2-6 クリスマスの夜

 明鈴はそれから顕彰と話す機会は特に訪れず、二人をどうにかしようとするクラスメイトはいつの間にかほとんどいなくなった。おかげで学校では勉強に集中できて、成績も少しだけ伸びた。

「やったね明鈴ちゃん。全部正解!」

 いつものように昇悟が家庭教師に来ていた金曜日、たまにはテストをしてみよう、と突然小さな数学のプリントを渡された。学校の期末試験が終わったばかりなのもあって全く聞いていなかったので戸惑ったけれど、それでも学校で習った範囲ばかりだったので、制限時間内に全て解くことが出来た。

 そして結果が、満点だ。本当なのか信じられず、明鈴は点数と昇悟の顔を何度も交互に見た。

「そんな驚かなくても、本当に満点だよ」

 昇悟は笑いながら明鈴からテストを取り、『100』と書かれた数字の隣に赤ペンで花丸を描いた。

「花丸……ははは、こんなのもらうの久しぶりですよ」

 嬉しいけれど照れくさくて、明鈴はもう一度笑った。

「それじゃ、今度は英語のテストをしようかなぁ……」

「英語だったら大丈夫かも」

「本当に? 長文問題だけで、問題も全部英語でも?」

 ニヤリと昇悟が笑って明鈴が返事に困ったとき、階下から雪乃が二人を呼ぶ声がした。昇悟は、全部英語は冗談、と言いながら、でもテストはするよと笑いながら、何が本当なのかわからない明鈴をからかっているように見えた。

 二人が勉強している間に、ダイニングテーブルの上にはたくさんの料理が並べられていた。十二月下旬の金曜日、ちょうどクリスマスと重なった週末だ。

「お母さん、ケーキはあるの?」

「あるけど先にご飯食べなさい」

「はーい」

 サラダにシチューにハンバーグ──、という一般的なメニューの中に、もちろんチキンは小樽のソウルフード、若鳥半身揚げだ。フライドチキンをメインに扱うファストフード店で働いている人は店の商品を買うかもしれないけれど、明鈴の両親も小樽に来る前はそっちが定番だったけれど、暮らしが小樽に定着した今はほとんど食べなくなった。

「さっき、明鈴ちゃんに数学のテストしたら、満点だったんですよ」

「えっ、本当に?」

「もともと成績は悪くはないし、苦手分野でもやればできる子ですよ」

 テストで満点を取って、楽しいクリスマスパーティーで、改めて昇悟に褒められた。いつもの金曜日も楽しかったけれど、今日は特別だった。昇悟は車で来ていたのでお酒が飲めない事を少し残念そうにしていたけれど、たまには良いか、とジュースで乾杯した。


 食事の片づけを全員で済ませてから、明鈴は昇悟と一緒に部屋に戻った。いつもなら昇悟はそのまま帰っているけれど、パーティーの間に吹雪いたようで車を出せなくなった。昇悟は川井家に泊まることになり、明鈴の部屋には荷物を取りに戻った。

「実は明鈴ちゃんにクリスマスプレゼントがあって。はい」

「えっ?」

 昇悟は荷物から小さな包みを取り出した。明鈴もよく行く雑貨屋の包装紙で、クリスマス色のリボンがついていた。

「私何もないのに……。ありがとう! 開けて良い?」

「どうぞ」

 リボンを解いて丁寧に包装紙を外すと、中にはペンケースとシャーペン・消しゴムのセットが入っていた。デザインは明鈴が好きなキャラクターで、ちょうど良い大きさだ。

「昇悟君、私がこれ好きって知ってた?」

「ううん。でも、部屋の中にそのグッズが多いから」

 明鈴に直接は聞かなかったけれど、部屋にある物から明鈴の趣味を想像したらしい。今使っているペンケースがボロボロになっているけれど買うお小遣いがない、とは前に聞いていた。

「ありがとう、嬉しい! 明日から使う!」

 明鈴はさっそく古いペンケースから中身を出して、昇悟にもらったほうに詰め替えた。ついでにペンも気分転換に他のものと何本か入れ替えたけれど、新しい消しゴムは使うのが勿体ないのでビニールを付けたままで、今まで使っていたものをしばらく使うらしい。

 そんな光景をしばらく見てから昇悟は部屋を出た。廊下の窓から外を見るとまだ雪が降っていて、ついてないな、と思う一方、プレゼントが明鈴に喜んでもらえて良かった、とも思う。

 それでも──。

「あっ、昇悟君、お風呂沸いたから、先にどうぞ」

「え? あ──はい、ありがとうございます」

「どうかした? 大丈夫?」

 階段ですれ違った雪乃の言葉が一瞬理解できず、なんでもないです、と苦笑しながら昇悟は浴室へ向かった。

 昇悟がほんの少しだけついた溜息が、雪乃の耳に届いた。

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