第32話 デスペラード

「もっとも、コアが自我を持ったブランカはコアを破壊された時点で死ぬがな」

「けどそうしたら、おまえ達の願いは叶わない。そうだろ?」


 仁の言葉に、レントは気に食わないとばかりに舌打ちする。


「おまえ達のスペックは大体分かった。この体では少し手こずりそうだな……拡張、しなければ」


 レントの体はスライム状になり、ビルの屋上からその身を投げた。


『追うわよ!』

「言われなくても――って、さすがにこの距離は難しくないか?」


 このビルの高さは50メートル。

 スライム状のレントならまだしも、この距離から落下するのはリスクが大きい。


「まさかあれを使うのか? でもエネルギー消費が激しいから使用は控えるって」

『ごちゃごちゃやかましい! 男ならさくっと飛び降りろっての――!』


 仁の意志とは無関係に、ジャグラーは地面を蹴り、夜の空へと飛び立った。


「それ性別関係無いからあああああああああああああああ!?」


 絶叫しながらも、仁は義手を百連刃に変形させ、ベルの壁面に突き刺した。

 火花を散らしながらも落下スピードは徐々に減少していき、地面から三十センチほどのところで落下が止まった。

 ほっと一安心――と思いきや、


「――あ」


 人々がぽかーんとした顔でジャグラーを見ていた。

 彼らからしてみれば、大量殺人の犯人が突然空から降ってきたように見えるわけで。


「きゃあああああああああああああああああああ!」


 あっと言う間にパニック状態に陥った。


「落ち着いて! 僕達は別に何も――痛い痛い缶投げないで!」

「くたばりやがれ化物め!」

『上等じゃない。四肢引きちぎってその内臓ブチまけて喧嘩売ったこと後悔させてやるわ――』

「そっちじゃなくて、今はレントを追わないとだろ!」


 正確には今だろうが後だろうが駄目なのだが。


『……フン、命拾いしたわね劣等種』


 などと益々評判が悪くなりそうな捨て台詞を吐くブランカ。

 周囲を見渡すと、マンホールの蓋がズレているのが見えた。


「ここから逃げたのか……?」

『奴の反応が地下からあるから間違い無いわね』


 下水道に入るのは正直嫌だが、それで取り逃がすようなことになったら間抜けにも程がある。


「はいはいちょっと失礼しますよっと……」


 何故か中腰になりながらジャグラーはパニック状態の人々の間を駆け抜け、マンホールに飛び込んだ。

 着地した瞬間、下水特有の異臭が鼻を突く。


 アーマーの下の服に臭い染みこまないか心配になったその時、無数の光が僕達を取り囲んだ。

 義手の鼓動がさらに大きくなる。

 光源の正体は、キャンサーの機械的な複眼だった。


キャンサーは全て同じ蟻型。

 蟻型は集団行動に長けているが、決して個体ごとのスペックが低い訳ではない。

 むしろ、パワーは平均よりも高く、かなりしぶとい。


 連携攻撃も中々のもので、ACTにいたときには、蟻型の群れには決して一人では立ち向かうなと何度も釘を刺されていた。

 このような狭い場所では下手な武器を持っていない個体の方が有利だが……そう考えると、蟻型はうってつけだ。


「キャンサーを操ることもできるのかよ……!」


 舌打ちしながらもジャグラーは百連刃を構えた――



 レントに操られるキャンサーを屠りながら、下水道の中を進んでいく。


 数十分が経過し、嗅覚が麻痺して異臭をなんとも感じなくなってきたその時、十メートル程先に一筋の光明が差しているのが見えた。


「あそこか……!」


 外に出ると、目の前には巨大な倉庫があった。

 作りも頑丈で、見るからに仰々しい。

 周囲に建物らしい建物はないが、この場所は先程の十字路と違って、意図的に人を寄せ付けないように設計されているのが分かる。


「ここにレントは逃げ込んだのか……?」


 倉庫の壁にはでかでかとACTのマークが描かれていた。

 ACTは基地以外にも、倉庫を街の至る所に設置している。

 例え基地が機能不全に陥ったとしても、その倉庫にある物資でキャンサーに立ち向かうことができる。


『こう言うのって基地に保管しておくもんじゃないのフツー?』

「どっかの誰かさんのお陰で、基地のみに集中しておくのがマズいって分かったんだよ――って、ごめん。あれはブランカじゃないんだったな」


 ブランカがビスクドールのコアから産まれた別個体であるということは、戦いに行く前に聞いていた。


『別に謝んなくてもいいって……むしろ、礼を言うのはこっちの方かもね。あんたがビスクドールを吹っ飛ばさなきゃ、あたしはこの世界に産まれてなかったってことだし。ま、アイツも産みだしたってことになるんだけど』


「……」


 地味に気にしていることを言われて反論できない仁だった。


『でも妙よね。なんだってこんなところに逃げ込んだのかしら』

「そうだよな。あるのはせいぜいRCユニットくらいで――」


 一気に、血の気が引いた。


「……なあ、マズルカ。おまえ達って人間に寄生できるんだよな」

『そうだけど……それが何?』

「機械に寄生することとか、できるのか?」

『少なくともあたしは無理。あ、でもチルドレンってそれぞれに特殊な能力があるみたいだからあいつは不可能じゃ――』


 瞬間、倉庫の天井が爆発と共に吹っ飛んだ。

 堅牢な防弾ガラスすらも爆風の直撃によって木っ端微塵になる。


『――ないみたいね』

「どうもそうらしい」


 黒い煙の中から出て来たのは、現在使われている世代のものよりも遙かに巨大なRCユニット。

 忘れるはずがない。

 それは、仁が最後に装着したRCユニット。

 理論上では最強の第二世代RCユニットだが、動かせる人間はこの街には一人しか存在しない。


 今も尚その機体を凌駕する火力を持つユニットは存在しないと言われ、歩く火薬庫とも恐れられたその機体の名は――


「〈デスペラード〉……!」


 無法者の名を冠するRCユニットが、人類の敵として復活した瞬間だった。


「嘘だろ、修理されていたのか……!」


 再起不能になってもおかしくないくらい破壊されていたはずだが、ACTの技術班の舐めていたらしい。

 もっとも、今はそれが完全に裏目に出ているのだが。


「だから私がいただいた。母を殺したユニットでおまえに引導を渡す……くくっ随分と粋な趣向じゃないか」


 デスペラードから聞こえてくるのはレントの声。

 仁の不安は的中し、彼女はデスペラードを自らの体のように操っていた。


「……ちゃんと使用許可は取ったのか? 無許可で使うとすごい怒られるんだぞ」

「気遣い痛み入るよ」


 デスペラードの目が怪しく輝き、巨大な左腕部から7.62ミリのガドリング砲が展開される。

 これでもデスペラードに搭載されている武装の中でも威力は低い方だが、それは相対的に見たときの話であり、まともに喰らえば普通のキャンサーはあっと言う間に肉塊と成り果てる。


「そんな結末、ごめんだけどな……!」


 ジャグラーが百連刃を構えて走り出したのと同じタイミングで、ガドリング砲も火を噴いた。

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