンビンになった股間を内股で抑えながら、ギンギンになった瞳を無理矢理瞑っても、この夜は一睡もすることができなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る