第23話 それが加護だというのなら

 女神の加護。

 それがどんなものか、どこまで影響するものなのか、本当は誰も分かっていない。


 蝶子自身、自分に起きた変化を理解出来ていなかったのだ。


(あるいは……自分自身のことを考えないように思考や感情の起伏を制限する――それもまた、女神の加護か?)


 そうでなければ、ただの少女に魔王討伐の責など重すぎて耐えられなかっただろう。選ばれた者の心身を守るために与えられた加護のはずだ。

 だが――家族の顔まで忘れるなんて……。


(これは、加護というより……)


 蝶子の肩を抱きながら、フォルトは胸中に浮かぶ考えにぞっとする。

 けれど、否定できない。


 思い出せないと困惑する、けれど感情が上手くない蝶子を目の前にすると、一度浮かんだ神官としてあるまじき疑念を、消し去れないのだ。


 ――身体能力の向上、眠りも食事も必要としない体、変化に乏しい表情、曖昧で薄い喜怒哀楽。

 その上……家族の面影の消失と、これまでそこに気付かなかったという……言い換えればそこに意識を向けなかったという無意識での選別。


 家族を思えば、帰りたいと必死になるだろう。

 だが、度が過ぎれば心を病む。

 だから、加護が働いた。

 少女の心身を守るために、この世界に呼ばれた勇者が、壊れないように――。

 

(だとすれば、やっぱりこれは、加護なんて名ばかりだ)


 これはまるで、無辜の少女をこの世界に縛り付けるための、呪いではないか。

 

「どうしよう、私、忘れちゃったのかな? 大事なことなのに、家族なのに……」

「チョーコ……大丈夫だ。考えよう」

「考える?」

「ああ、そうだ。元の世界に戻れば、そして家族に会えば、きっとすぐに分かる。あっという間に思い出すさ。だから、元の世界に戻る方法を考えよう」

「フォルトさん……」


 動揺していた黒い双眸が、だんだんと落ち着きを取り戻していく。

 安心させるように笑いながら、フォルトは内心で自分を嫌悪した。


 ――考えようだと? よくもそんな言葉を笑って言えるな。異世界人の送還方法なんて、常人では見つけられないと分かっているくせに。


(女神様、あなたはなぜ、この子にこのような試練を与えたのですか? 貴方が選んだ勇者ならば、なぜ役目を終えた彼女を迎えに来てあげないのですか?)


 神官であれど、加護持ちであれど、フォルトに神の声は聞こえない。


「ありがとう、フォルトさん。……そうだよね、諦めたらダメだよね」


 その耳にはっきりと届くのは、そばにいる少女の健気な言葉だけ。


「本当に、ありがとう。……あなたがいてくれて、よかった」

「――っ」


 ほんの少しだけ唇を持ち上げ、目尻を下げている……控えめすぎるほどの笑みを浮かべる蝶子に対し、フォルトは胸の内に沸いた悔しさや怒り、やるせなさを押し込めて、頷いてみせた。


(君の傷を、治せたらよかったのに)


 加護とも呪いともつかぬ、女神の贈り物すらも、蝶子にとっての傷や枷になるのなら、それもまるごと全部、自分が治して癒やして、元通りに出来たらよかったのに。


 ――それは、フォルトが神官になってから初めて感じる、無力感だった。

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